第二十九話「参戦」
依頼書の作成が終わり、エクトルは部下を呼び依頼書を冒険者ギルドへと使いに出す。
入れ替わりに血相を変えた騎士が入ってきた。
「報告します。
情報収集班から、魔物が市街地に現れたとのことです」
「場所はどこだ?」
「第一区、十番通りです」
「近いな」
第一区は王都の行政機関が集中している地区でもある。
俺達が現在いる騎士団本部も第一区の中だ。
エクトルは十番通りと言われ場所の見当がついたようだが、土地に慣れていない俺にとってはよくわからない。
エクトルに頼み、場所を地図に書き込んでもらう。
「騎士団長、この学生は?」
あまりにも場違いな姿の俺を見て、騎士は怪訝そうにエクトルに問う。
「騎士団への協力者だ。
幼いながらもサザーランドが唯一弟子に取った者だ。
実力は俺が保証する」
「し、失礼しました」
俺はやり取りを横目に、十番通りの位置を確認する。
「私が行きます」
「助かる」
短いやり取りを終え、俺は入ってきた窓から飛び出し外へと出る。
「ヘルプ、十番通りまでナビを頼む」
『了解しましたマスター』
目的地の十番通りまで屋根を駆ける。
近づくにつれ、耳に怒号が飛び込んでくる。
「路地を塞げ!
二番隊は敵を引き付けろ!」
部隊長と思しき人物が声を張り上げ次々に指示を出していく。
屋根の上から状況を確認する。
騎士の数もそこそこ集結しているようだ。
おそらく、近くを巡回していた騎士が急行したのだろう。
部隊長の指示で陣形を構築しながら魔物を討伐している。
また十番通りを閉鎖し、魔物が外に出ないよう指示も飛ばしているようだ。
しかし、戦況は騎士に不利だ。
『マスター、マップに敵の位置情報を表示します』
ヘルプが表示してくれた情報を確認する。
(数が多い!)
赤点の中心へと目を向ける。
通りが陥没し穴が開いていた。
そこから魔物が次々と湧いている。
(最悪だ!
地下からの魔物か!)
穴から這い出てる魔物のレベルは平均30。
強い。
今、騎士がぶつかっている魔物は生まれたばかりだからか、高くも15レベルといったところだ。
だがそれでも数が多い。
騎士もうまく連携し魔物と戦っているが徐々に陣形に乱れが生じ、本来の連携ができなくなっている。
そこに一頭の魔物が突入する。
巨大な斧をもつ魔物、ミノタウロス レベル35。
ミノタウロスは騎士と戦闘していた魔物ごと斧で吹き飛ばす。
一撃でその場所の陣形が粉砕される。
幸い吹き飛ばされた騎士は致命傷を避けたようだが、次の一撃は避けられない。
斧が振り下ろされる。
俺は長い黒髪をたなびかせ、その前へと躍り出た。
「え?」
危機一髪だった騎士はその光景を呆けた顔で見上げる。
斧を刀で受ける。
斧ごとミノタウロスを横一閃。
切り裂く。
(魔術は使えないか……!)
呆然とする騎士を意に介さず、次の目標を定める。
範囲魔術で一気に片を付けたいが、騎士と魔物が入り乱れ、とても魔術を行使できない。
まずは騎士が相手にするには高いレベルの魔物を殲滅することにした。
ヘルプに頼み、周囲の高レベルにマーキングしてもらう。
その目標へと向かい駆け出す。
当然その途中にも別の魔物へと絡まれるが、一太刀で始末する。
その先。
ハイリザードマン レベル38。
騎士が四人掛かりで押さえ込んでいる。
ハイリザードマンが振り回す三叉槍を防御するのに手いっぱいのようだ。
俺は跳躍する。
ハイリザードマンはこちらに気付いていない。
そのまま上から一閃、切り伏せる。
「なに!?」
騎士はその光景を信じられないといった目で見る。
俺はその騎士四人がそこそこレベルが高いことに気付く。
「ここは私に任せて、あなた達は部下をまとめ後退し、防御に徹してください」
有無を言わさぬ口調で告げる。
俺が幼い姿であるため騎士は少し躊躇するが、姿で実力を判断するようなものではなく幸いした。
騎士たちも俺が強いことを今の一撃で理解していた。
「わ、わかった。
しかし、君一人では危険だ、私も」
「足手まといです」
そう告げると、次の目標へと向かう。
魔物を葬っていく。
また助太刀に入った箇所で騎士たちに後退するよう告げていく。
魔物が湧いている穴から騎士を遠ざける。
(きりがない!)
