Page.24 行列と輪
警官から解放された私たちは、署長の応接間へと案内される。
「先ほどは部下が失礼を働きましたな。申し訳ない」
トマーゾ・サンポリス署長は私たちを先に座らせると、真っ先に謝罪を述べた。
「いえ、お気になさらないでください。私の書類は一部のキャストにしか配布されてないものですから」
「それにしたって失礼ですよ!」私の隣でタクシーの運転手が声をあげる。
個別に謝り直すトマーゾ署長。
賑やかな彼女は二層のディレクター最高位の謝罪を満足げに受け取った。
「さて、アイリスさん。あなたは中央からドーム破損の調査と修理のサポートでいらしたとのことですが、今回の件はそれに関することで? 何やら“不穏な単語”が聞こえたとのことですが」
「順を追って説明いたします」
私はトマーゾ署長に今回の件を説明した。
一層で起こった追加の崩落事故でパネルの発注が増えたこと、工場のラインがストップしてしまっていること、数日前から私を監視している不審なマイドが居ること、それから先の誘拐未遂。
そして……その男が刑事室の室長を名乗っていたことを。
「確かに、フリードリヒ・ゲオルグと名乗ったのですか?」
署長の完璧マイド然とした演技が揺らぐ。
「ええ。でも……」
私は端末に最初にリゲルと会った晩に隠し撮りした映像を映し、署長に手渡した。
「彼の見せた手帳型の身分証ケースは、刑事室で使われるものですな。顔もそっくりだ。
だが、彼はもっと小柄なはずだ。彼とは過去に同じ部署に居たことがあります。
カメラの高さからして、アイリスさんよりも遥かに大柄ですな? それに……」
「それに?」私は訊ねる。
「フリードリヒ・ゲオルグは現在、行方不明のはずです。刑事室の者が台本を無視することは日常茶飯事ですが、それでもプロンプターへの報告義務はあります。彼はもう一ヶ月に渡って連絡を絶っているのですよ」
重々しく言う署長。
フリードリヒ・ゲオルグはもはや、誰の台本にも組み込まれていないだろう。
「身分証の使用履歴も一か月前から止まってます。恐らく……」
彼は言いかけたのをやめ、立ち上がった。
それから、ふくよかな身体を流れるようにデスクまで移動させ、引き出しから三枚の書類を出した。
「ここから先のお話は、ドーム存亡の危機に関わることになります。
お三方には重大な守秘義務が発生します。同席を続けるなら身分証の提示とサインが必要になります」
私たちは順にペンを回して書類にサインしていく。
運転手は至極楽しそうに、マーガレットは相変わらず青い顔。サインの手が止まる。
「大丈夫? マーガレット」
私は彼女の顔を覗き込む。先ほどにも増して調子が悪そうだ。
「え、ええ。少し気分が悪くて。でも一大事ですから……」
彼女はサインをしてペンを寄越す。私もサインをする。
「奥さん、顔色が優れませんな。あとで休憩室をお貸しいたします。ですが、もうしばらくご辛抱を」
署長は書類と身分証を受け取るとスキャンを取り、自前の端末のキーを叩いた。
「では、話の続きを。……もはや本物のゲオルグは生きてはおりますまい。これは私の推測になりますが、彼は“顔の貼り換え”に使われてしまったようですな」
署長は完璧を崩しながら言った。顔の貼り換え。重大な違法行為。
いかに精巧な三層ボディの顔とはいえ、それはもちろん機械仕掛けだ。
知識と技術があればほかの者の顔をそのまま持ってくることが可能。
人間ならばせいぜい小さな改造が関の山だろうけど。
かつて旧時代の人間が、自身の顔にメスを入れて作り変えるのに躍起になっていた話を思い出す。
彼らの表情はときに不自然だったという。
「データが馴染んでないのでしょう。静止中は確かに彼の顔なのですが、動くと別人のように見える。
表情データは大半がコミュニケーションによって蓄積されるものですから、一朝一夕に成るものではありません。
手足と違って部位チップではなく頭のチップにデータが記録されるのでコピーをとるのも難しい。
いかに犯罪者といえど、台本や点数が身分証に紐づけされるのは同じ。
この社会において、他者を騙る必要性のある存在といえば……」
「アウトサイダー!?」声をあげる運転手。
現代においては歴史上の集団だ。教科書だけの存在。
しかし、へびつかい座がいまだになんらかの活動をしていることや、ドーム外で“ひと”が目撃された話などの噂は何百年も続いている。
「その通り。まあ、アウトサイダーでなくとも、監獄ドームからの脱走者かもしれない。少なくとも、オリオン座の外の犯罪者なのは間違いありません。ひょっとしたら、歴史の授業で習ったテロが繰り返されようとしているのかもしれませんな」
署長はキーを叩きながら言った。
