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Page.13 役者たち

 乾かしたばかりの髪を撫でながら、私はノートを開いた。


 研究だけで一日が終わる中央での仕事と比べて、今日は多くの出来事があった。

 まるで数日を凝縮したように思える。


 私は出逢った人物たちをノートに書き込んでいく。

 新たに出逢ったひとびとのほとんどはマイドだ。


 M1921929 ウィリアム・ゴールドマン。しがない警備員。

 配役は“心配性”。個人的にも“心配性”。

 第三層が崩落事故で混乱する第一層を見捨てたのではないかと懐疑。それと、ルーシーのお友達。


 M0691179 ジョージ・ウェルズ。修復現場主任。

 本職は過酷なドーム外で電力線の保守点検をする縁の下の力持ち。

 ルーシーの理解者。彼は“真面目で頑固”だが、親方の名に恥じない素敵な男性性を持ったマイドだ。


 そして、M1020590 ルーシー・シャーリー。“天真爛漫”な修復現場見習い。

 本職は台本運びのプロンプター。そして未来の発見者であり救世主。

 崩落現場で発生した追撃の事故により、右大腿部に大きな裂傷を負う。

 現在は技師とコンピュータによる治療の是非判断を待つ身。


 他、多くの作業現場員。


 その中で特筆すべきはM1015333 ジョンソン・ハクスリー。配役は“優柔不断”。

 彼はマイドの性質とは正反対の配役を貰っている。

 現場作業員のひとりで、平時はドーム出入口詰所とドーム外作業者との連絡・オペレート業務に携わっている。

 追加の崩落時に恋愛関係にあるマイド・メリィが危険に陥った際、リミッターを解除してカタログスペックを超えた力で彼女の身体を運んだ。

 

 機械仕掛けの身体と、プログラムのこころ。

 人間を目指す彼らの多くは配役を越えて人間に近づいていた。そして、誰もが愛すべきひとだった。


 ……たったひとりを除いて。


 0024-M0909177 フリードリヒ・ゲオルグ。


 24番ドーム監督部警察課刑事室室長。リゲルと名乗る男。配役は不明。

 リゲル。オリオン座を構成する星に名付けられた名前のひとつ。

 ゼロ等級に迫るほど明るい星。明るすぎる星はときに、他の天体の観測を邪魔する。


 彼の見せた身分証は、私の持つ端末のデータと合致した。

 ただ、写真と本人の顔の印象が少し違う気がした。コートの襟と帽子で大半が隠れていたから自信はないけど。

 私は身分証に仕込んでいたカメラからデータを抜き出し、得た情報と映像の入ったチップを、中央宛てを記した封筒に入れる。


 これはただの勘だ。

 彼が気に入らないからだとか、そういうことじゃない。彼に関しては気に掛かる点が多すぎた。


 いかに監督部の特権階級だとはいえ、私の情報を取得しているなんて。待ち伏せていたのは確実だ。

 ラント座長が漏らしただけの様な気もする。

 だけれど、あの口ぶりは、崩落事故の因子として私が絡んでいたことも把握していたとも取れる。

 もしそうなら、今朝からずっとつけていたことになる。


 何を調べているのだろうか?

 私は不安になり、もう一度すべての部屋にカメラやマイクが仕込まれていないか調べた。


 ……結果はシロ。


「考え過ぎかしら」


 ベッドの柔らかさは昨晩とほとんど変わらない。

 物理的変化といえば座長の香水が消えて、私のにおいがかすかに残っている程度。

 でも、寝心地が悪くなったことは間違いない。


 例えばだけれど、リゲルは私を調べているというわけではなく、今回のドーム崩落の発見が遅れた件や、それを通報した第三層民に関連したことを調べている可能性はないだろうか?

