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第三十一話「竜の願い」


 俺はアニエスを安全な場所まで逃がすと、再び戦いの場に戻る。

 音が止んでいた。

 召喚した石像、ししまるは無残に踏みつぶされていたが、あることに気付く。


(まだ、竜はイオナの魔法陣に縛られている?)


 (ドラゴン) レベル90。

 竜は地下から地上に這い出てからというもの、その場から移動した形跡が見られない。

 尻尾の届く範囲の建物は破壊されているが、被害はそこで終わっている。

 今も憎々し気に竜は周囲を見回しているが、暴れる気配がない。


(イオナが創造したと言っていたが、もしかして話が通じるかも?)


 俺はそう思い、小塔から竜の目の前に降り立つ。

 竜はこちらを一瞥するが、すぐに興味を失う。

 近づくと竜の周囲に禍々しい魔力が渦巻いているのを肌で感じる。

 竜は大人しくしているわけではなかった。

 今なお竜を縛り付けている魔法陣を破壊しようと、魔力を体に纏ってるのがわかる。

 俺は先程取得した『念話』を使い竜と対話できるか試してみることにした。


『あー、あー、声届いてるのかな?』


 特に反応がない。

 いや、竜が首をもたげ、もう一度こちらを一瞥する。

 両目が俺を捉える。

 脳内に低い声が響く。


『何だ、人間』


 意味は理解できるが、聞いたことのない音が脳内に響いた。

 ただ竜は語り掛けているだけなのだろうが、生物としての頂点の貫禄なのか、俺の身体は無意識に震える。

 実際には声をだしていないが、絞り出すように言葉を紡ぐ。


『初めまして。

 俺はアリス。

 えーと、竜にも名前があるのかな?』

『名はない。

 ただの竜だ』


 話ができそうでほっとする。

 

『俺は神イオナに頼まれて、あなた方が人を食べないように、追い払うように命じられた』


 竜は鼻で笑う。


『肉も少ない人を我が食うとでも?』


 確かに、人を食べたところで、この巨体では腹の足しにもならないだろう。

 竜は静かに続ける。

 

『忌々しい結界だ。

 やっと地下から這い出れたと思ったら。

 未だに我を縛り付ける。

 気が立ち、この辺の建物を破壊したことは謝罪しよう』


(あれ、竜のほうが神様より理知的なのでは)


 俺は説得すれば穏便に事を運べるのではと考えた。 

 イオナは俺ならなんとかなる、と適当な太鼓判を押していたがとんでもない。

 目の前の竜を見た時、明らかに上位存在であるとわかった。

 生物としての基礎性能が恐らく桁外れである。

 誰が好き好んで戦わないといけないのだ。

 ダメもとで一旦地下に戻ってもらうことはできないか、頼んでみることにした。

 これが竜の逆鱗に触れてしまった。


『生まれてすぐ地下へと封じられた我の気持ちが貴様にわかるか?』


 静かに、竜の眼に怒りが浮かぶ。


(うん、これは俺が悪かった。

 あと神様、やっぱり最低だな)


 即座に謝罪する。


『軽はずみな発言だった。

 許してくれ』


 竜は鼻息を一つ立てると沈黙する。

 俺は言葉を続ける。


『一つ教えてほしい。

 あなたはその縛り付けてるものから解放されたら、何がしたいのです?』

『空を自由に飛びたい。

 それだけだ』


 首を天に伸ばしながら竜は嘆息した。

 翼を持ちながら一度も空を飛ぶことなく地下へ押し込められたのだ。

 竜からすれば理不尽極まりないことだろう。

 その姿をみて、俺は竜に協力することにした。


『俺がその呪縛から解放するのに協力しよう。

 そのかわり、人々に手を出さないことを約束してくれ』

『……この忌々しい縛りは神が張ったものだぞ?

 人ごときに破れるか?

 確かにお主からは底知れぬ力を感じるが』

『ああ、任せてくれ』


 竜の縦に裂けた瞳がこちらを見つめる。

 俺が本気で言っていることを竜も感じ取ったようだ。

 

『いいだろう。

 この縛りが破れた暁には、我は人間に手を出さぬことを約束しよう』


 俺にも王都全体を覆っているという魔法陣の全容は掴めていない。

 ただ、魔法陣を魔力的なもので引き千切るのは困難だが、物理的に魔法陣の一部を破壊すればいいと考えていた。

 地面に触れる。

 竜を地下に押し戻すためか、地下に脈打つ魔力のラインを感じる。

 その周囲を土魔術で強引に破壊する。

 魔力ラインが引き千切れ、拡散していくのがわかった。

 同時に竜を縛り付けている力が急速に弱まる。

 

『おぉおおおおお!

 遂に、遂に、この忌々しい縛りから!!!』


 竜は歓喜する。


『感謝するぞ、人の子よ!

 確か名は、アリスといったか』


 竜は翼をバサバサはためかせ、尻尾を地面へバシバシ打ち付ける。

 誰が見てもご機嫌なのがわかった。


『約束通り我は人間に手を出さぬことを誓おう』


 ところで、と竜は続ける。


『なぁ、アリスよ。

 我ら竜に、神が与えた唯一の欲望を知っているか?』

『いいえ』


 竜の眼が俺を捉える。

 気のせいか、その瞳が輝きを帯びている。

 嫌な予感がしてきた。

 聞きたくない、耳を塞ごうとするが念話には無意味だった。


『我らが望むのは常に強者との闘いよ

 アリス、お主は強者に相応しい。

 さぁ、初めての地上だ。

 存分に楽しませてくれよ?』

『何をいってるんだこいつは!?

 さっき人間に手を出さないって誓ってただろうが!』


 俺の悪態は竜のブレスにより打ち消される。

 竜にとっては遊戯、俺にとっては死闘の始まりだった。


 

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親が親なら子も子ってやつww
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