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Page.14 鉄のツバサ

 せわしない院内。医者に相当する技師たちは人間もマイドも同じ白衣を着ている。


 人間のためにある病院とは違って、ここでは医療ではなく機械工学や電子技術が要求される。

 もちろん、砂についての知識も必要だ。


 大雑把に言えば、私も彼らと同業者というわけ。


 私は同業者に混じり、ふらふらとラボ内をうろつく。


 医療コンピュータルーム、もぬけの殻。

 会議室、使用中。

 発電施設への扉、厳重な施錠。

 手術室A、B、C、D……。どれも表示板は暗い。


 薄暗い部屋。昨日見学した、部品や道具の保管室。

 メス代わりの、鋼鉄も切れるカッター。

 点滴や輸血の代わりの充電用バッテリー。

 潤滑オイルのタンク。LEDのソケット。ケーブル。その他消耗品的部品の予備のかずかず。


 奥のほうには法改正によって移植禁止になった予備のパーツ。

 腕や指、視覚センサー、聴覚センサー、そして脚部。

 同じ部屋に置き去りにされていたそれら。違法と合法、明確な違いは何?


 私は足早にその部屋の前を通り抜けようとした。


 出入りが激しいためか、部品置き場は普段から施錠もされていないようだ。しかも引き戸も開けっ放し。

 思わず足を止める。廊下は関係者だけでなく、業者や患者も通るというのに。


 私はなんとなく中を覗き込む。

 ……あきれたことに大量のネジを納めた箱がひっくり返されて、中身を床にまいていた。


 廊下から差し込む光を受けて、暗がりの中でネジたちが輝いている。

 いつか映画で見た星空を思い出す。

 本当は私たちの真上にあるはずなのに、今やそれはお話の中だけのものになっている。


 落下したときほかより大きく弾んでしまったのか、廊下にまで転がり出ているネジがひとつ。

 私はそれを拾い上げるとあたりを見回し、誰も居ないことを確認してから中へと入る。


 気を利かせて散らばったネジを片づけようかと考えるが、棚の隙間や台の下にも転がり込んでいるのが見えて諦める。


「もうこっちに来ちゃだめよ。廊下で誰かに蹴飛ばされでもしたら、永遠に迷子になってしまうわ」

 床のネジ山に迷子を乗せる。

 迷子。星空における迷子、彗星。

 かつてひとびとは流れ星を見つけると、願いを掛けたという。


「ルーシーの足が治りますように」

 私はネジ山にお祈りのまねごとをした。


「ちょっと、あなた。ここで何してるんですか?」


 背後からいらだった声。心臓が跳ねる。

 振り返ると看護師姿の女マイドが仁王立ちをしていた。


「友人の見舞いに来たのですが、迷ってしまいまして……」慌てて言い訳をする。

「ここに患者は居ませんよ。それとも、奥の廃棄パーツがお友達だったりするんですか?」

 看護師は腰に手を当て、私が部屋から出るのを待つ。


 廃棄予定パーツ。

 移植用の部品は予備として生産されたものばかりだけでなく、死んだマイドからリサイクルされたものも含まれると聞いたことがある。

 今は箱に納められホコリを被ったそれらも、外を元気に走り回っていたことがあるのだろうか?


「病室があるのはナースセンターを挟んで反対側よ。上のフロアにいらっしゃるなら階段はセンターの隣にあります。部屋番号が分からない時は、センターの窓口にちゃんと訊ねて。あなたには立派な口がついてるでしょう?」


