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第二十二話「新人看板娘? 1」

アレク視点です。

 鐘の音で意識が覚醒する。


「んっ……」


 アレク・ノヴァは体を起こしながらゆっくりと瞼を開く。


「……大分寝ちまったな」


 少し仮眠と思い、ベッドに横になったときは太陽がちょうど真上にあたる時間であったと記憶している。

 だが目に映った窓の外は、すでに薄暗くなっていた。

 今の鐘は今日最後の時を知らせる六時の鐘だったことを認識する。

 どうも計画通りに行かないと頭をガシガシとかきながらベッドから降りる。


「ふぁ~」


 大きなあくびを一つ。

 昨晩は友人であるラフィが訪ねてきたので一緒に酒を飲んだ。

 ……一方的に愚痴られたともいうが。

 予定にはなかった急な訪問ではあったが友人の一人として彼女と親交を深めることができたので、有意義な時間であったといえよう

 なにより色々と貴重な情報を得ることができた。

 共和国の道中で起きた襲撃に関してはレーレからも報告を受けていたが、別視点からの見解も興味深い。

 そして森都で起きた事件。

 ナオキという存在がいなければ、森都は魔物の巣窟になっていたかもしれない。

 ラフィの酔った勢いで語られたナオキの化け物っぷりには相変わらず辟易し、少しは自重してほしいものだと思うが、言うだけ無駄なことはここ一年の付き合いで学んでいる。

 一旦ナオキのことは置いておく。

 さて、その森都の事件の詳細まではわからないが、たまたまで済まされる事件ではないことは確実。

 綿密に計画された襲撃と表現するべきものだ。

 都市が消滅するような大事件が、この短期間で立て続けに起きたことになる。

 王都が陥った状況と全く関係ないと判断することは到底無理だ。

 これらに関しては早急にガエルとも情報共有すべきと判断し、酒を飲んだ後もすぐ寝るわけにはいかず、そのままペンを持ち、結局報告書という名の手紙を書き上げたのは正午になってしまったわけだ。

 ちなみにラフィは相変わらずの酔っぱらいっぷりを披露し、けらけらと笑いながら自室に帰って行ったので、今朝起きたときはいつも通り思い返して落ち込んでたのではないかと推測できた。

 

「何か食うか」


 これといって、この後やることもないが、昨晩から何も食べておらず、寝直すにしても空腹が堪えた。

 今拠点にしている宿屋『黄金色の宴』の一階は酒場だ。

 部屋を出て階段を下りながら、また大きなあくびを一つ。

 一段一段、降りるにつれ耳に入ってくる喧噪が大きくなってきた。

 繁盛しているようで、今日の一仕事を終えた冒険者がすでに多くの席を埋めていた。


「あ! アレクさん! やっと降りてきた」


 アレクが降りてきたのに気付いたのは、この宿屋の主人の一人娘であり酒場の看板娘でもあるマーサ。


「席は空いているか?」


 いつもの調子で問いかける。


「それよりも、アレクさんにお客さんですよ」

「お客?」


 はて、今日は誰とも約束してないはずだが、と首をかしげる。

 こっちです、とマーサが案内されるがままに酒場のフロアを歩いていく。


「アリスちゃーん、アレクさん起きたよ」


 マーサが声を掛けた先には店の給仕であることを示すエプロンをつけた、ちんまりとした後ろ姿が見えた。

 頭につけた三角巾から、こぼれ出るのは肩よりも長い黒髪。

 声を掛けられた主はこちらを振り向く。

 両手でお盆をもち、その上には3つのジョッキを載せ運んでいた。


「おー、アレク」


 振り返りアレクの姿を見た途端、パーっと花のような笑みを浮かべる。

 まだ幼く、今は美しさよりも可愛さが前面に出ているが、あと5年もすれば間違いなく美人と評されるようになるだろうと想像できる少女だ。

 もしこれが何も事情を知らぬ者であれば、少女の笑みに釣られて思わず笑みを浮かべたことだろう。

 だがアレクは無表情。

 何故なら少女が元男であることを知っているからだ。

 

「……何をやっているんだお前は」

 

 アレクは目を三角にして少女を見る。


「? 何って、お店の手伝い?」

「そう! アリスちゃんすっごくいい子で、アレクさんが起きてくるまでお店の手伝いしてくれてたんだよ!」

「…………」


 なるほど。

 確かにまだ十歳の子が店の手伝いをしていたら立派なことだと褒めるべき行いであろう。

 だが、そこにいる少女の実年齢が見た目通りでないことを知っていたら話は変わってくる。

 ドヤ顔でこちらを見ているそいつの中身はすでに成人しており、たかだか店の手伝いで褒められる年齢はとうに過ぎていると突っ込みたい。

 さらに言えば、街中を歩いていると誰かが話題にしている剣聖の称号を持ち、少し前まで世間を恐怖に陥れていた不死の王を討伐した勇者でもある人物が目の前の少女の正体だ。

 しかし、そんなことを滔々と他の者に説明するわけにもいかず、もし説明したところで間違いなく「お前、頭は大丈夫か?」と逆にアレクの方が生温い視線で見られること受けあいだろう。


「そうか。エライナ」


 ゆえにアレクにできることは何とも言えない気持ちで少女の姿に擬態した友人を感情のない声で褒めることくらいだ。

 そしてナオキも俺に褒められたところで「何言ってんだ、こいつ?」みたいに首を傾げて、


「アレク、ちょっと待ってて!」


 とお盆に載せていたジョッキの配膳業務へと戻っていった。

 寝起きにもかかわらず何だかすごく疲れた気がする。

 そんな友人の変わり果てた(?)姿を眺め物思いに沈んでいると、脇腹をツンツンとつつかれる。


「ちょっとアレクさん」


 マーサだ。

 こそこそ声で呼ばれる。


「ん、何だ?」

「アリスちゃんがあんなに必死にアピールしているんだから、そんな冷たい態度とっちゃだめですよ」

「…………は?」


 マーサは一応ナオキに聞こえぬように配慮してのことか、アレクにだけ届く声音で続ける。


「アリスちゃんって絶対アレクさんのこと好きですって」

「…………」

「じゃないと、学校が夏休みに入ってすぐに男性のところに遊びに何て行きませんよ」


 きゃあっと勝手に盛り上がるマーサ。

 アレクの人物メモにマーサは人を観察する能力に難ありと記された。 


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[一言] 女の子はどこの世界でも恋ばなが好き
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