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第十一話「窮地」


 魔物暴走(スタンピード)

 俺には聞きなれない言葉であったが、迷宮を潜る冒険者ではよく知られた言葉のようだ。

 その名の通り魔物の暴走。

 魔物が暴走する原因はいくつかある。

 例えば、森に生息し集団で群れをなし行動するレッドラビットという魔物がいる。

 人を見かけてもレッドラビットは襲ってこない。

 むしろ臆病な性格として知られており、敏感に反応し、逃げ出す。

 しかし、例外がある。

 臆病であるが、群れを害する存在に対しては容赦がない。

 何も知らない冒険者が手頃な獲物と思い狩ったのがレッドラビットであり、大量のレッドラビットに森の中を追い回されたという話はよく聞く。

 ……因みに捕まるとレッドラビットは雑食であり、容赦なく食われる。

 もう一つ有名なのが「釣り」のし過ぎである。

 魔物を狩り、その素材を換金し依頼以外の収入を得るのが冒険者であり、往々にして大量の魔物を一気に殲滅しようと考えてしまう。

 レベル差が歴然であったり、有利な地形、または実力ある魔術師を何人もかかえるチームが行うのが「釣り」である。

 魔物は先程焼いた死体の臭いであったり、血の臭いにも釣られて集まる。

 何らかの手段で魔物を集めて撃破していくのが「釣り」と呼ばれる戦法だ。

 時にはチームの実力で処理しきれない量が集まってしまうこともある。

 

 そして、今回の場合は後者が原因で魔物暴走が引き起こされていることがわかった。

 俺達は出口の途中、少し広がった空間になっている場所へと出る。


「おい、こっちのやつは結構でかいぞ」

「うひょ!まじかよ。今日一日だけでこの先2,3か月は遊んで暮らせるんじゃねえか」


 はしゃいだ声が反響していた。

 ラグマックと同じく冒険者ギルドから調査依頼を引き受けたチームだ。

 人影は八。

 この空間へ繋がる通路は三カ所。

 魔物を待ち構えるなら悪くない地形ではあった。

 空間にはいくつかの魔物の死体が転がり、人影は戦利品の回収に勤しんでいる。


「征北結社か……!」


 ライムントは忌々し気に吐き捨てる。

 戦利品を回収していた一人がここに走りこんできた俺達を見かけ、立ち上がり、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づいてくる。

 右の頬に蛇をあしらったタトゥーを持つ男だ。

 

「これはこれは、有名なラグマックの皆さまではないですか」


 悠長に話しかけてくる。

 この男は何が起こっているのかまだわかっていないのだろう。

 ゲルトが前にで、空間の中央にある物体に目をやった。

 魔道具。

 ゲルトはそれが魔物を引き寄せる道具であることを知っていた。

 一瞬、目の前でにやつく男を怒鳴りつけたい衝動にかられたが、その感情を押し込む。

 今はそんなことをしている場合ではないのだ。


「ミハエル、これは忠告ではない、警告だ。今すぐ出口へ走れ」

「何だ、ゲルト。俺たちの狩場を横取りするつもりかい?

 Aランクになってからえらくなったもんだな。

 悪いけど、ここは僕たちの狩場だ。

 今日はここで稼げるだけ稼がせてもらうさ」


 ゲルトの言葉に噛みつく。

 ミハエルの態度を一瞥すると「そうか」と一言残し、他のメンバーに「行くぞ」と声を掛ける。

 ゲルトの言葉に従い、さっさとこの空間を抜けようと3カ所のうち出口へ繋がる通路へ進もうと駆け抜ける。


 その時だった。

 

 轟音。

 音の発生源は今しがた向かおうとしていた通路の横。

 土砂が横に雪崩れる。

 出口へ繋がる通路が塞がれた。

 代わりに、その横に通路が新たに出現する。

 巨体の魔物と同時に。


「な、なんだこいつは……!」


 ミハエルは突然の出来事に腰を抜かす。

 俺は現れた魔物を確認する。

 ジャイアント・アント・クイーン レベル42。

 新たに出来た通路には、その配下か。

 ジャイアント・アント レベル36。

 一、二、……数えるのを止めた。

 どんどん湧いてくる。

 見た目は巨大な蟻だ。

 ただでかすぎる。

 

(まずい……!)

 

 少し距離が取れたかと思ったが、俺達の来た通路からも魔物の足音が再び聞こえてきた。

 よく聞けば、来た通路からだけではない。

 残ったもう一つの通路からも音が聞こえる。

 逃げ道がない。

 ゲルトはミハエルの胸倉を掴む。


「今は生き残ることだけを考えるんだ。俺達がでかぶつをやる。

 お前は後ろからくる魔物の相手をしろ」


 ミハエルを投げ飛ばす。


「これと、戦うの?」


 マリヤがゲルトに問う。

 暗に無理だ、逃げようと訴えているが、言葉にはしない。

 目の前の魔物を倒すしかないことが理解できているからだ。


「……ライムント、俺が何とか隙をつくる。

 お前はこいつらを連れてでかぶつの横を走り抜けろ」


 有無を言わさぬゲルトの迫力。

 安全とは言えない新たな通路。

 しかし、魔物は空間に出切ったのか、通路から新たな魔物が湧いてくる気配はない。

 ライムントは言葉を飲み込み、頷く。

 マリヤとクロエも泣きそうな顔で、やり取りを静かに見つめていた。

 ミハエルもやっと事態を飲み込んだのか、チームに指示を飛ばしていく。

 ただその顔には後悔と諦めがにじんでいた。

 ゲルトは大剣を手にジャイアント・アント・クイーンの前に立ち塞がった。

 しかし、その前に小さい影が遮る。

 俺だ。


「さがっ……」

「下がってて。邪魔」


 ゲルトの言葉が出る前にぴしゃりと遮る。

 ゲルトは驚く。

 なんだかんだ、出会ってからこれまで素直にゲルトの指示には頷いていた俺がはっきりと拒絶の意思をみせたのだ。

 実力者であるゲルトに向かって邪魔ときた。

 何を言っているんだこいつは!とゲルトは思うことだろう。

 目の前の敵、ジャイアント・アント・クイーンも突然現れた小さい存在に「何だこいつ?」という目で見下ろす。

 並みの冒険者なら失禁してしまう迫力。

 ゲルトも気を緩ませると膝の震えが止まらなくりそうであった。

 しかし、それを前にしてなお、小さい身体で俺は堂々と、白い杖を片手に立っていた。

 と、俺が後ろのゲルトをちらりと向く。


「私が貰ったサザーランドの名が伊達じゃないことを証明してあげる」

 

 この程度、俺にとっては造作もない敵だ。

 安心させるため、ゲルトに笑いかける。


(さて、ここまで出番がなかった俺だ。はりきっていこう)

 

 選んだのは火属性の魔術。

 虫だからよく燃えそうという単純な理由だが。

 杖を掲げ、口を開く。

 空間の誰もが詠唱に聞き入る。

 死の淵にある今、あまりも場違いな幼い声が空間に響き渡る。

 

「開け、地獄へ繋がる道よ。吹き荒れろ、《煉獄(インフェルノ)》!」


 口から紡がれる音が止む。

 次に襲ったのは空間を支配する圧倒的な熱波だった。

 

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