第十三話「嘘から出た実 3」
正午の鐘の音が鳴ると俺はレイと共に王城へと転移した。
レイとは謁見に向かう途中で別れ、俺は2度目の謁見の間へと通された。
国王陛下との謁見は1度目の時よりも多くの貴族の目に晒され、多少の緊張はしたが、大分余裕をもって迎えることが出来た。
お長い国王陛下からのありがたい口上を聞き流し、謁見は無事終了。
「疲れた疲れた」
俺は堅苦しい服はすでに脱ぎ捨て、鏡の前で下着姿で座っていた。
鏡にはもうだいぶ慣れた黒髪の少女の姿がうつり、じーっと見つめる自身の顔は、謁見は平穏無事に終えたとはいえ、内心詐欺まがいに剣聖に任命されたことへの不満が表面へと如実に出ていたようで、不機嫌そうに目がやや吊り上がり、口元は真一文字に引き延ばされていた。
効果があるのかわからないが、何とはなしに両手をつかって固まった口元をムニムニともみほぐす。
「そんなお顔をしていてはせっかくの可愛い顔が台無しですよ」
「とは言ってもな……」
声のした方へと振り向く。
そこには楽しそうにたくさんの服を抱えたローラがにこにこと立っていた。
「ふふふ。本日の勇者様のお姿は迫力があったと皆が口にしておりましたよ」
「情報が早いことで。単に機嫌が悪かったのと緊張していただけだけどね」
俺が今居るのは王城の客間。
王城に転移した際も出迎えてくれたローラは当然のように謁見が終わったあともどこからともなく現れ、今居る場所へと案内された。
……まぁ一応選択肢として、この後レイを含めた王国の重鎮が集まった会議の場に出席するか否か問われたが、即決でお断りし、俺の気持ちを汲んでか、はたまたローラの趣味かは議論の余地があるかもしれないが、今朝着させられた堅苦しい服では息詰まるでしょうからカジュアルな服に着替えましょうとの提案に賛成し、服を一先ず脱がされたのが先程。
そして一度部屋から出ていき、再度ローラが戻ってきたのが今だ。
王城という常に天井は高く、ちょっと目を脇に目をやれば豪華な調度品が置かれている場所で中々気の休まる場所はないが、俺の正体も知っており、この姿になってから大変世話になっているローラと二人きりというのは何だかんだ安心できる。
「今朝の2人はいないんだ」
「ええ。今日は王城への来客が多いため、皆それぞれの持ち場がありますので」
「……ローラさんはそっちに行かなくていいの?」
「今、王城で最大級のおもてなしをするべき相手は勇者様であり、それに王国に仕える者としてはあなた様のご機嫌とりが現在の最優先任務ですから」
「それを本人の前で言っちゃう?」
「言われても勇者様は気にされないでしょう? それに最近はアニエス様や後輩の子達に勇者様の衣装選びや髪のセット仕事も奪われていましたから。本当は私もやりたかったんですが年長者らしく我慢していたのですよ? せっかくの機会、逃してなるものですか」
「……そうですか」
キラキラと輝いた目で言いきられると俺は着せ替え人形になるのは嫌だとも言えず。
話をしながらもテキパキと持ってきた服をハンガーラックにかけていくローラを咎めることは出来なかった。
「さぁ、まずはこちらからいきましょう」
「へいへい」
座っていた椅子を立ち上がり、服の袖を通しやすいよう両手を横に伸ばしながら応じる。
「でも勇者様、本当に会議の場に出席しなくてよかったのですか?」
「うーん、俺が出ても政治に疎いし、見世物のような視線に晒されるのも苦手だからなー」
「ふふふ。勇者様の可憐な姿に見惚れているだけですよ。あきらめてください」
「それだけじゃないと思うけどな……」
「と言いますと?」
謁見の間でのことを思い出す。
前回よりも余裕のあった俺は澄まし顔で、周囲を観察する時間があった。
そこで聞こえ見えたのはもちろん賞賛や尊敬といった好意的な発言、視線だけではなかった。
見た目幼い姿、分かってはいたが侮るものもいれば、突然ぽっとでの俺が剣聖という大層な称号を得たことに対する嫉妬するものも見てとれた。
