第二十話「転移区」
満月が広場を煌々と照らしている。
王都第七区。
転移陣が設置された区画であり、そのまま「転移区」と呼ばれている。
中央大陸の六か国にのみ転移陣は設置されており、月に一度、月が満ちた夜にのみ使用が可能であった。
今日は月に一度の転移ができる日であり、広場には多くの人で溢れていた。
「おえええええええええええええええ」
転移してきたアレク・ノヴァは水場にしゃがみ、盛大に吐いていた。
転移酔いである。
陣の近くには、転移酔いのために水場が必ず設置されており、アレクと同じようにしゃがみこみ吐いている者が他にもみられた。
アレクの傍に杖を持った少女が立つ。
「情けない」
「俺達獣人族は感覚が繊細なんだよ、おえええええええええ」
言い返そうとしたが、再び胃から色々なものがこみあげ、再び水場とにらめっことなる。
自慢の耳も元気なく垂れさがる。
少女は深く帽子を被っている。
帽子から覗く長い耳が彼女が長耳族であることを示し、肩まで広がる青い髪が月に反射し輝いていた。
少女の名はラフィ。
ちっこい見た目だが、アレクよりも二倍くらいは生きている。
詳しい年齢は聞こうとしたことがあるが殴られ、それ以来正確な年齢を聞くのはあきらめた。
「アレク、はやく胃のなかのものを全部だして」
「お前、ナオキの前と態度違いすぎるだろう。普段はだんまりのくせに」
「好きな人の前で、はしたない態度はとらない」
アレクにはわからないが、長耳族では無言無表情がモテるらしい。
「俺の前ではいいのかよ」
アレクの言葉にラフィはきょとんとする。
本気で何言ってるか分からないと。
「ちくしょおおおおおお! くそ、何でナオキがモテるんだよ」
ラフィは無表情に。
「どんまい」
ただ一言。
アレクは傷つく。
「いいですよ、いいですよ。
俺くらいになれば一人の女に独占されるような器じゃないからな!」
アレクは胃のものを無理やり吐き出し、よろよろと立ち上がる。
「……とはいえ、ナオキも女になってしまったわけだが。
結局、お前さんは故郷に帰って治療方法見つかったのか?」
「……見つからなかった」
「そいつは残念。でも、なんで突然王都に行くって言い始めたんだ?」
「病気の時は好きな人の側にいたほうが効果的だってお母さんに言われた」
「俺、付き添う意味あるのか? 帰っていいか?」
「ダメ。一人で会いに行くのは恥ずかしい」
「恋する乙女はいいね、って痛い痛い、杖はやめろ」
無言で何度か殴られた。
アレクは数時間前まで、別の都市におり、行きつけの酒場で飲んでいた。
そこに突然現れたラフィ。
ただ一言「王都に行く」と告げると、アレクの勘定を勝手にすませ、連れ出されたわけだ。
文句を言おうとしたがアレクはあきらめ、一年共に同じ「パーティ」で戦ったラフィに付き合うことにした。
アレクも機会があれば王都に戻ろうと考えていたからだ。
王都を出る前に見たナオキの姿を思い出す。
見た目も少女の姿になり、眠ったまま。
アレクも王都を出て情報を集めていたが、似たような呪いの噂さえ集まらなかった。
「ナオキはまだ目を覚ましてないのかな……」
「ちょっと前に目は覚ましたって、ガエルから手紙来なかった?」
「俺はあっちこっち点々としてたからな。
そうか、ナオキ、目を覚ましたのか」
「うん。よかった」
心底嬉しそうに、ラフィはかわいらしい笑みを浮かべる。
(ナオキが倒れた時、泣きじゃくってたもんな)
アレクはナオキが倒れた日のことを思い返す。
普段は冷静なラフィが感情を露わにしているところを見たのも、その時が初めてであった。
「ナオキの前でも、そういった表情見せたほうが好かれるぞ」
アレクは親切心からのアドバイスであったが、再びラフィに杖で殴られた。
恋する乙女は気難しい。
「杖は痛いからやめろ!」
「茶化すのはよくない。当然の報い」
「へいへい、俺が悪うござんしたよ」
アレクは地面に置いていた荷物を背負い直す。
久しぶりの王都だ。
ただ、違和感を覚える。
「何か、やけに活気があるな。お祭りでもあったけ?」
「さぁ? でもアレクの言う通り、転移してくる数が尋常じゃない」
アレク達が到着してからもひっきりなしに転移してくる。
普通、転移する者と転移してくる者は同じくらいの割合だが、現在、転移してくる者ばかりだ。
共通している特徴は、何かしらの武器を携えており、さらに皆実力者であろうということだ。
アレクの嗅覚が告げていた。
「妙だな」
「同意。見たところ、冒険者っぽいけど。わざわざ転移陣を使うなんて」
転移陣は便利だが、気軽に使えるものではない。
利用には転移陣を管理する教会に一人金貨一枚という大金を支払う必要があるのだ。
冒険者で転移陣を使う者は珍しい。
基本、移動は自らの脚で行う職だ。
(確かに、騎士の数は足りてないから冒険者への討伐依頼は多いだろうが……)
それだけでは説明できない。
アレク達には冒険者が大金を支払ってまで転移陣を使い王都へ訪れる理由がわからなかった。
話している間にも新たな転移者が続々と訪れる。
「とりあえず、出るか」
「そうしよう。お腹も空いたし」
「俺は食べてたものをさっき全部リバースしたわけだが」
「アレク、汚い」
「誰のせいで吐くはめになってると……って」
アレクは言葉を止める。
転移区の出口は一カ所。
転移陣を使って王都内に入ると、当然ながら検問をしている門を通らない。
そのために、転移区の出口には検問するための「門」が設けられているのだ。
そして門の前には長蛇の列ができていた。
「おいおい、まじかよ」
何度か転移陣を使ったことはあるが、列ができている光景を見たのは初めてであった。
「アレクが吐いてたせい」
「俺のせいかよ!」
そうこうしている間にもまた新たに人が並び、列が伸びていく。
アレク達は慌てて列の最後尾に並ぶのであった。




