第三話「凱旋」
久しぶりに訪れたアルベール王国の王都。
数か月前に訪れた時は、人気がなくゴーストタウンのようであった。
今は沿道に人があふれ、建物の窓や屋根からも多くの人がこちらに手を振ってくれているのが見える。
直樹は馬上から人々に手を振り返す。
隣ではガエルも人々の歓声に応えて手を振り返している。
金髪碧眼、爽やかな笑みを浮かべながら、漫画だったら歯とかにきらんっとか擬音がつきそうだ。
王国内でも人気が高いのが分かる。
「きゃー! ガエル様!」といった黄色い歓声がよく聞こえる。
「イケメンが羨ましい!」
「イケメとは……?
どういった意味かはよくわからないが誉め言葉と受け取っておくよ」
ガエルが訝し気に直樹を見る。
歓声で直樹の呟きは聞こえてないかと思ったが耳がいいことで。
「ガエルと並んでると、なんか俺が惨めになってくるわ。
はあ……ガエル一人でも良かったんじゃないの?」
「何を言ってるんだ!
この沿道沿いにいる人々は皆、君を一目みようと集まっているのだ。
私の方がおまけにすぎないよ」
王都の人々が観に来ているのは不死の王を打ち倒した連合軍の凱旋パレード。
直樹は人前に出るのは恥ずかしいので群衆に紛れ、パレードの様子を見学しようとした。
だが、ガエルに「最大の功労者、英雄である君がいないと意味がないだろう!」と怒られ、当然のように凱旋パレードの先頭をガエルと行進することになった。
確かに、「勇者様ありがとう!」といった歓声も多く聞こえる。
感謝されて嫌な気持ちになることはない。
歩いてるうちに最初は固かった笑みもだいぶ自然になり、人々に手を振り返せるようになった。
後ろには不死の王を一緒に倒すために奮闘した仲間であるラフィ、ヴィヴィ、アレクも続いている。
直樹一人不死の王を倒したわけではないのだ。
それぞれの紹介をする。
魔術師ラフィ。
無表情、青髪が特徴的な長耳族の少女。
見た目は十歳くらいの少女だが、パーティー内最年長。
正確な年齢は教えてくれない。
魔術に秀でる長耳族の中でも最高位の魔術師であるとか。
付術師ヴィヴィ。
たれ目おしゃべり、白銀の髪と頭部から控えめに生えた2本の角が特徴的な魔族の少女。
加えて魔族の王、魔王の一人娘。
この世界の魔王は別に悪者ではなく、ただ魔族の長というだけだ。
弓術士アレク・ノヴァ。
犬耳の獣人族、軽薄なんぱ野郎。
軽いノリだが射撃の腕前は一級品で、アレクが狙った的を外したのを見たことがない。
しかし、腕っぷしの強さが評価される獣人族では出来損ない、臆病者と呼ばれ迫害されていたとか。
最後に、隣のイケメン。
ガエル・アルベール。
アルベール王国の第一王子でありながらも前線で戦い続けた剣士。
本人は「嗜んだ程度の剣」と評するが、直樹からすれば素晴らしい腕前に思えた。
ガエルから多くの剣術という名のスキルを見させてもらい、習得した。
この四人が一年近く共に戦った仲間だ。
凱旋パレードへの参加を直樹と共にラフィとヴィヴィも嫌がったが、ガエルが必死に説得した。
「人族には未だ他種族に対して排他的な感情を抱く者も多い。その為にもこの度の戦いで多種族が協力し、大きな戦果を挙げたことを大々的に宣伝したいのだ。何よりナオキのもとで特にいがみ合っていた人族、長耳族、魔族が共に戦い抜いたことは何よりも人々の印象に残る、頼む」
「凱旋パレードのあとに王国中の甘いものをご馳走するから」
悲しいことに二人の心を動かしたのは後者であった。
アレクは「かわいい子と知り合えるかもだからいいぜ」といつもの軽い調子だった。
ちらっと後ろを見るとラフィは無表情で淡々と手を振っていた。
◇
最初はイオナに騙されて(?)この世界に召喚されたが、人々の笑顔を見てると助けられて良かったと思えた。
俺の役目もこれで終わり元の世界に送り返されるのかなと思っていたが、
『不可。異なる世界への移動は禁止されています』
とヘルプから回答が返ってきた。
(……俺、イオナにここで言う異世界から移動してきたはずなのだが?)
