第二十二話「酔っ払い」
アレクは何杯目かのジョッキをあける。
ちょうどよいタイミングでマーサが通りかかったので声を掛ける。
「マーサちゃん、おかわりちょうだい」
「はーい! 少々お待ちください!」
アレク達のテーブルには空いたジョッキや料理皿が所狭しと置かれていた。
お腹は十分満たされ、今は軽いつまみを注文しながら酒を楽しんでいた。
入店してから大分時間が経ったが、店内の喧噪は止む気配がない。
各テーブルから話声、笑い声が愉快に響いてる。
給仕の少女たちも入店時と変らず、忙しそうに動き回っていた。
「ちょっと、アレク聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「ならいいわ。それでねナオキったら――」
饒舌に話すラフィ、その姿をアレクは白い目で見つめる。
ラフィの前にも開けられた無数のジョッキ。
今も手にジョッキを抱えている。
最初こそ運ばれてくる料理に「美味しい」と満足げに呟き、無心に食べ無心に飲んでいた。
(ラフィって意外に酒飲むやつだったんだな。一年の付き合いで今日知った新事実)
なんて思っていた。
変化はどこからだっただろうか。
最初は機嫌よく酒を飲んでいるなくらいの印象であったが、途中から明らかにおかしくなった。
突然ケラケラと笑い始めるのだ。
普段の言葉数少ないラフィが別人のように、饒舌にしゃべる。
「やっぱり男の人ってヴィヴィみちゃいに、ボンキュボンのスタイルひゃないと駄目にゃのかな」
さっきまで嬉しそうにナオキのことを語っていた気がするが、今度は机に突っ伏し嗚咽を漏らしている。
アレクは考え事をして、ラフィの話を聞いていなかった。
(今度は何だ……)
その様子を黙って観察する。
「私が幼女体型だから振り向いてくれないのかな……うっうっ……」
普段感情を抑えている反動なのか、一喜一憂が激しい。
見た目少女のラフィに泣かれると、何も悪いことをしてないのに罪悪感がこみ上げてくる。
「……いや、ナオキもラフィのことは可愛いと言ってたから脈無しってことはないと思うぞ」
「ほんと!」
アレクの適当な返しに、目をキラキラさせ立ち直った。
単純である。
さっき泣いてたのは幻かと疑う、切り替えだ。
ラフィは手元のジョッキを一気に呷り、空になったジョッキを机に叩きつける。
ご機嫌に「私に直接いってくれればいいろにぃ~」、にへらと幸せそうだ。
「麦酒おまたせしました~」
アレクが頼んでいたおかわりが机に置かれる。
「マーサたん、わたしにもおかわりい」
「はーい、蜂蜜酒ですね!」
「ラフィ、お前はもうその辺に……」
「にゃに?」
「いあ、普段と様子が違うし、この辺にしといたほうが?」
「どこが? わらしが酔っへるってええたいの?」
「客観的に見て、そうだな」
きょとんと、首を傾げるラフィ。
「あはははは、アレク、面白いじょうらんね!」
「冗談じゃねえよ! お前普段そんな笑わないだろ!」
「そんなことをいうやつのしゃけはねえ!」
「あ、お前!」
アレクの前に置かれた麦酒が入ったジョッキをかっさらい、ラフィはごくごくと一気に飲む干す。
あっという間の出来事、止める隙もなかった。
ただ麦酒はラフィの口に合わなかったのか、顔をしかめる。
「ぷはあぁ、にぎゃい」
「麦酒だからな」
「蜂蜜酒は?」
「頼んだばっかだろ」
「うん?」
もう無茶苦茶だ。
アレクが一年かけて築いたラフィ像は今日一日で崩壊した。
(こいつあれだ、飲んだらめんどくさいタイプだ!)
ラフィにこれ以上酒を飲まないように注意するのは諦めた。
もう、アレクは諦めて自分も飲み、早くこのテンションに追いつくしかないと思いはじめる。
酒が奪われてしまったので追加の注文をしようと、給仕を呼ぶ。
その時だった。
「もういっぺん言ってみろ!」
突然の怒号に店内が静まり返る。
皆の視線が声の主に向く。
窓際のテーブルで一人の男が立ち上がり、一緒の席で飲んでいる一人を睨みつけていた。
「ゲルト、落ち着いて。座ろう。
皆さんお騒がせしました」
立ち上がっていた男の横の一人が周囲に謝罪し、ゲルトと呼んでいた男を宥め座らせる。
訝し気にその様子を周囲のテーブルも眺めていたが、どこのグループもやがて興味を失い、元の会話を再開する。
店内の喧噪もすぐに元に戻る。
「何だったんだ、ありゃ」
アレクも自分の席に視線をもどし、ラフィに尋ねる。
そこで気付いた。
目の前に座っていたラフィが消えていた。
(どこにいった!?)
慌ててアレクは周囲を見渡すと、さっき怒号を上げていた男のテーブルに向かっている青髪を垂らした後ろ姿が目に映った。
アレクは慌てて席を立ちあがり、ラフィを追う。
が、時すでに遅し。
ラフィは面倒事をかかえてそうなグループの会話に混ざっていた。




