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Page.27 尋問

 留置所。逮捕者を次の処置まで勾留しておくための部屋。

 ここでもラボや病院などと同様に、人間・マイド・機械の三者による断罪がおこなわれる。


 刑事事件において裁判制度は遥か昔に廃止されている。民事のみ。

 いまや裁判官は個人や企業レベルの揉め事で減点・罰金命令を下すのが仕事。

 これも人間・マイド・機械の三位一体。


 なお、裁判でいちばん多いのは「故意の台本狂わせ」で訴えられて起こるケースだ。

 警察によって逮捕された者は、罪状が軽微であれば大幅減点処置で釈放、そうでない者はここからサブウェイを経由して“監獄ドーム”へと輸送されることになる。


 そのドームにはナンバーも正式名称も星座を冠するあだ名もない。ただ“監獄ドーム”とだけ呼ばれる。


 監獄ドームは他のドームと同じく多層構造で、犯した罪の重さに比例して深い層へと投獄される。

 一層には比較的罪の軽い者が収監され、厳しい台本管理と三年以下の懲役労働。

 仕事は主にドームの維持に必要な活動を与えられる。インフラの整備や一次生産に関わる仕事がメインだ。


 通常ドームだと飲食物の原材料生産は下層がおこなうが、ドームの生命維持に直結する内容であるため、凶悪犯を下層に閉じ込める監獄ドームでは逆転している(余談だが監獄ドームの一層は獣くさいらしい)。


 万が一、凶悪犯がボイコットや叛乱を起こした際を考慮してのことだが、今のところ前例はない。

 提起されてからずっと解決を見ていない問題といえば、ドーム外設備や外壁補修などのドーム外を担当するパジェンターの扱いだ。


 ドーム外活動は過酷だ。監獄ドームの立地もほかと同じく悪条件。

 砂嵐は吹き荒れるし、隕砂の保熱効果で夜間の放射冷却も微々たるもの。灼熱地獄。


 だが、逃走の恐れとドームの存亡を抱える業務である以上、犯罪者にやらせるわけにはいかない。

 ここでドーム外業務に従事するのは罪のない一般人だ。

 他ドームから希望者を募り、参加者には二層昇層が確約されるが、犯罪者たちが管理するに等しい環境に生活基盤を置き、ドーム外業務の危険に加えて、締め出される恐怖を負うことのリスクには釣り合わない。


