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第十九話「前回優勝者」


 予選が始まり六日目。


「勝者、ジン・タチバナ!」

 

 王都第一区の広場ではここ六日間で最も大きな歓声が沸いた。

 予選の勝者は番号で呼ばれるが、決勝の勝者は別だ。

 決勝へ駒を進めた者の名を審判は高らかに宣言した。

 勝者として名を告げられたジンは相手の首元に突きつけた剣を下げる。

 息を吐くと、剣を元あった腰の鞘へと戻す。

 対峙する相手は鎧で全身を固めているのに対し、ジンは軽装であった。

 降参を宣言した相手も硬直していた身体を自由にし、ヘルムを取る。

 負けたというのに、笑顔。

 

「いやあ、まさかタチバナ様とこうして剣を交えられるとは!

 負けたとはいえ、いい自慢話になります。

 是非今年も優勝し、剣聖を倒してください!」


 ジンは内心いらだち、舌打ちにしそうになるが。


「ありがとう。私も期待に応えられるよう努力しよう」


 そう応じ、互いの健闘を称えあい握手を交わした。



 ◇ 



 決勝への進出、そしてジン自身が前回剣舞祭優勝者ということもあり、家に帰ろうと広場を離れようとし、すぐに観客にもみくちゃにされた。

 暫くの間、慣れない愛想笑いを続けていた結果、


「たく、変な顔で筋肉がかたまっちまってるじゃねえか」


 ジンはどうにか観客の輪を抜け出し、自身の顔を触りながら愚痴をこぼす。

 一区の人気のない路地裏。

 立ち止まると、服のポケットをまさぐり、目的のものを探り当てる。

 煙草だ。

 ポケットの中に乱雑に入れられているうちの一本を手でつかむ。


「《点火》」


 ジンが使える数少ない魔術を唱えると煙草の先が赤く灯る。

 口でくわえ、煙をゆっくり肺に満たすと、静かに吐き出す。

 ゆっくりと、煙が空へとゆらゆらと昇っていくのを眺める。

 ジンは優勝した四年前の剣舞祭を思い出す。

 予選から気の抜けない戦いばかりであった。

 皆ギラギラと貪欲に、ジンも一度勝つたびに歓喜したものだ。

 一度の勝利を幾度も繰り返し、ジンは頂に届いた。

 紙一重でジンはその座に着けたと思っている。

 歴代の優勝者で最も弱いと自身では思っており、剣聖として認められなかったことに憤りはなかった。

 ただジンが他の優勝者と違ったことがある。

 それは約束。


「次は勝つ」

「ああ、かかってこい」


 ジンの頭の中に優勝者は剣舞祭に再び出場しないなどという暗黙の掟は意味をなさなかった。

 交わした約束を守るため、自身もさらに高みを目指し、剣の鍛錬は怠らなかった。

 一年後に剣舞祭は開催されなかった。

 王国が存亡の危機に晒されたからだ。

 仕方がない。

 ジンは王国から拝命した王城守護の任を全うし、災厄を生き延びたが約束した相手は帰ってこなかった。

 悲しみよりも何とも言えない消失感がジンを襲った。

 それでもジンは今年の剣舞祭に出場することを決意したのだが。

 

(ちっとは面白いかと思ったが期待外れだな。やれやれ)


 ジンが予選で戦った回数は8回。

 そのうち7回は不戦勝だ。

 前回優勝者ということもあり、ジンの名前を見た対戦相手がことごとく棄権。

 剣を交えることなく予選の決勝進出を果たした。

 決勝も元から勝とうという気概を感じない相手。


(本戦は面白い奴とやれるといいんだが)

 

 ぼんやりとジンが物思いに耽っていると、かん高い声が路地に響く。

 

「お師匠様、こんなところに!

 って、煙草は身体に悪いので禁止したはずですよ!」

「なんだ、サチか。よくここがわかったな。

 あと、師匠って呼ぶな。

 お前を弟子にとった覚えはない」


 ジンを師匠と呼ぶ少女は、嬉しそうに駆けよってくる。

 左右に結った黒い髪が揺れる。

 微笑ましい姿だ。

 ジンも相好を崩し、駆け寄ってきたサチを抱き上げる。

 

「父上、本戦進出おめでとうございます!」

「おう、ありがとうな」


 優しくサチの頭を撫でてやる。

 サチはジンの一人娘だ。 


「父上、いつになったらサチに剣を教えてくれるのですか!」


 ジンは苦笑する。

 以前までジンを怖がっていたのか、あまりサチからジンに話しかけてることはなかった。

 今では常にジンの後ろをついてまわり、口を開くたび剣を教えてくれとねだってくる。

 少し寂しい思いをしていたのだが、遠い昔のことのようだ。

 きっかけは優勝した時の剣舞祭。

 妻に連れられ観たジンの戦う姿に、いたく感銘を受けたらしい。

 愛らしい娘の願いだがこればかりはジンは首を簡単に縦に振ることはなかった。


「もっと身体がでかくなったらな」

「その答えは聞き飽きました。

 サチはすくすくと大きくなっています!」


 ぱっとジンの腕から離れ、頬を膨らませながらサチは抗議する。


「せめてこんくらいまでは大きくならないとな」


 ジンは自身のみぞおち辺りに手をあて、サチに見せる。


「最初の頃は父上のへその辺りではありませんでしたか!」

「そうだっけか?」

「サチは憶えてます!」


 実のところジンはサチに剣を教えたくはなかったが、サチのお願いに根負けした。


「んじゃ、基本だけ今度教えてやるよ」

「本当ですか!?」


 わーいわーいやったー!っと。

 ジンの本戦進出を祝ったときより何倍も嬉しそうだ。

 その姿を見れたジンも思わず頬が頬がほころぶ。

 いかんいかんと、すぐに厳格な父の顔に切り替える。

 だらしない姿を娘にみせられない。


「だが、サチ。

 教えるからには厳しく行くぞ。

 覚悟はできてるか?」

「もちろんです、父上!

 そしていつかサチが剣舞祭で優勝し、剣聖になってみせます」


 頼もしい娘の言葉。

 頭を撫でてやる。

 

「ところで、サチは一人で来たのか?」

「はい!どうしても父上の試合が観たくて来ました」


 ジンの言葉に胸を張りサチは答える。

 その答えに最近妻が「サチがお転婆すぎて困る」とため息と共に零していたのを思い出す。


(まぁ、元気なのはいいことだ) 


 妻はこのままでは嫁に出せないとも嘆いていたが、男兄弟で育ったジンはサチが元気に育っているなら問題ないと思っていた。


「母さんが心配しているだろうから帰るか」

「はい、父上!」


 サチの手を取り帰路につくことにする。

 溜まっていた鬱憤は愛娘の笑顔で幾分かましになっていた。

 

実はこの投稿がゆりてん!、百話目でした!

いつも読んで下さってる方に改めて感謝を。


4/27追記

暫く実家に帰省するため不定期更新

なるべく更新できるようにします。。。

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