 イヤミなナース。このドームのマイドの配役設定は極端だ。


「はい、ご指導ありがとうございマス。失礼しマシタ」

 語尾を強調しながら返す。マイド然、への字口調。


 追い出された私は技術棟から病棟へと戻った。


 会議室は使用中だった。

 そこではラボ内の決め事や報告会のほかに、患者の死亡判定や完全修復の是非を決める会議もおこなっている。

 ルーシーが運び込まれたのは昨夕だ。

 彼女の足については今日の日中に結論が出るだろう。

 コンピュータ判定のほうはデータさえ入力すれば一瞬で出してくれるはずだから、あとは医者たち次第のはずだ。


「あっ、アイリスさん! おはよう!」

 私が病室へ一歩踏み入れると、彼女の顔を確認する前に元気な挨拶が飛び込んできた。


「おはよう。ルーシー。具合はどう?」

「身体は昨日と同じ。とにかく退屈! 差し引いて悪くなってるってことね」

 反して明るい声で続ける。

「もう少し静かにしなきゃだめよ。ほかの人に迷惑がかかっちゃう」


「そうね。……ね、アイリスさん。朝からお見舞いなんてしてて大丈夫なの?」

 ルーシーは声のボリュームを少し落として訊ねた。


「ええ。今日は夜間作業に参加することになってるから、日中はオフなの」

「そっか。私も夜間作業行ってみたいな。人間の作業員さんたちはどんなふうに働いてるんだろう?」

「作業自体はあまり変わらないと思うわよ。ただ、ちょっと暗いだけで」

 私は肩をすくめる。


「暗いって夜だから? それとも性格が?」

 ルーシーが訊ねる。

 彼女に豊かな表情が出せるのならば、にやけていることだろう。


「夜間作業用のライトは街の昼間灯よりも全然明るいでしょう?」

「ふふ。アイリスさんはいじわるね。配役につまらないのが多いだけで、個人的に明るい人間はたくさん居ると思うわ」


「あなたが“性格”って言い出したんじゃないの」

 私は口を尖らせる。


「へへ。そうだった……私、ちょっと心配だなあ」

 ルーシーは唐突に語尾も小さくうつむいた。

 視線の先は足だろうか。私の視線も彼女の足を見ようとする。


 少しの沈黙。


「アイリスさんがちゃんとやれるかどうかがね」

 ……。


「どうして? 私、ちゃんと人間の中でもコミュニケーション取れてるわよ?」

「えー? だってえ、アイリスさんって全然マイド然と振る舞えてないじゃない? オフの時は知らないけど、仕事の最中はずっと親方を困らせてたもの!」

 ベッドの娘はくすくす笑いを立てる。


「失礼ね。ずっとじゃないわよ。それにほら、私のほかはみんなマイドだったじゃない? だから、合わせたほうがみんな台本や配役をこなしやすいかと思ったのよ! “ドームに入ればドームに従え、現場に入れば現場に従え”よ!」


「その前に配役に従いなさいよ!」

 私の言いわけに、ルーシーは笑いと共にベッドを叩く。

「うるさいよ!」部屋の隅のベッドから苦情。

 私たちは首を竦め、そろって小さな声で謝罪する。苦情の主はカーテンを閉めた。

ねえ、親方といえば、ジョージさんはお見舞いに来た?」

「ううん、まだ。多分現場の仕事いっぱい増えちゃったから、もしかしたら寝ずに仕事してるのかも。あのひと“真面目で頑固”だから」

 ルーシーは窓のほうを見た。現場のある方角。心なしか外は昨日よりも砂煙が酷い。


「いくら主任で真面目でも、寝ずにずっとアドリブで仕事を続ける訳にはいかないわ。今日は今日の台本があるでしょうから。機械体だって、休まなきゃ翌日に差し支えてしまうわ。今晩あたりには来てくれるんじゃないかしら?」