何体斬り伏せたのか分からなくなってきた。
だがその甲斐もあり、乱戦は収まり、騎士団の陣形も再構築された。
しかし、どうしても魔物を見かけると攻めに打って出る班が後を絶たない。
これではいつまで経っても乱戦が収まらず、俺は魔術が使えない。
俺は最初に見かけた部隊長らしき人物のもとへと向かう。
屋根を伝い、飛び降り、部隊長の近くで着地する。
突然上から降ってきた俺の姿に周囲はぎょっとする。
しかし、各班から前線で暴れまわっている少女がいると報告は受けていたので、すぐに目の前の少女がその者であるとわかった。
「突然失礼します。
私はアリス・サザーランド。
この場の援軍にきました」
「部隊長のマーク・アイシャムだ。
援軍がこんなかわいらしいお嬢さんとは驚きました」
マークは俺をまじまじと観察する。
俺は気にせず用件を告げた。
「お願いがあります、騎士の前線を下げてください」
「しかし、それでは……」
前線を下げればそれだけ被害は拡大する。
「部隊長殿。
私はサザーランド宮廷魔術師の弟子です。
本来は魔術師です。
はっきり言います。
騎士団が邪魔で魔術が使えない。
前線を下げてもらえれば、私が一匹残らず魔物は殲滅します」
見た目小娘にこんな口の利き方をされたら、さすがに激昂されるかと俺は思ったがその言葉に頷いた。
部隊長は『念話』という魔術を行使した。
(どうやって連絡を取り合っているかと思ったが、便利な魔術があったんだな)
感心しているとマークから声が掛かる。
「各班に前線の後退、 つれた魔物は引き付け、他は無視するように指示した。
これでよろしいか?」
「ありがとうございます」
俺は感謝すると跳躍し、再び屋根の上へ。
中心の穴を見下ろせる。
大量の魔物を視認する。
選択する魔術は初級魔術の《火玉》。
(建物に被害が出ても許してくれよ……!)
マップ上に表示された赤点に着弾をイメージする。
(いくぞ!)
即座に数百の火玉が俺の周囲に生み出される。
解放。
火玉は魔物へと殺到する。
周囲から見ると降り注ぐ雨のように。
次々と爆炎が上がる。
音がやむ。
残ったのは衝撃で穿たれた穴と、黒焦げになった大量の肉塊だった。
一瞬の静寂の後、各地で歓声が上がる。
改めてマップ上で残敵がいないことを確認する。
(早いとこ穴は塞がないとな)
俺はマークのもとへと再び舞い降りる。
「素晴らしい魔術でした!
まさかこの目で上級魔術である《流星雨》を見れる日がくるとは!」
いえ、初級魔術の《火玉》ですと否定してもよかったが、俺は何も言わずににっこりと微笑むことにした。
しかし、勝利の余韻も束の間、再び場に緊張感が走った。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!」
咆哮。
「ば、バカな」
俺もその姿を視認する。
穴から這い出てくる巨体。
翼をはためかせ、上空へと姿を現す。
「竜だと……!」
獲物を見定めるように竜は空中で浮遊する。
周囲から絶望の声が漏れる。
竜は伝説上の生き物であり、そんなものが突如現れたのだ。
そのような存在が明らかに敵意を持ち、こちらを見下ろしている。
しかし、俺は違った。
(下級竜……?
イオナが生み出した竜とは別種?
繁殖した竜ってことか?)
情報を確認すると 下級竜 レベル58。
『イオナ様がお創りになった竜とは一切関係がありません。
あれは魔物に分類される存在です』
ヘルプが教えてくれる。
(ということは、あれは討伐しちゃって問題ないわけだ。
そうとわかれば)
俺は静寂に満ちた場で詠唱を始める。
刀を目標へと向ける。
詠唱も必要ないが、場を収めるためのサービスだ。
詠唱を始めた俺に皆の視線が向く。
「暗雲より生まれし雷光よ、穿て《雷槍》!」
詠唱が完了。
閃光が走る。
一撃。
その一撃で下級竜は失墜。
地上に叩き落され、轟音が響く。
「な、なに!?」
周囲の騎士は驚愕する。
俺は刀を仕舞うと穴へと急ぎ向かった。
(とっとと穴は塞がないと次々湧いてきそうだな……)
◇
魔術を行使し、強引に穴を塞ぐことにした。
その魔術も周囲から見れば驚異的なのだが、竜を一撃で葬った姿をすでに見ている者からすれば「このくらいは余裕なのだろう」と認識が生まれていた。
騎士団にも怪我人は多数出ているが、死者はいないようだ。
穴を塞ぎ終えるととマークが近づき、話しかけてきた。
「その年でこれほどの実力とは!
今回は本当に助かりました。
アリス殿がいてくれなければ今頃騎士団は全滅、王都も焼け野原になっていたでしょう!」
「騎士団の方がうまく魔物を押さえ込んでいてくださったおかげですよ」
俺も微笑みながら応じる。
「……しかし、これで終わればいいが」
(それは口にしちゃだめなやつ……!)
そう思った矢先だった。
「今度は何だ!」
地面が大きく揺れる。
俺としては慣れ親しんだ感覚、地震だ。
(いわんこっちゃない!)
大きい。
慣れない現象に騎士団のものもパニックに陥っている。
そんな姿を見ながら俺は嘆息した。
(今度は何だ……?)