 だから毎年、全ドームから片手で数える程度しか希望者はでない。

 かつて、収監者にパジェント業務を任せていた時代もあったが、罪の重さを問わずに一定比率で脱走者が発生していた。

 過酷な環境。当然、捜索隊は出されない。

 これは通常の都市ドームでも同じだ。ドーム外に無許可で奔出した者は探されず、一年経過で死亡扱いとされる。


 監獄ドーム付近には、自然も旧時代の廃墟も残っていないから、実質の自殺である。

 自由の身になるには刑期を終えるしかない。

 万が一、永久に台本からも解き放たれたければ外に出ればいいが。


 一層の収監者は刑期が終了すれば、身分証に“前科者”のデータを記録されたのち、もともと暮らしていたのドームの、元の層に帰される。

 だが、身分証で支払いから通行許可まですべてを済ます社会において、前科者の烙印を押されたまま元の環境で暮らすことのほうがつらいことかもしれない。


 そのため、希望した場合は登録データの全リセットをおこなったのちに、他ドームの一層に別人として移ることもできる。

 もっとも、急に現れた人物になるわけだから、大抵はバレてしまうらしいが。

 ドーム社会は狭いのだ。よって、収監されることは社会的な死に直結するといえる。


 この「脅し」は現世界の平和と治安の維持に大きく貢献している。


 いっぽう、二層に収監される罪人たちは重罪を犯したものになる。

 殺人や重大な性犯罪、意図的で危険なリミットの誘発・放置行為、一層レベルの犯罪の再犯がこれにあたる。


 それと児童虐待者。


 少なくなった人類において、子供は至宝である。

 不適切な育児を通報された者はディレクターによる指導を受ける。

 指導を受け入れなかった場合は、即逮捕。


 当然、子供たちに対する犯罪行為はすべてこちら送りだ。

 二層の懲役は無期。労役内容はおもに繰り返しのライン作業。

 服役が五年以上になれば、半年ごとの釈放判定がおこなわれるが、これが非常に厳しい。

 なぜなら、元のドームの住人にアンケートを取り、回答者の八〇%以上の賛成を得なければ出ることができないからだ。

 よほどの情状酌量の余地がなければ、出所することはない。


 二層の場合は別人処置もナシ。

 凶悪犯が紛れているかもしれない不安を社会に与えるなんてナンセンス。


 そして三層。二層収監クラスの罪の複合、再犯。

 そして、ドーム崩壊の危機を意図的に招こうとしたテロリスト。

 ここには小さな工場がひとつあるきり。機械のみによる完全オートメーション。

 メンテナンスだけが二層収監者の手によっておこなわれる。


 ドーム社会において、「有機物」と「隕砂化していない無機物」は大切な資源だ。


 有機物は優良な肥料となる。人体も有機物。

 そして、マイドのボディには隕砂化していない貴重な無機物が多く使われている。


 工場では解体と加工、梱包がおこなわれる。工場なのだから。


 そこには墓場はない。工場なのだから。


 * * * * *


 私はマイドの警官に、最初に訪ねた時とは真逆の対応で中へと通された。


「アイリス・リデル様。どうぞこちらへ」


 留置室監視用の部屋。

 厳重に物理的、電子的にガードされた個室内を映すモニター。

 そこには、裁きを待つ罪人の姿。

 フリードリヒ・ゲオルグを騙った男。

 彼はトレードマークのコートを剥がれ、留置所用の古典的なストライプの服を着せられて大人しく座っている。

 彼の巨体には合うサイズがないのか、手足の裾が足りていない。

 顔は三層ボディの精巧さを持っているが、露出している部分の多くは一層ボディよりも機械的な面が目立っていることが分かる。


「彼は何か話しましたか?」

 私はトマーゾ署長に訊ねた。


「いいえ。あなたが来るまでは何も話さないと。……飲みますかね?」

 署長は私にコーヒーを勧めた。黒い。


「遠慮しておきますわ。彼は私を待つと?」

「ええ。是非とも中央に伝えて欲しい話があるとかで。馬鹿げているかとも思ったのですが、どうせ照合が済むまでは放置ですし。彼の身元いかんでは、“法に照らし合わされない可能性”もありますから」

「0013ドーム出身か、部外者アウトサイダーであることが判明すれば中央送りですね」


 ドーム社会の法律は、ドームに暮らすひとびとのためにあるものだ。

 “ひと”でなく、誰の物でもないのなら、何をしても拷問にもならないし、電子チップを直接解析しても人権侵害にならない。

 私はすでに知っている。彼は今晩にも中央行きの特別列車に乗せられることになるだろう。


「何か話しかけてみますか?」

 コーヒーを飲んだからか、潤滑油いっぱいの演技でマイクを渡してくる署長。

「ええ」

 マイクを受け取る。

「リゲル。私です。アイリスです」


『おお! その声はまさしく……と、言いたいところですが、

 本当に北極星のトップスター、アイリス・リデル嬢なんでしょうかね?

 私のボディが特別製なのはご覧になったかと思いますが、

 なにぶんつまらないスピーカー越しで判断しなければならないものですから』


 私は記憶の中から彼とのやりとりを思い出し、マイクに吹き込む。


「ひとのことを迷子(アリス)だなんてよく言ってくれたものですね。あなたのほうがよっぽど大きな混乱を起こしているわ」


『ふふふ。オーケー、やはりアイリスさんのようだ。どうやらその呼びかたが余程気に入らなかったらしい。……まあ、そうですね。どちらかといえば私がアリスで、あなたが白うさぎと言ったところでしょうか?』

 楽しげに語るテロリスト。


「その話はいいわ。あなたは何故、私をつけていたの? マーガレットやドランテに近づいた理由は?」

 単刀直入に訊ねる私。

『三層中央とはいえ、やはり生まれつきだと演技もたいしたことないですねえ。

 苛立ってるのがよおく分かります。理由なんて、お判りでしょう?