 私は言った。きっと彼は来るだろう。


「ほんとは、親方の住んでるトゥループに台本を届けるの、私の役目だったんだけどな……」

 彼女は外から視線を戻さないで言った。


「“代役”はあくまで“代役”よ」

 私は彼女を励ます。


「……交代すれば代役じゃなくなる。プロンプターの台本配達は時間との勝負よ。こんな足じゃ、台本に別の役を書かれるのも遠くない」

 ルーシーは右腿の上でシーツを握った。


「ルーシー、足はきっと治してもらえる」

「気休めは止して」

「フレームの修復とケーブルの交換だけよ」

「そうね。“修理”自体は簡単。でも、してもらえるかどうかには審査が必要でしょ? ねえ、アイリスさん。もしも人間が、“こう”なったら?」


 ルーシーはシーツをはぎ取る。少し金気のあるにおいがあがる。

 そして彼女は、右腿の傷の保護テープを強引に引きちぎった。

 右大腿部内側の裂傷。落下物に頭をぶつけ、転んだあとに別の落下物が当たったためにできたものだろう。

 人間でいうところの皮膚や筋肉の部分はおろか、フレーム……骨までが折れてしまっている。

 骨折はおいても、人間ならばこの位置は大腿動脈の通る位置にあたる。


 私も昨日はそこまで見ていなかった。


 “もしも人間なら”、速攻で傷を塞いで、輸血をしなければ命に関わる。

 “また歩けるかどうか”の次元ではない。“彼女はマイドでなければ、死んでいた”。


「……切断されたわけじゃないから、治るかもしれないわ。ただ、痛みはどうなるか。こんなふうにおしゃべりなんてしていられないのは確かね」


 欺瞞。彼女の傷を凝視する。

 私の内腿もにぶく痛む気がする。

 嘘だ。ただ彼女の顔を、直視できないだけ。胸が凍り付いていく。


「嘘ね。あなたの顔と声色で判るわ。私、アイリスさんには関心があったし、あなたが演じてるかどうか、パターンはすっかり憶えちゃった」

「私にだって配役はあるから。……ルーシー、ラボ内でも砂はゼロとは言い切れない。テープを破ってしまって、中に砂が入ったら大変よ。爆弾を抱えて生きることになる。リミットが起これば身体が内側から崩壊するのよ」


 私は言い聞かせるように、なるべく機械的に言った。


「その心配は必要ないわ」

「私、代わりのテープを貰ってくるから」


 席を立つ。彼女の顔は見れない。……いいの? こんなことで。


「アイリスさん!」

 さっきナースに呼び止められた時の何倍もの負荷が掛かる。

「……何?」


「本当のことを言って。あなた、科学室の室長なんでしょう?」

 責めるような、凍えているような音声。

「私は砂の専門家だから」

 私はラボの洗浄室に置き去りにされた暑苦しい防砂服が恋しくなる。


「バスの中であなたにたくさん質問をしたわ。その時、機械工学も医学も一通り学んでるって言ってた。砂は人間やマイドにもよくないからって」

 あの時は、バスを降りるまでの付き合いだと考えていた。

 私はバスが目的地に着くまでの間、彼女の質問攻めをマイド然と振る舞うための練習台として利用した。

 けっきょく、それは何の役にも立たなかった。


「アイリスさん。本当のことを言って。お医者さんが来るのなんて待てない。できれば、あなたの口から聞きたいの」

 私だって本当のことを言ってあげたい。


「……分からないわ。私が決めることでもないし」

 私はうなだれる。病室の外では看護師が道具類を乗せたカートをがちゃがちゃと運んでいる。


「私、死ぬんでしょう? そうでなくても、足は戻らない。……でしょう?」

「リハビリは楽じゃないと思うわ。ケーブルが切れて脚部の記憶領域への電力供給が止まってる。物理的に直っても、前のように動けるようになるには、相当のデータ蓄積が必要になる」