 今日、実際に現場を見て感じたのは、ドームの消滅に直結する最大ランクの危機にも関わらず、ラント座長の認識が甘いことだ。


 大筋の行動を決める台本を書くのはもちろん、中央の人工知能Hi-Storyだが、彼の台本に記されるのは「座長室で書類業務」程度のことだ。


 彼はドーム運営の最高責任者である以上、サインをするかしないかを決める権利がある。

 つまり、ラント座長の意志ひとつでキャスト達の翌日以降の台本を間接的に変えることができる。

 彼の認識が甘ければ、その分だけ歪みは大きくなっていくだろう。


 歪みは混乱を生み、混乱はトラブルの原因だ。

 最後はリミットが連鎖するようにすべて砂に帰すだろう。

 やはり、ここ数年で増加するクレーム報告とも関連がありそうだ。


「リゲルのいる警察室は秘密裏に座長を調べている可能性が濃い……か」


 つまり、さっき私が怖い思いをしたのはラント座長のせいってこと。


「ひげ親父め……」

 私はこころのなかで母に愚痴を聞いてもらいながら、夢の訪れを待った。


 * * * * *


 翌朝、アラームよりも早く目覚める。それから私はボーイの呼びかけよりも早く身支度を済ませた。


「おはようございます。アイリス様」

 ベッドに埋まったモニタからの挨拶。


「おはようございます。昨晩はアドリブの計らい、ありがとうございました」

 私はボーイに礼を言う。

 彼は夕食についての用聞きをしたときに私が留守だったため、台本上では自由時間に当たるはずの時間帯に再び仕事をしに舞い戻って来てくれたのだった。


「座長にはあなたに加点するように言っておくわ。必ず」

 モニタ越しに座長のサインの入った許可証を見せる。


 点数。ドームのシステムのひとつ。

 第一層では二層に上がるための評価に影響、二層では三層にあがるために必要。

 点数が高くなれば給与などにも影響してくる。


 そして、第三層。そこは他層よりも生活水準は高く作られている。

 だが、すべての三層民が三層でなんでもできるかというと、そうではない。


 加点は多くの権限の解放に役立つ。


 ペットが飼えるようになったり、娯楽施設が使えるようになったり、電子キャッシュで購入できる品のバリエーションが増えたり。

 少々職業差別的に捉えられるかもしれないが、やはりボーイの仕事というのは遣いっ走りの性質を持つ。

 三層だろうが下っ端だ。


 ジョージ主任のように好んでその立場に留まっている可能性もあるけど、やはり重役や研究職などはまず、それに就く為に高い評価が必要なので、確実に多くの権限を持っていることになる。

 彼がボーイ、イコール三層では駆け出し、という確率的は高い。


 もっとも、私が座長のサインをおろした時、ガッツポーズの最中だった彼の姿が一瞬見えたのだから、この場合は差別ではなく事実だろう。精進したまえ。


 ボーイの持って来てくれたスクランブルエッグとウィンナーをつつきながら、送迎の約束を待つ。

 ちなみに今日の飲み物は紅茶と甘味材三本にした。


 今日はラント氏は現れるだろうか。

 刑事室のへの情報漏洩が意図的なものだとすれば、彼は昨日のことを根掘り葉掘り聞いてくるかもしれない。

 徒歩でエレベーターエントランスまで行くのは難しい。車でニ、三十分は掛かる。避けては通れない。

 キャンセルしてタクシーを呼ぶ手もあるが、それはそれで番狂わせな行動だし、昨日待ちぼうけを食わせた相手が運転手だったら気まずい。


「はあ……」

 大きなため息。調査ひとつでこれだけドームに影響を与えるとは思わなかった。

 私が心配していたのは自分が“配役”を演じられるかどうかだけで、他は観光や研究の延長くらいにしか考えていなかった。


 刑事室のひとだって、仕事で調べ回ってるだけなのだろうし、私は自分の配役を演じていれば何も……。


「あああ……」

 昨日の勝手な行動を振り返って頭を抱える。だめ。


「よし、今日は気を引き締めていかなくっちゃ!」

 私は両手で頬をぴしゃりと叩いた。


 * * * * *


 黒塗りの公用車の中、不快なにおいの残る座席に座る。

 バックミラーに映る運転手の顔もご機嫌には程遠いようだ。

 ラント・キド座長は本日も不在。

 第一層の酷い有様について文句を言うつもりだったのが、空振りをしてしまった。


 彼は私を避けているのだろうか?

 それとも、彼が成り上がるためには私は不要と判断されたのだろうか?

 仕事以外で会わずに済むのなら、それはそれで構わない。

 私は車を降り、運転席のナイト氏に礼を言う。


 電話の着信音。黒いスーツから。


「……すみません、アイリスさん。座長からです」

 彼は本当に申し訳なさそうに端末を渡してきた。


『おはようございます。我らが一番星さま。御機嫌いかがですかな?』

「あまり優れませんわ。慣れないことをしたせいかしら」


 あんたのせいよ。


『それは心配ですな。それならば、よろしかったのですか? アイリスさん。本日の調査のご予定は夜間部のはずでしょう? 楽屋で休まれて、迎えを夕方にやってもよかったのですぞ。一層なんか(・・・)では養生できないでしょう?』


「中央でも滅多に一層には立ち入らないんです。観光してみたくて」

 ラボにルーシーの見舞いに行くことは座長には言わないでおこう。事故のことは当然、知っているはずだけど。

『観光も三層のほうが見どころがあると思いますがね。若い女性と砂山遊びというのもなかなか面白い趣向なんでしょうが、大切な公務が山積みで』


 私は眉をひそめた。


「……お気遣い感謝いたします。また機会があればお願いいたしますわ」

『ドームがすっかり直って片付けが済んだら、たっぷりとご案内いたしますぞ。台本も公務もすべてキャンセルしてね。その時はアイリスさんも野暮ったい作業服でなく、ご私服でいらしてくれるとありがたい。では、これで』


 電話は切れた。何がありがたいんだか。

 ……というかなんの用だったの? 


 不快感をあらわにする私の横で、彼の息子が申し訳なさそうに立っている。

 私は端末を返し、車が走り去ったのちに、聞えよがしにため息をついた。


 * * * * *


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