第二十話「王都の夏休み 3」
受付のお姉さんに案内されたのは3階。
初めて来たときや人攫い事件への協力を要請された時も、通された部屋は2階の応接室であったので、未知の領域だ。
(やばい。緊張してきた)
振り返ってみれば冒険者ギルドを訪ねるときは校長のルシャールが一緒だったりアレクとラフィも一緒だったりと、気楽なものであった。
一人で冒険者ギルドに来たことの方が少ない。
……元々の母数も少ないが。
余計に緊張する。
「こちらになります」
階段を昇りきると一番奥の部屋へと案内される。
やばいやばい。
対面し、どう話せばよいのか、シミュレーションがまだ全くできていない。
……というか今回の用件、わざわざ冒険者ギルドの長を呼ぶ必要はなかったのではないか?と今更ながら思い始める。
受付のお姉さんに「ちょっと約束忘れてました。ごめんね☆と支部長に伝えてください!」で済んだのでは、と考えてしまう。
そして心の準備ができぬ間に、終着点に着いてしまう。
ちょっとたんま、と待ってを掛けたいがそんなことも言えるはずもなく、受付のお姉さんは扉をノックし中へ入ってしまう。
「支部長。アリス様をお連れしました」
「ご苦労だった。君は下がってくれ」
「はい。失礼します」
受付のお姉さんと入れ替わりで部屋の中に入った俺は、執務机に腰掛けるロベルトと対峙する。
「久しぶりだな」
入室するとロベルトは書類から視線を上げる。
鋭い眼光は俺を捉え、挨拶される。
それは、約束守らず1ヵ月以上連絡もなしで良く来たなという皮肉に聞こえてしまう。
すでに胃が痛い。
「あはは、お久しぶりです」
人と対話するときは笑顔が大事と聞いたので、普段使い慣れていない表情筋に力をいれて努めて笑顔に。
改めてロベルトを観察する。
人族 レベル35
王都冒険者ギルドの長だけあり、レベルからも相当な実力者であることがわかる。
部屋を見回してみるとロベルトが腰掛ける後ろの壁には巨大な両刃斧が飾られていた。
装飾が施されておらず、実利を追求した武骨なデザイン。
このロベルトの相棒なのかもしれない。
「立って話すのもなんだ、座りなさい」
ロベルトの勧めに従い、部屋に備えられたソファーへと腰を下ろす。
ロベルトも執務机から移動し、俺の対面に座った。
「さて、急な訪問で驚いた、アリス。いや、剣聖様と呼んだ方がいいか」
当然のように俺が剣聖と同一人物であることをロベルトは知っていた。
……まぁ市井でも剣聖の名は広まっているし、様々な情報が集まる冒険者ギルドの長であろうものが俺のことを知らないはずがない。
それに秘匿すべき情報でもなく、寧ろ国は積極的に喧伝している状況なのだから当たりまえっちゃ当たり前である。
ロベルトの様付けには顔をしかめる。
「い、いえ。ここではアリスと呼んでください」
元々の俺よりも年齢が上である者から敬称を付けて呼ばれるのは慣れない。
なので普通に呼んでくれるようにお願いする。
俺の答えを聞いたロベルトはふっと笑みを浮かべる。
「それは助かる。俺も娘と同じような年齢を相手に敬称付けは中々しんどくてな。
ではアリス、さっそく用件を聞こうか?」
本題をどうぞと振られたが、さて何て切り出そう。
ジャパニーズ土下座でもすべきだろうか?
そもそもこの世界に土下座の意味が通じるのか怪しく、ただの奇行と思われるかもしれない。
うん、ここは普通&素直に謝ろう。
「その……今日は謝罪に」
「謝罪……?」
「私を冒険者に登録してもらうのに、一ヵ月に一度は王都迷宮に潜るという約束をしたにもかかわらず、ここ最近約束を守っていなかったです。すみません」
言い訳はせず、誠心誠意頭を下げる。
ロベルトからの次の言葉を待っていたが、一向に声を掛けられないので恐る恐る下げていた頭を上げる。
(……もしかして、めっちゃ怒ってる?)
だが頭を上げた俺が見たのは怒っているロベルトではなく、首を傾げ、俺の謝罪の意味がわからんといった表情を浮かべていた。
「あ、あの、約束を破ってしまった私は冒険者から除籍されるのでしょうか……?」
と言ったところで、一転。
ロベルトは大声で笑い始めた。
「ぶはははっ! まさか、アリス、その謝罪のためにここまで来たのか?」
「そ、そうですが」
「ぐははははははっ!」
「……」
人が真剣に謝ってるのに笑うとかひどくない?
と、さっきまで緊張していたのに、今は少しこのおっさんにイラっときていた。
「いや、すまんすまん。すごく深刻そうな表情をしながら切り出した内容がそれとは思わなくてな。あんな剣戟を繰り広げるやつがそんな新米冒険者のような理由で俺のところにくるとは」
「……新米冒険者ですけど、なにか」
「くくく、そうだったな」
さっきまで印象よくしようとしていた笑顔など投げ捨て、少し頬を膨らませながらロベルトを睨む。
謝罪にきたのがアホらしくなってきた。
どうやって謝ろう~と必死に考えていた数分前の俺を殴ってやりたい。
「……で、私約束履行できていないんですけど、ロベルトさんの態度から察するに別に大丈夫なんですかね?」
「ああ、問題ない。……まぁ、実力ある冒険者に定期的に潜ってもらいたいのは本当なのだが」
「なのだが?」
「迷宮のおかげで、各地から実力ある冒険者が王都に集まっていてな。わざわざアリスに頼まなくとも今のところ困っていないのが実情だ」
それにロベルトが説明するには実力ある冒険者というものは一癖も二癖もある者が多く、まず間違いなくギルドとの約束など守ってくれることはないのだとか。
ギルド側も「守ってくれたらいいな」程度らしく、強制力も薄いらしい。
それはそれでどうなんだろう?とは思うが、俺も悪いとは思いつつ(実際には忘れていた)、約束を破っているので何も言えないが。
「じゃあ、冒険者の資格を剥奪されるといったことは?」
「ないな。犯罪でも起こさない限り、そうそう資格が剥奪されることはない」
「……だったら条件なんか付けずに登録して欲しかったよ」
「こちらにも事情が色々あるのだ。だが、よかったよ」
「よかった?」
「支部長! 何やら真剣な表情のアリス様が面会を求めてます! って聞いた時に、俺はてっきりとんでもない依頼でも持ってきたのかと肝を冷やしたぜ」
どかっとロベルトはソファに思いっきり体重を預ける。
俺も緊張していたが、どうやらそれ以上にロベルトはロベルトで嫌な汗をかいていたみたいでちょっと悪い事をしたかなと反省。
やっぱり用件は事前に伝えておく方が、お互い幸せになれると身をもって実感した。




