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第二十三話「四人の事情」



「お困りごと? 私でよかったら話を聞くわよ」


 酒で出来上がった上機嫌のラフィと違い、ラフィが訪れた席には重い空気が漂っている。

 今のラフィにはそれを理解するだけの思考力が残っているか怪しい。


「お前、勝手に人様のテーブルに紛れ込むな。戻るぞ。

 いや~、うちの連れがお騒がせしました」


 アレクは愛想笑いを浮かべ、謝罪する。


「ほら、戻るぞ」


 ラフィの手を掴み、強引に自分たちの席に戻ろうとした。


「アレク、《お座り》」

「は? 何言って……うがぁ!」


 ラフィの一言に、アレクは突然身体にずしりと重みを感じた。

 地面に倒れ伏す。

 先程の男の怒号の様に注目は浴びていないが、周囲の席の者は突然地面に倒れ伏したアレクを見てぎょっとする。


「な、何しやがった」 


 何とか顔だけ起こし、元凶であるラフィに視線を向ける。

 

(こいつ、魔術で身体を拘束しやがったな!)


 本来、詠唱句でも何でもないただの言葉で魔術が発現する。

 ラフィの魔術師としての圧倒的な才覚に、いつもであれば舌を巻くところだが、今はただただ迷惑であった。


「アレク、わたひはここのひととお話ししてる。邪魔しちゃだめ」

「いや、迷惑だからもど……」

「《沈黙(サイレント)》。あまり騒ぐと迷惑。ここの人もおどろひちゃってるじゃない」

「……! ……!」


 お前の行動にびびってるんだよ!と叫ぶが、虚しく口をパクパク、声にならない。

 今度は声を奪われた。

 

「す、すごい」


 その様子を席に座っていた唯一の女性が感嘆の声を上げる。

 重々しい空気の席に座っていた者は今の一瞬のラフィの魔術に、目を丸くし、席を覆っていた重々しい空気が少し霧散したように感じられた。

 アレクはただのやられ損であるが……。


「あ、えっとお嬢さん。そこの彼を解放してあげてはくれないかな?

 どうやら彼も俺達のことを心配してくれていただけみたいだから」

「そう? アレク、はしゃがないのよ」


 先程、怒号をあげていたゲルトを宥めていた男が助け船を出してくれた。

 アレクの身体の重みが消え、声もでるようになったみたいだ。

 ラフィに文句の一つでも言いたかったが、酔っ払いに何を言っても無駄だと考え、余計な一言は発しないことにした。

 アレクはゆっくり立ち上がり、助け船を出してくれた男の側に行く。


「すまない、助かった。あと、うちの酔っ払いがすまない……」


 男にしか聞こえない声でアレクは謝罪する。


「いえいえ、お陰様で少し空気が和らぎました。

 これも何かの縁ですし、奢りますから何か飲んで言ってください」


 にこやかに、男は告げると、本来三人座れる長椅子である席を両側とも詰め、ラフィとアレクが座れるスペースを確保してくれた。

 この流れで、いえ、自分たちの席で飲みますから!と断れたらどんなに幸せであろうか。

 というか、ちゃっかりラフィは空いたスペースに、すでに腰を落としている。

 あきらめアレクもラフィと対面の席に腰を下ろす。


「何を飲む?」

「……んじゃ麦酒で。あとこいつは蜂蜜酒頼んでたはずだから、それを持ってきてもらったほうがいいな」

「了解。店員さん! こっちの彼に麦酒を!

 あとこっちのお嬢さんが注文した蜂蜜酒をここのテーブルにお願いできる?」

「はーい、少々お待ちください!」


 程なくして麦酒と蜂蜜酒が届けられる。


「えっと、これも何かの縁ということで。

 あと飲みの仕切り直しもかねて、乾杯!」

「乾杯!」

 

 ガチンとジョッキがぶつかる。

 乾杯と音頭に乗ったのはラフィだけであった。

 居心地悪いのを誤魔化すため、麦酒を呷る。

 そこから簡単な自己紹介が始まった。

 仕切ってくれている男がライムント、紅一点はクロエ。

 無言で静かに酒を飲んでいる右の頬に蛇のタトゥーを持つ男がミハエル、そして先程怒号を放っていた男がゲルト。


「私はラフィ、でこっちが」

「アレク・ノヴァだ、よろしく」


 簡単に二人も挨拶を行う。


「で、何かお困りごと? 私でよかったら話を聞くわよ!」


 ラフィがさっそく啖呵を切る。

 席の者はラフィの言葉に気まずそうに目配せをし、やがてライムントが口を開く。


「実は――」


 語られた内容は冒険者稼業であればよく聞く話なんだろうな、くらいのアレクは表情にこそ出さないが、冷めた気持ちで聞いていた。

 どうやらこの冒険者の仲間と迷宮の中で離れ離れになったみたいだ。

 具体的には、魔物の群れに襲われ出口を目指して逃げてる途中に、地面が崩落し落ちていった。

 仲間の名はマリヤとアリス。

 落ちたのはマリヤだけだったが、それを助けるためにアリスという少女も崩落した地面に飛び込んでいったらしい。

 崩落し、覗き込んだ下は底が見えない闇。

 後ろからは魔物の群れ。

 

