第三十一話「木陰」
マリヤに魔術を教えながら迷宮での生活を始めて暫く経った。
迷宮内では昼、夜の区別する方法がなく時間感覚はいまいちわからず、俺達が落ちてから何日経過したのか曖昧である。
魔物たちが入ってこれない空間を二人は「木陰」と呼び、迷宮を探索し、疲れたら木陰に戻ってくるという生活を続けていた。
念のために本当に魔物が木陰に入ってこれないのか何度か検証を行った結果、やはり理由はわからないが魔物は木陰の入口前で引き返していく。
おかげで安心して体を休めることができた。
木陰を基点に探索は進め、食料の心配もないので今はマリヤの魔術を鍛えながら地道に地上に帰る方法を模索している。
俺達はシャドーフロッグとの戦闘を終え木陰に戻ってきた。
何日も生活するごとに、木陰の一角は迷宮内には似つかわしくない道具が増えていった。
かまど、机、椅子、簡易ベッドもある。
天井から生えている木を利用して道具を使うのは気が引けたので、魔術を利用したものばかりだ。
戻ってくるとさっそく俺はご飯の準備を始める。
収納ボックスから鍋を取り出し、かまどの上に置く。
机の上にはまな板と包丁を取り出し、野菜も適当に取り出していく。
「今日は何にするの?」
「うーん、適当に色々煮こんだスープ?」
「ふふふ。アリスちゃんの適当はいつも美味しいから楽しみ」
マリヤは野菜を受け取ると、慣れた手つきで切っていく。
(さっきのカエル肉をさっそく試してみるか……)
収納ボックスから肉片を取り出すと、食べやすい大きさにカットしていく。
(念のため、ヘルプ。こいつの肉に毒とかないよな?)
『大丈夫です、マスター』
今日のメニューはトマト煮込みもどきに決めた。
トマトによく似た赤い実を取り出す。
(こっちの世界でもトマトなのかな? 味が似たものなら名前なんてどうでもいいか)
確認に一個齧り付く。
ほのかな酸味。瑞々しい味が口にとける。
(うん、トマトだ)
まな板の上に切った肉を置き、鍋に持っていく。
火の魔術を行使しかまどに火を入れ、鍋が熱せられたところで肉を投入。
香辛料をひとつまみいれ、木べらを使って炒める。
肉の焼ける香ばしい臭いが辺りに漂う。
隣にもういっこ鍋を置き水を満たす。
沸騰するとトマトに浅い切れ目を入れ、鍋に投入。
さらに浅めの鍋を一個取り出し、水を満たす。
「アリスちゃん、野菜切れたよ。
何してるの?」
「皮をむいてます。こうやってお湯からだして、すぐ水に通すと簡単に皮がむけるんですよ」
「へー。アリスちゃんは相変わらず物知りなんだね。
トメトの皮を剥こうなんて考えたことなかったよ。
いつも生でそのまま食べちゃうし」
どうやらトマトはトメトらしい。
あんまり変わらなかった。
俺は切った野菜を受け取ると、肉を炒めていた鍋に投入、水を入れる。
野菜がやわらかくなったところでトマトをいれじっくり煮込み最後に味を調えて、なんちゃってトマト煮込みの完成である。
「できました」
「うわ!おいしそう!」
机の上に並べた皿によそう。
準備ができるとマリヤは祈りを捧げ、俺もなんとなく真似をし、食事を始める。
対面に座るマリヤは一口、口に入れると幸せそうに笑みを浮かべる。
「おいしい! アリスちゃんをお嫁さんにする人は幸せ者ね」
これだけ喜んで食べてくれると作り甲斐があるが、最後の一言は余計だ。
俺はうげぇっと苦虫をかみつぶしたような顔となる。
(似たようなことをアニエスにも言われたっけ……)
俺の様子にマリヤは首を傾げる。
「アリスちゃんは好きな人いないの?」
「いないですよ」
「やっぱり自分より強い子じゃないと駄目?」
「いや、私、男なんで」
「はいはい。そうだったわね」
クスクスと笑われる。
「そう言うマリヤさんは、ゲルトとライムントのどちらかのことが好きだったりするんですか?」
「え?」
俺のカウンターにきょとんとするマリヤ。
が、すぐに噴き出し笑い始めた。
「あははは!あの二人か!確かにずっと一緒だけど、なんだろう。
どっちかというと面倒のかかる弟みたいな感じだからな」
「それが恋愛感情に変わったりは?」
「ないない」
はっきりと否定するマリヤ。
「でも、今頃皆心配してるだろうな……。
うんうん。多分、死んだと思ってるだろうね」
「……助けに来てもらいたいですか?」
少し考えマリヤは口を開く。
「無茶をしてないか心配。
ゲルトもライムントもクロエも。
多分、今もあきらめきれずに迷宮に挑んでる気がする」
「はやく、地上に戻らないとですね」
「うん……」
暫く沈黙が降りた。
突然、マリヤは自分の頬を叩き、顔を振るう。
「大丈夫。三人は大丈夫。
今は私がしっかりしなきゃ、上に戻れない」
「じゃあ、食べ終わったらいつもより厳しめに魔術の訓練といきますか」
「それは……。アリスちゃん、魔術のことになると容赦がないからな」
「早くそこそこの魔術を身につけてもらわないと地上に帰れないな……」
「うっ……、善処します」
マリヤの返事に俺は満足げに頷き、今日の魔術の特訓内容に思いをはせる。
(さて、今日は何にしようかな)




