第二十八話「公爵家の人々 4」
※20/4/1 話題を変更しました
サザーランド家で世話になり始めて一週間が経過した。
午前中はソフィアが直接、貴族社会における大事な礼儀作法をみっちり教えてくれていた。
最初こそ礼儀作法という堅苦しいものに身構えていたが、ソフィアが実践しながら教えてくれるので、完璧なお手本を間近で見ることができ、すんなりと知識としては吸収することができた。
ただ、教わったことを自分で実践できるかは別問題。
これがなかなか難しい。
最近はようやく女性としての生活には慣れてはきたが、十年以上現代で生きてきた俺に貴族社会の礼儀と触れる機会などなかったわけで、身に着いた習慣や癖はそう簡単には治らない。
意識しないとすぐに作法と異なる癖が出てしまう。
それでもソフィアからは飲み込みが早いと褒められてはいるので、及第点くらいはもらえる様になったと思いたい。
だが、今後も継続的に意識してやっていかなければ身に着かないだろう。
……というか、なんで当たり前のように淑女になろうと努力してるんだ?
昼時、屋敷の離れに設置されているテラスに座りながらレイから渡された課題を片付けるために、学校の教科書を読んでいるときに、ふと疑問に思ってしまう。
俺は一体何をしているんだと、一つ大きな溜息をつく。
礼儀作法は身に着けて損はないかもしれないが、別に俺は淑女になりたいわけではなく、もちろんどこかに嫁ぎたいわけでもない。
この姿のまま今後も過ごさなければならないのであれば、学校を卒業したら適当に旅でも出たいというのが本音だ。
「ちょっと休憩するかな……」
『……マスター、休憩するのはかまいませんが……、課題は全然進んでいないのでは?』
大きく伸びをし、教科書を机に置くとヘルプから軽い非難の声が聞こえてくる。
「ヘルプ、これは息抜きだよ息抜き。ついでにいうと課題が進んでいないわけではないよ。こうやって教科書を読み、課題を解くための準備をしているんだ」
『と言い訳して、先日もこってりマスターは絞られていたではないですか』
「うっ……」
誰に、なんて言わずとも俺を叱る相手は限られる。
先日転移を使って王都へ戻りレイに会ってきて、そしてみっちり怒られたばかりなのだ。
理由は課題が一切進んでいなかったからだ。
(あいつ怒ると怖いんだよな……)
レイの怒りは静かに語りかける、しんしんと氷のような怒りであった。
せっかく王都まで行ったのに、転移陣の復旧作業ではなく、まさかレイの部屋で課題を進めることになるとは思わなかった。
「次来るときはここまで終わらせてくるように」
などと言われたのだが、次の約束の日が近いにもかかわらず、課題の進捗率は20%といったところか。
「…………俺も俺で色々あって忙しいということにしておこう」
『午後から大抵は自由時間ですけどね……』
「……」
そう、礼儀作法の教育は午前だけ。
昼から俺に色々教えてくれているソフィアは公爵家の令嬢として様々なお客様の相手をする必要があるためだ。
一緒にお茶会へと誘われてはいるが、
「このような作法ではお姉ちゃんの顔に泥を塗ってしまいます!」
と完璧を追及する健気な妹を演じ、断固拒否した。
そんなわけで、屋敷内であれば自由を許されており、午後はのんびりと過ごしていた。
また自室にこもっている間、食事の時間などを除いて、部屋に備え付けられたベルを鳴らさない限り使用人の者は勝手に入ってくることはないので簡単に転移の術を使って王都へ行くことはできた。
ただ頻繁に部屋に居ないのはまずいと思うので、必要な時以外は静かに屋敷で過ごしておこうと思う。
「まぁ、ちょっと散歩して戻ってきたら課題は進めるよ、うん」
『ならいいのですが……』
実体を持たないヘルプに俺を止める術はなく、こうやって口にすることしかできない。
(……そういえば最近はヘルプの実体化について全然検証できてなかったな)
せっかく時間ができたのでまた色々と試してみてもいいかもしれない。
それに王都に行けば、魔術関連であれば何でも知っているのではと思う程の知識を持ったレイという心強い先生がいる。
加えて森国女王の正体が精霊であるので、精霊関連の知識にもきっと明るい。
『…………』
そんな思考がヘルプには伝わったようで、若干機嫌が良くなったのを感じることができた。
「ちょっと散歩してきます」
テラスの側で静かに待機していたメイドに目的だけ告げ、散歩へと出かける。
街の中心地にあるサザーランド家の屋敷が建つ敷地はとても広い。
日課のように散歩をしているが、まだ行ったことがない場所もある。
これまで探索したのはサザーランド領のお役所と思われる場所、薬草などを栽培している畑、馬が飼われている厩舎といったところ。
これらの施設と今過ごしているお屋敷と離れは囲いによって明確に敷居を設けられてはいる。
住居に入れるのは一族とお客様くらいのようだ。
なので住居スペースから出るためには囲いの一カ所に設置されている門を通る必要があり、門を警備している門番と会話するのも最近の日課になっていた。
気の良い40代くらいのおっちゃん。
屋敷内の使用人はやたらと畏まった態度で接されるが、ここの門番はフランクリーに接してくれるので俺としては非常に話しやすかった。
「こんにちはー」
「おや、アリスちゃん。散歩かい?」
「はい」
これまで気ままに歩いていたが、せっかくなので門番から情報を仕入れることにした。
「どこか行くと面白い場所はありますか?」
「うーん、見ても面白い場所はな……。あっ、そうだ。アリスちゃんならこっから東にあるとこなら興味あるかも」
整備された石畳で分岐されている道の東側を指さしながら門番が教えてくれる。
「そこには何があるんですか?」
「我らがサザーランド公の直属の騎士達の訓練所があるんだよ。剣聖であるアリスちゃんならちょっとは面白いと思うが、どうだい?」
「あー、それはちょっと興味あるかも! ありがとうございます、今日はそこに行ってみます!」
「おう、迷子になるなよ」
広大な敷地を誇るので、わりと冗談にならないが、石畳で舗装された道を辿ればそのリスクはない。
親切なことに道の分岐には木の看板が建てられており、この先に何があるか記されている。
一応確認すると、東を指す看板には「演習場」と書かれていた。
門番の言う騎士達が訓練している場所で間違いなさそうだ。
今日の目的地が決まった俺は演習場へと向かった。
総合評価が18000pt超えました、ありがとうございます。
目指せ20000pt……!