「もう少し推理を続けたいところですが、一刻を争う事態です。すでにアリギ氏の身分証の使用履歴を調べさせていただきました。つい先刻、第二層商業トゥループ五-三六番地二〇一、『神の河』でアルコールデータを注文したようです」
「こんな平日の昼間っから!」
また運転手が口を挟む。が、隣の酔っ払いの配偶者に気付き、遅まきに自身の口を塞いだ。
「あはは、ごめんなさ……マーガレットさん?」
酔っ払い詩人の嫁は目をつぶり、肩を上下させ深く呼吸を繰り返している。
その場に居た全員の視線が集まると彼女は身体を倒し、運転手のほうにもたれかかった。
「マーガレットさん!? ……大変だ。ひとを呼んで! 病院! ドーム存亡なんてあと回し! すぐに病院!」
運転手はマーガレットの“異変の正体”にいち早く気付き、署長に向かって叫んだ。
* * * * *
『神の河』へと向かう警察車両の振動が、何色もの不安を抱えた私の胸をかき混ぜる。
マーガレットは向かいの病院に搬送された。運転手の女性も彼女の付き添いを進み出て、今は病院だ。
「彼女の旦那であるドランテ・アリギは、確かマイドでしたな……」
助手席で署長が言った。
「はい。先ほどの場では説明しませんでしたが、そのあたりのトラブルが原因でドランテ氏は仕事が手に付かないようです」
私は答えた。
「気持ちは分からんでもないが……。ここが三層なら仕事が増えるところですがまあ、“個人不介入”で置いておきましょう。彼女の容態も気がかりですが、我々は我々の仕事をしなければ」
警察業務はアドリブの多い役だが、今回の件は人間の男性であるトマーゾ署長にも少々堪えたらしい。完璧だった演技にほころびが見える。
さっきは署内を上を下への大騒ぎだった。
出産の兆候。人間の誕生というものは今も昔も変わらない。
人間の男どもは腰が引けて右往左往。
天変地異が来たかの如く騒ぎ立てる男マイドたちからはルナティック疾患まで出る始末。
マーガレットを病院から運び出すには女性署員の細腕が大活躍だった。
妊婦を担ぐ一団のためにひとびとが道を開けるその図はまるで、マニアックな島国映画の大名行列のようだった。
さすがのトマーゾ署長も、付いて回ってはいたものの終始だんまり。
とはいえ、彼女が無事に病院に消えたのを見届けると、すぐに警官を招集。
私たちは『神の河』へと向けて急行。
私は両者の顔を知っている都合から彼の車の後部座席に乗せられている。
テロリストに気取られまいとサイレンは無し。こちらの行列は葬式のようにしめやかに進む。
「こちらが騒いでるあいだに、アルコールデータの注文が増えましたな」
端末を見ながら署長が言う。
「彼、ここのところは四六時中飲んでるようです」私は答える。
「大酒飲みですな。今度はニ杯です。われわれも今晩は祝杯と行きたいところですな」
これから大逆の使徒と対峙するかもしれないのに呑気なものだ。
いや、そうじゃないか。署長にとっては、仕事や配役のほうが安心していられるということなのだろう。
「ニ杯? そりゃ変ですよ署長」運転席の男マイドが首を傾げた。
「変って何がだね? 私だって一度にビールをニ杯頼むことくらいあるぞ。この前行った店は注文が来るのが遅いから、あらかじめ……」
「いや、そういう話ではなく。マイドの場合はデータひとつで酩酊度も酩酊時間も調整できるんですよ。ニ杯なら、“ふたり分”ってことです」
つまり、酒の席にはドランテの他に“誰か”が居る。
「……ホシが接触している可能性があるということか。サイレンを鳴らせ! 逃げられるかもしれんが、ドランテ・アリギの身の安全が優先だ! 『神の河』にも連絡を入れろ!」
パトカーの行列が次々と威嚇を始める。
大通りを進み、交差点を曲がり、橋を渡り川沿いへ。
同席したのなら、リゲルはすぐに強行手段には出ないだろう。
ドランテは絶望を抱えた有能技師だ。口説いてテロリストの仲間内に誘い込むつもりかもしれない。
私たちは店の付近で車を止め、警官たちを伴ってテーブルの並ぶ屋外座席へと向かう。
「客が多くてよく分からん」唸る署長。
「トレンチコートと中折れ帽……」私は昨日座った席のあたりに目をやる。
「居た!」あっさりとドランテが見つかる。
昨日と同じ席、同じく川の方に椅子を向け、隣に野暮ったい服を着た人物と共に。
「よし、川以外の方向から、三手に分かれて確保するぞ」
署長が部下たちに指示をする。
「待って、あいつはテーザー銃を持ってるわ。マイドの警官はさげて」
「そうですな。人間には悪いが死者を出すわけにもいきませんな。……マイドの者はさがり、人間で車に残ってる者と交代しておけ」
静穏に、迅速に行われる交代。
だけど、これだけの大人数だ。人目を避けることは土台無理。
異常事態に気付いた客がざわつき、こちらに首を伸ばし始める。
