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第十七話「きろ」


 ここからは何事もなく迷宮の出口に辿り着いた。

 となれば、どれだけ幸せであろうか。



 マリヤはアリスの横を歩いている。

 長耳(エルフ)族であるマリヤは小さい時より魔力を扱う才に長けていた。

 そしてマリヤは治癒術士(ヒーラ)という道を選んだ。

 孤児院のお母さんの助けに少しでもなればという思いからである。

 マリヤ自身も子供が好きだったこともあり、お母さんへの恩返しのつもりで大きくなっても孤児院を一緒に守っていくのだとずっと思っていた。


 マリヤが十七歳、ゲルトが十五歳の時に転機が訪れた。

 一般的に十五歳という年齢を迎えると人族は成人とみなされる。

 ……余談だが長耳(エルフ)族は本で読んだところ、五十歳で成人らしい。気の長い話だ。

 そんなわけで、歳の近いゲルト、クロエ、ライムントが成人になった歳、三人は冒険者になると言い出したのだ。

 寝耳に水であった。

 マリヤは孤児院に残るという選択をしたが、成人の歳になると皆自立するために孤児院をでて、職に就くのが普通だ。

 しかし、三人が選んだのは冒険者という職であった。

 マリヤは反対した。

 冒険者というのは地道に稼ぐなら、確かに、身分のないものにとってはよい選択といえるだろう。

 だが、マリヤはゲルト達の性格をしっていた。

 絶対に無茶をする。

 マリヤの反対も虚しく、最後はお母さんの「好きにさせてあげなさい。あの子たちの人生なんだから」という言葉に折れた。

 お母さんの言葉はまだ続いた。


「でも、私もあの子たちが冒険者になるのはやっぱり心配だわ。

 欲をいうならそうね、心強い治癒術士(ヒーラ)の子が一緒にいてくれればよかったのだけど」


 暗にマリヤもついていくように語り掛けているのだ。

 マリヤは迷ったが、ゲルト達についていくことを選択した。



 あれから十年。

 遂にAランクチームとなった。

 ここ一年は皆、Aランクに上がるため必死だったこともあり、孤児院にもあまり顔を出せていない。


(私はみんなより遅れちゃってるけど……)


 努力もあり、念願であったAランクにマリヤを除く三人は踏み入れた。

 マリヤだけ遅れていることは気にしていないが、長耳(エルフ)族の血のせいで、成長に差が出た最近ではゲルトの方がマリヤを子供扱いしようとするのが最近の悩みだ。


(生意気な)


 思い出すと腹がたった。

 そんなことを考えながらマリヤはアリスに目をやる。

 庇護欲をそそる、愛らしい姿だ。

 孤児院で子供の面倒をよく見ていたこともあり、マリヤは子供が好きだ。

 普通、十歳なら自分のことだけ考え、まだわがままを言うべき年齢であるはずなのに、アリスは周囲の状況から理知的な判断をする。

 目を覚ましてすぐに、ゲルトの背中から降り、自らの足で歩き始めた。

 アリスの様子を横から窺っていた。


(本当に無理してないかな)


 ラグマックのメンバーで一番の年長者はマリヤである。

 割と無茶をするゲルトの面倒を長年見てきたのだ。

 アリスは大丈夫と言っていたが、健康な子が突然失神するように眠るなんて状態が大丈夫なわけがない。

 魔術に造詣が深くないマリヤでも、アリスの行使する魔術がどれだけ高度なものか理解することができた。

 アリスが眠りに就いた時、皆慌てた。

 マリヤは真っ先にアリスの容態を確認した。

 一番考えられるのは魔力の欠乏であったが、驚いたことに魔力はまだ残っていた。

 魔術を連続で、かつ大規模なものを何度も行使していたのに未だ余力があることに驚愕したものだ。

 となると、原因は一つしか思い至らなかった。

 マリヤやクロエ、魔力を使うものにはよく知られた現象、「魔力疲れ」だ。

 魔術や治癒術を習いたてで訓練した後は、身体がどっと重くなり、眠くなる。

 これを「魔力疲れ」と言っていた。 


(本来はちっちゃいこによく見られる症状だけど)


 マリヤはそこまで考え、まだアリスが十歳であったことを思い出し苦笑した。

 念のために他に異常がないか確認したが、異常なし。

 今はただ眠っている、そう結論付けた。

 目を覚ました今も、アリスに変わった様子は見られない。

 自分より背の高い杖を片手に持ちながら、トテトテと歩いている。

 その姿から、先程の魔物を殲滅している姿を誰が想像できようか。


(うーん、かわいい!)


 ついアリスの手を握り、つなぐ。

 マリヤの行動にアリスはきょとんとした。

 見た目に似合わず大人びた行動をするアリスは恥ずかしがって、すぐ手を離されるかもとマリヤは考えていたが、手を握り返してくれる感触が伝わってきた。

 マリヤはにこにこしながらアリスと手をつなぎ、帰路を進む。



 ◇



「ミハエル、風の流れが変わった。まずい」


 征北結社の魔術師の一人がミハエルに報告する。

 この魔術師が風の流れから出口へと案内している人物なのだろう。

 魔術師の言葉にミハエルは顔を青ざめさせる。

 

「数は?」

「おそらく、集団。速度は速い。

 距離はあるが、このまま歩いていると出口の前に追いつかれる」

「出口まではあとどれくらいだ?」

「俺の感覚では、走れば十分くらいの距離だと思う」

「わかった。ゲルト! 話は聞いていたか?」

「ああ」


 何事もなく、とマリヤは願っていたが。

 どうやら後ろから魔物の集団が追ってきているようだ。


「私がうしろを……」

「だめ。アリスちゃんは私と一緒に真ん中。いい?」

「……わかりました」


 渋々とアリスは応じる。

 これ以上アリスに魔術を使わせるわけにはいかない。

 それに、いくらアリスが実力者とはいっても、先程倒れた子に頼ろうなどと考える者はこの場にいない。


「ゲルト、悪いが後ろを頼む。俺達が前を行く」

「わかった。頼んだ」


 今の状況、前方の方が危険である。

 出口までの道のり、魔物がいないという保証はない。

 後ろとは距離があり、殿といえども、さほど危険ではないのだ。

 

「よし、走るぞ。全員生きて帰って今日は宴会だ!」

「「「おお!!!」」」


 ミハエルの号令で走り始める。

 

 マリヤも走る。

 今日は走ってばかりだ。

 さすがに今はアリスとつないだ手も放している。

 小っちゃいアリスが大人の走りについてこれるか心配であったが、遅れることなくついてきている。

 

(よく考えたらさっきも普通に私たちについてきてたか)


 どこにそんな力があるのか本当に謎だ。

 油断していたわけではないがマリヤは気づかなかった。

 迷宮の通路、地面が脆くなっていたことに。

 

「えっ」


 気付いたのは踏み抜いた瞬間。

 右足で脆くなった場所を踏み抜き、前へ伝わる力が空を切る。

 突然の浮遊感。

 咄嗟に手を伸ばし、崩落する地面のその先に手を伸ばす。

 無常にも、伸ばした先も崩落していく。

 最後に見えたのは後ろを振りかえる、アリスの姿。

 崩落に巻き込まれたのはマリヤだけ。


(私だけでよかった)


 体勢は崩れ、奈落の底へ。

 声もでなかった。

 固く目を瞑る。

 恐怖。

 この先、自らの身に何が起こるのか。

 

(たぶん、私は死ぬんだ)


 ふと、温かいものがマリヤに抱き着いた。

 目を開ける。

 アリスであった。


「な、んで」


 マリヤとアリスは落ちていく。

 下に、下に。


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