「俺は仲間を見捨て、そのまま出口に逃げる選択をした」


 ゲルトは静かに口を開く。

 アレクもゲルトの判断は正しいと思う。

 それから、すでに一週間以上が経過しているがゲルト達は毎日迷宮に潜り、奥へ奥へと目指しているみたいだ。

 落ちた仲間がまだ生きてると信じ。

 先程の怒りの原因はミハエルの一言、「もう死んでる。あきらめろ」。

 ゲルトは激昂した。

 心の隅ではゲルトも考えていたであろうが、やはり口に出されると感情の抑制が利かなくなってしまったようだ。

 少し時間が経ち、気まずそうにゲルトは俯いていた。

 話を聞く限り、迷宮内は高レベルの魔物が大量に徘徊している。

 迷宮に潜った当時の荷物は軽いもの、何日も潜るための食料といったものも携帯しておらず。

 さらに、落ちた先の深さも不明。

 運よく落下死を逃れたとしても、アレクも生きているのは難しいと判断せざるを得ない。


「ミハエル、さっきはすまなかった。

 俺も心の隅ではわかってはいるんだ……。

 毎日俺のわがままに付き合ってくれてるのに」


 ゲルトが頭を下げる。


「いや、俺の方が悪かった」


 席にアレク達が座って、自己紹介以外でミハエルが初めて口を開いた。


「あきらめろって言った俺が言うのも何だが、たしかにあの子がついてるならもしかしたら……と思いはまだある」

「あの子?」


 一緒に黙って話を聞いていたラフィが口を開く。

 ラフィの質問にクロエが答える。


「一緒に落ちたアリスちゃんて子。本当は正式な仲間でないんだけど、人族で君よりも見た目も幼いのにすごい魔術が使えるんだ」

「どんな?」

「うーん、色々すごかったけど、私が印象的なのは無詠唱で十以上の魔物を地面から生えてきた樹木で拘束したりしてたかな」


 アレクはひゅっと口笛を鳴らした。


「十以上の魔物を一瞬で拘束ね。ラフィも使ってた樹界拘束(ブラストレイン)ってやつか?」

「わからない。でも無詠唱で同じように魔物を拘束するのは、私にも無理」

「確かにそんな凄腕の魔術師が一緒なら一縷の望みがあるかもな」


 再び沈黙。


「……ミハエルの言うことは正しい。

 現に俺達はあれから何度も迷宮に挑んだが、全然先に進めない」


 ゲルトは項垂れ、心境を吐露する。

 王都迷宮が開放され、多くの冒険者が迷宮に踏み入れており、当然情報交換も盛んだが、一向に迷宮の全体像は掴めない。

 仲間が落ちたのは下。

 崩落した場所から下に飛び込むという手もあるが、博打すぎる。

 下に繋がる道を探しているが、一向に下へ向かう道の情報は出てこず。

 魔物も手強く、食料担ぎ迷宮内に籠り探索する余裕もゲルト達にはない。

 地道に情報をまちたいが、時間が経てば経つほど生存は絶望的。

 もう絶望的な状況だが……。

 重々しい空気が再び覆う。

 突然椅子の上に立ち上がり、ラフィは高らかに宣言した。


「安心して! 勇者ナオキの仲間にして、ユグドラシル国の大賢者ラフィと大陸一の弓の使い手であるアレク・ノヴァがあなた達を助けることを誓うわ!」

「ちょっと待て!」


 アレクは椅子の上からラフィを引きずり下ろす。

 今度は何だ、と再び店内の注目を集めている。

 ゲルト達もラフィの発言に再び固まっていた。


「お前何勝手に首突っ込むことを決めてる! 何で俺も巻き込む!?

 あと、明日は王城に行くって言ってたじゃねえか」

「アレク、ナオキは言ってたわ」


 すっと急にいつもの真顔に戻るラフィ。


「困っている者は助ける。それが勇者ってもんだって」

「ああ、言ってたな」

「私の目の前には今困ってる人がいる。それを放っておいたなんて知ったらナオキは悲しむわ」


 いつになく真剣な面持ちで、じっとアレクの目を見つめてくる。

 一年同じパーティで共に過ごし、よく見た真剣な眼差し。


(酔っぱらった勢いで言ってるだけかと思ったが、こいつもナオキと同じお人好しだったな)


 元々ナオキに負けず劣らずのお人好し。

 ナオキの名前を使ってはいるが、ラフィはラフィで困ってる人は放っておけないのだろう。

 アレクはあきらめ溜息をつく。

 が、ラフィは突然にへらと崩れ、さっきまでの表情はどこにやら。


「困ってる人に手を差し出すわたひ! ナオキが知ったらきっとほめてくれるわ!

 ラフィえらいって!」

「てめえ、やっぱり酔っぱらってるだけじゃねえか!」


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