 オリオン座の崩落を防ぎに来たあなたの邪魔をしに来たに決まってるじゃないですか』


 私は反射的に言い返しそうになるのを抑え、マイクを離して息をつく。

 その横からトマーゾ署長が言った。


「今の発言はドーム崩壊を招く重大なテロ行為を認めたことになるぞ?」

『構いませんよ。どうせ監獄で分解でしょう。同じ死刑ならドームの外に放り出されたほうがこちらとしてはありがたいのですがね』

 肩をゆすり笑う男。


「アウトサイダーを外に放りだしたら実質釈放じゃない」

 私はマイクを離したまま文句を言う。


『そこまで調べがついてましたか。やはり、中央特権というものは恐ろしい。過度な優遇は、ほかのすべてに対する差別だと思いませんか?』

 私は答えない。


「質問しているのはこちらだ。アイリスさんの質問に答えなさい」

 代わりにトマーゾ署長。


『想像通りですよ。パネル生産を請け負ってるミスター・パネルの件は“こちら”にも伝わってますから。

 修理のキーマンとなる彼らを始末するつもりだっただけです。

 ドランテさんのほうは技師として優秀ですし、

 何やら奥さまに対してがっかりするようなこともあったようですから、“こちら”に来ないかとお誘いしたんですけどね』


「ドランテはなんて答えたの?」


『つれない返事でしたよ。苦悩や不幸もまた詩的だとかなんとか……。配役というものは本当に不愉快ですね。それに台本も。人格や人生を歪めると思いませんか?』


 私はどきりとする。


 ――配役や台本はひとを歪めてしまっているのではないかしら?


 ……いつか母が口にしていた疑問だ。


「お前の質問は受けん」

 二層ディレクターの長がきっぱりと言った。


「次は私からの質問だ。フリードリヒ・ゲオルグをどうした?」

 温和でマイド的な演技の剥がれ落ちる音。トマーゾ署長は私の手からマイクをもぎ取った。


『いやですよ第二層監査部部長殿。私がフリードリヒ・ゲオルグですよ』

 男はカメラのほうを向き、笑顔を作って見せる。

「ふざけるな!」


 モニターに映し出されるのは、署長の怒りに大ウケする姿。


『……あなたたちが私にしようとする処置と同じことをしただけですよ。

 ばらばらに分解して、頭脳データを解析して、使える部分をリサイクルしただけです』


 署長は言葉を呑み込むと赤い額に汗を流し、椅子に体重を乱暴に預けた。


「あんまりだ……」同席していたマイドの警官がつぶやく。


「あなたたちの目的は何? オリオン座を崩落させる目的は? 第二のへびつかい座にしようっていうの?」

 言葉を失ったふたりの代わりに訊ねる。


『半分正解です。ですが、今のところ本格的な入植は考えていません。

 “こちら”は“こちら”で、ちゃんと生活できていますから。

 まあ、上手くいけばリサイクルくらいはちゃんとしますけどね。

 このドームにも生きていらっしゃる方々が居ますし。

 “こちら”の最終目標は、あなたがたの間違いを訂正して差し上げることです』


「間違い?」私は訊ねた。


『現社会システムの作り替えです。Hi-Storyと台本システムの破壊。それが最終目標です。オリオン座はリハーサルといったところです』


 男の顔が滑らかに表情を作る。私の同僚の研究バカが、自分の手がける実験内容を説明するときによくやる顔だ。


「そんなことができるわけないだろう。でたらめを言っているんじゃないのか?」

 トマーゾ署長が汗を拭きながら言う。

「それに、台本が無ければひとびとは生きることができん。台本は我々の“未来”だ」

 正義に震えるこぶし。署長の地の性格が垣間見える。


『それが間違いだというのですよ!』


 スピーカーから割れた音。モニターに映る姿が震えている。

 拘束具がきしむ音……?

 リゲルは手足を拘束されてはいるが、一般的な拘束器具では彼を捕縛しておくことができないのではないのだろうか?


『……失礼。少々取り乱しました。できればあなたがたに“未来”という言葉を使って欲しくなくて。

 我々はその“未来”のために活動をしているのです。

 あなたがたは、台本に行動を指定され生活をしていることに疑問を持たないのですか?