「それだけの損傷なら、人間なら切断もありうるってことね」

 自嘲を含む音声。……機械で合成された声でも、本人次第でこんなにも器用な声色を出せるものなのね。


「ルーシー、ヤケになってはダメよ。あなたにはやりたいことがあるんでしょう?」

 私は席に戻り、ルーシーと同じ高さまで顔を下ろした。


「バカにしてるの? ドームの外どころか、ラボの外にも出れないかもしれないのに」

 テントの時のように、マネキンに少女の顔がダブつく。今度の表情は真逆。


「森があるのは空なんでしょう? あなたに必要なのは、足じゃなくて翼よ」

「冗談で言ってる顔には見えないわ」

 ルーシーは不快感をあらわにして少し身を引いた。


「本気よ」私は何も演じてはいない。

「でも、鳥のようにしなやかな翼なんて持ってないわ。アイリスさんなら翼が生えててもおかしくないけど、私の身体は鉄なのよ?」


「飛行機。あれは鉄の塊なのよ。鉄の翼を持った鳥だった」

 私は彼女の手を取る。

「……もう滅びた技術だわ。いま世界を結んでるのは、地面の下を走るサブウェイよ」

「設計図のデータくらいは残ってる。三層の科学者なら誰でも参照できる情報よ。材料だって用意できなくもない。厳密に言えば作るのも禁止されてはない。試せる場所がなくて、誰もしようとしないだけ」


 私はルーシーの指を握る。


「きっと、誰かやろうと考えたわ。でも、外は砂嵐。星空さえ見た人がないわ。オリオン座も北極星も、今は地上にあるものなのよ」

 彼女の手が私の指から逃れる。


「ルーシー、学問の常識なんて、時代時代でころころと変わるものなのよ。特に天文学なんて、嘘やでたらめがどんなに多かったことか」

 私は腰に手を当て、ため息をついてみせる。


「地球が平べったかったとか、そういう話? でも、確かめに行こうとした人は居たでしょう?」

 ルーシーは首を傾げる。


「そうね。でもその前に、計算や理論で丸いことは証明されてたのよ。それでも、国家とか宗教とか、時代のいろいろな都合があって、説いた人を嘘つきに仕立て上げたのよ」

「空の森だって、嘘だって言われるに決まってる」

「でしょうね。でも、昨日に言ったでしょう? どんな偉い学者や発明家も、最初は嘘つき呼ばわりされていたって。それに、空の森があろうがなかろうが、あなたは確かめに行きたい。そうでしょう?」

「やっぱりバカにされると思うけど……」

「過去のひとだって、正しいことだけをやったわけじゃないわ。ウィリアム・ハーシェルって天文学者を知ってる?」

「ううん」ルーシーは首を振る。


「干渉法やケプラー運動の成立に一役買ったり、太陽から赤外線が出てるのを発見した大人物なの。ところが、そんな彼だって『太陽の中心は空洞で涼しく、中には人が住んでいる!』なんて言ったのよ!」


「ほんと? 太陽の中に?」機械仕掛けの娘は口元を緩めた。


「あら、バカにできないわよ? 誰も太陽の中に入って確認してないし、今の地球だって、地上はあんなにも暑いけど、ドームの中や地下は涼しいわ。まだ行けないから、中まで熱いってことにしてるだけかも。もうひとつ言えば、宇宙では既存の観測方式がアテに……」


「……分かった、分かったわ。でも、アイリスさん、大真面目な顔をして言うんだもの! そっちのほうがおかしくって!」

 ルーシーの笑いが止まらなくなった。


 カーテンが開く音。


 私たちは部屋の隅のベッドに目をやる。カーテンの隙間から男マイドの患者がこちらを見ている。


「ご、ごめんなさい」慌てて口のあたりを押さえ、謝るルーシー。


「いや、イイよ。そのねーちゃんの話、俺も面白かったから」

 彼はそう言うと再びベッドに戻り、カーテンを閉めた。


「嬢ちゃんの足、直してもらえると、いいな」

 ひとつの祈りを残して。

 

「……ルーシー。私、テープを貰ってくるわ」

「うん。行ってらっしゃい」


 ひとびとはかつて、聖書や経典を信じ、神仏へ祈りを捧げたという。

 あるいは空を見上げ、星に願いを掛けた。


 今やそれらは失われ、ひとびとには台本しか残されていない。

 それは、すべきことを記された預言書で、祈りを捧げるには不釣り合いな品だ。


 だけど、“祈り”という言葉はいまだに生き続けている。

 それは、ひとびとが、互いに祈りを送りあうことが可能だからだろう。

 私は病室を出て、ナースセンターへ向かう。

 センターでテープを借り、会議室に面した廊下へと目を向けた。


『ルーシーの足を、直してくれますように』


  * * * * *


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