さいわい、ドランテとリゲルはまだこちらに気付いていない。
客の退避と包囲を完了させるとトマーゾ署長は腰に差した赤色レーザー銃を確認し、静かにふたりに近づく。
「ドランテ・アリギ氏と……フリードリヒ・ゲオルグ君だね?」
ドランテは座ったままゆっくりと署長を見上げた。いっぽう、リゲルは動かない。
「フリードリヒ君。久しぶりじゃないか。ちょっと見ないあいだに背が伸びたね?」
署長の大きな手がリゲルの両肩に掛けられる。
「……そうなんですよ、署長。育ち盛りでして。どれだけ伸びたがご覧になられますかね?」
リゲルの音声には笑いの気配。
「できるものならな」ふくよかな署長が鬼の目をして言った。
署長は目方一二〇キログラムはありそうな巨体だ。
彼はリゲルの肩を押さえたまま見回し、警官たちに向かって頷いた。
じりじりと包囲の輪を狭める警官たち。ドランテは訳が分からずあたりを見回している。
三方向からひとりづつの警官が確保のために進み出た。
「これまた大勢の観客様で。……よろしい。ご覧に入れましょう」
リゲルの頭からディスクのロード音。
奴は身体を立ち上げた。
直立。信じられない光景。跳ね上げられる署長の巨体。背中からテーブルの群れに突っ込む。
「捕まえてみなさい」
ニセ刑事が振り向き、私を見た。機械的に吊り上がる口元。
「くそっ、確保っ! 確保だ! 銃器の使用を許可する! 頭部は狙うなよ!」
折れたテーブルに沈み、苦悶の表情を浮かべながらも指示を出す署長。
警官のひとりが緑色のレーザー銃を撃つ。脚部あたりに命中。
「“緑”じゃ通じませんよ」緑のレーザーは彼のコートに当たって消えた。
「耐レーザー仕様か!」
署長は倒れた姿勢のまま自前の赤色レーザーを構えた。
制圧用のレーザーには出力の差がある。
赤と緑、どちらもマイドや人間の身体に大きな損傷を与えるが、貫通の危険性を配慮して威力が調整してある。
緑は低出力。赤は貫通の恐れのある高出力。赤を持つには相応の身分と試験のパスが必要だ。
「赤は少しばかり痛いので遠慮したいですな」
リゲルは脚部を大きく曲げ、屈伸と共に跳躍。
あっ、という間に警官隊を飛び越える。
――着地。それから肩を竦めると帽子を取り、挨拶をした。
「では、ごきげんよう」
「追え! 捕らえるんだ!」
走り出す警官たち。しかし逃亡者は彼らの手をするりとかわすと、彼らの何倍もの速度で走りはじめた。
「……違法改造だわ」
マイドの機械体は法律を無視して改造すれば人外の力を得るのも容易だ。
だが、それは人間からかけ離れる行為であり、マイドが自発的にそれをおこなうことはプログラム的にまず、ありえない。
しかし目の前の男は他人の顔を奪い、巨漢を吹き飛ばし、何メートルも跳躍し、タービンのように脚を回転させ高速で移動している。
「車で追え!」警官のひとりが叫ぶ。
それに応じてリゲルは振り返り、テーザー銃ではない、別の銃を構えて発射した。
赤い光線が一台のパトカーを貫いた。爆発。周囲から悲鳴。
リゲルはわざわざ足を止め、肩をすくめてみせる。
ひるまなかった警官の一部が追いすがろうとするが、別のパトカーに向かって銃口が向けられるのを見て急停止する。
パトカーのそばには人間の親子連れ。ここだけじゃない。野次馬や通行人だって残っている。
そして、爆発したパトカーの煙の中にだって。
「……」
私は獲りものを演じるひとびとを見つめ、考える。瞳の中の映像がスローになる。
……彼らであいつを捕まえることはできるの? ……親子も危険だ。……あいつを放って置くのも。
しかし、リゲルはそれ以上撃つこともなく銃を下ろし、親子連れの子供に笑顔を向けた。
「よかったね、僕。ここの警官たちは無能ではないみたいだ」
銃をふりふり、一般的な速度とマイドに推奨される人間的振舞いで立ち去る。
危険、それから不愉快。
私はいくつかの推奨されない選択肢から、ようやくひとつを選び取った。
ポケットの中に手を入れ探る。私の指が太いペンを捕まえる。
リゲルが去っていく。
野次馬の垣が道を開ける。
悠々とその中を進むキャメルカラーのコート。海を割ったモーゼの如く。
彼は振り向き、もう一度帽子を取り、私たちに向かって何かを言った。
私は銀色に輝くペンをポケットから引きずり出し、その太い先端を彼の不快なコートに向けた。
特別に持たされた青色レーザーの出るペン型照射機。
コートどころか改造されたボディも、
「無事じゃ済まないわよ」
くの字に折れるトレンチコートの男。同時に金属のひしゃげる耳障りで大きな音。
そしてリゲルは地面を何度もバウンドし視界から消えた。
……横方向に。
「えっ?」
私はペンを下ろす。警官たちも唖然としている。
……あいつの居たはずの場所には一台のタクシーが止まっていた。
* * * * *