 Hi-Storyに言われるがままなんて、おかしいと思いませんか?』


 アウトサイダーは落ち着きを取り戻し質問をした。


「台本そのものには法的拘束力はない。あくまで指標だ。自由時間だってある」

 トマーゾ署長が答える。


『では、配役はどうです? 個人を抑圧して、自分を偽るというのはどういう気分ですか?

 自由時間とあっても、パブリックな場では個人よりも配役が優先されると聞きます。

 台本システムの運用のために発案されたものだそうですが、何も疑問を持たないのですか?』


「この過酷な星で暮らすためには必要なルールだ。

 システム適応後の犯罪率の低下や出生率の改善が何よりの証左だろう。

 外に居たお前らは忘れたのかも知れんが、台本も配役も当時のひとみずからが発案したものだよ。

 Hi-Storyはただ台本を作っているに過ぎない」


 トマーゾ署長の言う通りだ。

 台本システムも配役システムも、当時の人間とマイドが決定したことだ。

 ドームに籠ったひとびとは、望んで演じている。

 Hi-Storyはあくまで彼らの決定をサポートするために日夜台本を練り続けているだけ。


 台本の不実行によるひずみや、配役適合の苦労はもちろんあるが、狭いドーム世界においてイレギュラーの塊である“人格”をコントロールすることは最重要事項だ。

 もちろん私たちは権利や尊厳、“らしさ”だって忘れていない。

 むしろ配役による演技の存在が、個人時間の尊さを再確認させてくれるときもある。

 おのおのが個人時間を旧時代よりも幸せに生きているだろうことは、考えるまでもない。


 ……そのハズなのに。彼の、アウトサイダーの言いぶんはただのテロの言いわけに過ぎないハズなのに。


 アウトサイダーは多くの人にあだなす活動をしている。

 オリオン座の崩壊は未遂に終わったが、無実のひとびとに迷惑をかけ、フリードリヒ・ゲオルグを殺害している。


 悪なのは言うまでもない。


 なのに、


 ――配役や台本はひとを歪めてしまっているのではないかしら?


「……さん? アイリスさん?」

 私は少し思考停止をしていた。温かな手が私の肩を揺すっている。

「ごめんなさい。少しめまいが。彼があまりに突拍子もないことを言うもので」


「犯罪者の戯言です。身体にあのような改造を施しているんだ。頭だって正常じゃないかもしれない」

 トマーゾ署長はふくよかな笑顔を作る。


「そうですね。あいつはもうおしまい。私もつけられることはないんだし」

 モニターの中、他人の顔を被った男は相変わらず笑顔を向けている。

 署長の手元でマイクのスイッチを切る音。


「ともかく、あとは我々に任せてもらって結構です。あの男のことでこれ以上あなたを煩わせたら、それこそドーム崩壊の危機が訪れるかもしれませんからな」

 署長が立ち上がる。マイドの警官が部屋の扉を開けた。


「ドランテ・アリギはラインの修理に向かいましたから、じきにパネルの発送も始まるでしょう。

 一層の作業員のかたたちともお会いしてきましたが、彼らはプロフェッショナルだと太鼓判を押せます。

 崩壊の危機は去ったも同然です。残りの日程は三層の視察に充てる予定ですし、私の役目ももう終わりですわ」


 私は署長を見上げて言った。

 彼の顔を見ていると、知らせる必要のない範囲まで自然に漏れてしまう。


「そうですか。中央花形のあなたが保証してくれるのなら安心だ。

 我々もプロフェッショナルです。お任せを。

 ……私も住まいは三層ですが、しばらくはこちらで処理をすることになるでしょう。

 座長に会ったら二層のディレクターたちも優秀であると是非伝えておいてください」


 別れの握手。温かな手。放してしまうのが少しだけ名残惜しい。

 ……もしも父親がいたら、こんな感じなのかしら。

 私はマイド警官に促され退室する。


 ちらと振り返りモニターを見ると、中の男はいまだに笑顔だった。

 こちらが見えているはずもないのに、手を振っている。

 ……さようなら、リゲル。あなたは中央でばらばらにされるといいわ。


 * * * * *


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