とりあえず、こちらの世界で生きていくしかなさそうというのが現状だ。
「ナオキは今後どうするのだ?
私の友として王室で暮らしてもらっても構わないが?」
ガエルが声を掛けてくる。
凱旋パレードとはいえ、歩いて手を振っているだけなのでメンバー内で雑談に興じ始める。
ここのメンバーには直樹が異世界から召喚されたことをすでに伝えていた。
ガエルは帰る場所がない直樹を心配していた。
「うーん、どうしようかな。
それもいいけど、せっかくだから大陸の色々なところを見てみたいかな。
まずは……そうだな、ラフィが話してた世界樹でも見に行ってみるか」
ふと、ラフィに聞いた長耳族が暮らす国の話を思い出す。
天まで聳える大樹の下に栄える国。
お伽噺のような光景を思い描く。
是非見てみたい。
「うん、歓迎する」
ラフィは表情こそ変わらないが、嬉しそうな声音で直樹の言葉に応じる。
「それにだ、一年間もアンデッドアンデッドアンデッド……!
もっと他のモンスターはいないのか!ドラゴンとか!」
せっかく召喚された異世界だが、ファンタジーよりもB級映画を延々と味わっている気分であった。
「竜ならお伽噺や英雄譚でよくでてきますし、大陸のどこかにいるかもしれませんね」
とヴィヴィが教えてくれる。
いるかもしれない、ドラゴン。
「迷宮とかあったりするの?」
迷宮といっても伝わらなかった。
古代遺跡みたいなもので、中にはモンスターがうじゃうじゃいて、運がよければお宝を見つけたりできるそんな場所、という説明を行う。
「ああ、そういった場所もあるぜ。
なんだ、ナオキは冒険者になりたいのか」
アレクによると大陸のあちこちに迷宮みたいな場所はあるらしい。
そういった場所の探索をメインに暮らしている者を冒険者と呼ぶらしい。
いい、実にいい。
「ナオキが冒険者やるなら、俺もついて行こうかな」
「……アレクは有名になって女の子といちゃいちゃしながら過ごすんじゃなかったのか」
「ハハハ! それはそれ! 別に冒険者になっても女の子はどこにでもいるからな!
お前について行けば俺が楽に生きていけそうだからな」
「……ナオキが冒険者となるなら私もしばらく冒険者になってみるのも悪くはないかな」
ガエルが本気のトーンでそんなことを言い始めた。
いいのか第一王子様。
「はいはい! 私もついて行く! 国に帰っても面白くないし、色んなところ行ってみたいし」
「行く」
ここのメンバーとは長い付き合いになりそうだ。
直樹はそんな予感がした。
元の世界に帰ることより今後何をしようか、そんな妄想を膨らませた。
その時
『警告。状態異常』
ヘルプの声が脳内に響く。
次に襲ったのは浮遊感。
視界が傾き空が見えた。
「ナオキ!」
何が起こったかわからない。
(地面に転がっている。体が動かない?)
黒い靄が纏わりつく。
これは――
視界にポップアップ。
『状態異常:死者への誘い』
すぐに直樹は思い当たる。
(不死の王が戦いの最後に放ってきた術か!?)
あの時、抵抗できてたのでは。
戦いの最後に不死の王が繰り出してきた術を思い出す。
『生者に災いあれ』
不気味な声が今も直樹の耳元で響いた気がした。
仲間の声が遠く聞こえる。
意識が途絶える。
※5/4改稿