第四十一話「迫りくる恐怖」
ゲルトが目を開くと懐かしい顔が見えた。
「マリヤ……?」
うわ言のように発した言葉にマリヤは反応し駆け寄ってくる。
「ゲルト! 気付いたのね」
これは夢かとゲルトは疑ったが、横になっていた体を起こそうとすると身体に痛みが走る。
痛みに顔をしかめる。
(夢じゃない?)
目を覚ますと探していたはずのマリヤがいた。
ゲルトは何が起こったかわからず混乱する。
マリヤが身体を起こすのを手伝うため、手を貸してくれた。
触れた手に温もりを感じる。
じーっとマリヤの顔を見つめる。
その視線に気づき、マリヤが口を開く。
「何?」
「いや、生きてたんだな」
「うん」
沈黙が降りる。
よかった、無事だった。
ゲルトは色々掛けたい言葉はあったがうまく出てこない。
目線を下に向け、再び口を開こうとしたが。
「はい、しゃんとする!」
「ってええええ!」
思いきり背中を叩かれ、ゲルトの身体に再び痛みが走る。
再会を喜ぶ場面だと思ったがマリヤらしい行動。
ゲルトは苦笑しながら問う。
「いてて、ここは……」
そこまで言いゲルトは気を失う寸前の出来事を思い出す。
竜に吹き飛ばされる味方の姿。
間一髪で急所は剣で防いだが、勢いを殺せずそのまま叩きつけられた光景を。
ゲルトは声を荒げ、尋ねる。
「皆は!」
「大丈夫よ」
マリヤが視線をやった先、ライムントとミハエルも地面に寝かされていた。
生きている。
横にはクロエ、ラフィ、アレクも立っており皆無事のようだ。
確認し胸を撫でおろすが、肝心なことを忘れていた。
ゲルト達を一瞬のうちに戦闘不能にした存在。
一体どうなったのか。
尋ねようとしたときだ。
地面が震動し、轟音が鳴り響く。
発生源に目を向けると、ゲルトは信じられない光景を目にする。
手も足もでなかった竜が地面に叩きつけられていた。
(誰が?)
竜が怨嗟の声を上げ、睨みつける先。
小さな存在が今まさに地面に着地するところであった。
アリスである。
相変わらず規格外の強さ。
唖然とその様子を眺める。
竜は怒りの咆哮をあげ、全身に青い炎を纏うと再度アリスに襲い掛かった。
ゲルト達など眼中にない。
ひたすらアリスを狙う。
一撃でも当たれば、小さいアリスの身体は跡形もなくなると思われる攻撃が、何度も何度も竜から繰り出される。
攻撃が来る場所がわかっているとしか思えない動きで、アリスは華麗に右へ左へ。
さらには空中へと避け、羽でも生えているのかと錯覚する。
ただ、反撃の隙を見いだせないのか、ゲルトが見る限りアリスは防戦一方だ。
「助太刀しなくていいのか?」
ゲルトは思い出したように、この場で最も実力のある二人、ラフィとアレクに問う。
「任せるしかないかな。
俺達に矛先が向く方があいつにとっては厄介だろうし」
アレクの言葉に、隣のラフィもコクコクと頷く。
その態度に違和感をゲルトは覚えた。
やけに親しみのこもった言葉。
「二人はアリスのことをしっていたのか?」
「えっと、それは」
「あぁ、そういえばアリスが言ってたっけ。
確か勇者様に助けられたとか?
それでアリスのことは知っていたのか」
話しながらゲルトはアリスが話していた生い立ちを思い出した。
「ナオキが助けた女の子、ナオキが色々教えてたからな!
いや、久々の再会がコンナトコトハオドロイタナ!」
「ウン、ソウ」
「やはりそうだったか……。
勇者様が直接色々教えたとはいえ、とてつもない才能の塊だな」
ゲルトは羨望の眼差しでアリスを見る。
ちょうど防戦一方と思われていた戦局が変化した。
アリスが竜の攻撃を回避しない。
危ない!と叫びそうになる。
しかし、想像した結果とは違った。
青い炎を纏った竜をアリスが再度蹴り飛ばし、再び竜が地面に叩きつけられたのであった。
◇
なんなんだこいつは。
竜は驚いた。
これまで長い間、ただ強者を求め戦い、戦い続けてきた。
だがどれも歯ごたえはない。
爪を振るえば一撃で肉塊に変わり、息を吐けば消し炭となる。
踏みつぶす。
その程度の存在しかここにはいない。
つまらない。
知恵を付けたのか、つまらない存在は集団で歯向かってくることも増えた。
だが、結果は同じ。
つまらない。
暇潰しに自ら集落に出向き、踏みつぶすこともあったがどれも竜の欲求を満たすことはなかった。
強きものを喰らいたい。
喰う価値もない存在ばかりだ。
いつしか暇潰しもしなくなり、自分の領域に籠るようになった。
たまに襲い来る下等な存在を部屋で踏みつぶす。
暇だ。
暇だ。
ずっと暇だった。
そして現れた。
初めて見るうまそうな存在。
不愉快な一撃から始まった出会い。
突如、直下からの衝撃が竜を襲った。
痛くはなかったが吹き飛ばされる。
殺してやる。
だが、竜は目の前に現れたうまそうな存在を目にして興奮した。
喰らいたい。
喰らいたい。
こいつを食べれば俺はもっと強くなれる。
竜は初めて食欲というものを感じた。
喰らうために襲い掛かる。
だが、攻撃が当たらない。
思い通りにならないことに竜は怒った。
はやくこいつを喰らう。
それしか考えていなかった。
己を害する存在がいるなんて露ほども思っていなかった。
次の衝撃に何が起こったかわからなかった。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
身体に激痛が走った。
なんなんだこいつは。
なんなんだこいつは。
触れさせてはならない。
本能のまま竜は全身を炎で守った。
これで近づけまい。
ほくそ笑む。
今度こそ喰う。
はずだった。
相変わらず攻撃が空を切る。
怒り。
違う、焦り。
何が起こっているのかわからない。
咆哮を上げ何度も何度も襲い掛かる。
ふと、小さき存在と目が合った。
全身が震える。
そいつは見下ろしていた。
身体が思うように動かぬことに気付く。
それは竜が初めて感じる恐怖であった。