(まぁ、それくらいならいいか……)
世間に疎い俺でも苦手な視線はある。
それはネットリと、纏わりつくもの。
俺を如何に利用してやろうかと考える視線だ。
勇者の時代は周囲の者、とくに友人である王子のガエルが上手く遮ってくれたので、無駄な気遣いをする必要はなかったが、今王国の政界で俺を無償で守ってくれる者はいないだろう。
現に国王陛下も俺を利用している形なのは間違いないのだから。
「悪意だけではないと思うけど、どう利用してやろうかといった視線は苦手だ」
「勇者様は意外と周囲を見られているのですね」
のほほんとした返しをしながらもローラは俺に服をあて、納得がいかなければ次の服、また次の服と次々と取り換えていく。
「小心者なもので」
「古今東西、政治の中心地というものは魔窟ですからね。きっとこれまでそういった場所に無縁であった勇者様には居心地は悪い場所というのはお察しします」
「理解してくれるなら王城にもう呼ばないで欲しいんですけど……?」
やや口を尖らせながら抗議するも。
「私は王国へ忠誠を誓っていますので、それは無理な相談ですね」
にこりと微笑まれただけで終わった。
「ですが、王国に仕えているとはいえ私は勇者様のよき友人でありたいと思っているのは本心ですから存分に御頼り下さい」
「だったらまずはローラさんの年齢を教えて欲しいな」
「ふふふ。女性に年を聞くのは友人といえども駄目ですよ?」
そしてようやくローラのお眼鏡に適う服があったようで手早く袖を通され、前にまわり、屈みこむとボタンを丁寧にとめていく。
自分でできる作業ではあるが、こういった仕事はメイドの役割であることをメイド経験を通して理解していた俺は作業を邪魔しないようにじっとしている。
そして上半身とセットであるスカートを穿かされ、再び椅子に座るよう促された。
ついでに絶対に自分では選ばないであろう、可愛らしい意匠の靴をはかされ、最後は仕上げとばかりにローラが気合を入れて俺の髪を梳いていた。
「では勇者様、何か希望の髪型はありますか?」
「せっかくだからローラさんのおまかせで」
「ふふふ。任されました」
俺の返答は予想していたようで、いつの間にやらローラの手には複数のリボンが握られており、髪にあてながら色を選んでいる。
決まったようですぐに慣れた手つきで髪がまとめられていく。
「ふふふ。やはり勇者様の髪をいじるのはアニエス様とは違った楽しみがありますね」
「楽しそうで何よりですよ……」
「ええ。ありがとうございます。これでまた日々の仕事をがんばれそうです」
元男である俺にとって服選び、髪を整える行為に1時間を超える時間を拘束されるのは若干の疲労を覚えるが、何だかよく分からないところで色々活躍していると思われるローラの気力が充電されるのであれば我慢してもいいかとは思う。
「そんな勇者様に王国に仕えるローラではなく、友人であるローラから一つ忠言を」
「……うん、聞くよ。なに?」
「現在の勇者様は先程身をもって感じられたように、王国の行く末を決める上で今や無視できない存在です。故に、様々な思惑に巻き込まれるのを防ぐのは不可能でしょう。剣聖という称号に加え、今のあなた様は公爵家にも名を連ねる者。その立場を悪いように利用されないためにも、しっかりとこの国の政治について、そして貴族との関係について学ばれた方がよいかと」
「うげぇ……」
「ちょうど学校も夏季休暇に入ります。それに勇者様は期末テストを免除されたと聞いておりますから、時間はあると思いますよ」
どこで俺が期末テスト免除の話を手に入れたのか。
不思議ではあるが、ローラならどこから情報を手に入れていてもおかしくないという謎の根拠が俺の中で確立していた。
出処を探るのは無駄なことであろう。
ニコリと微笑むローラではあるが、そこには有無を言わさぬ迫力があった。
これはアニエスの言っていた、歯向かうことは許されない教育モードのローラだ。
「ぜ、善処します」
そう答えるしかなかった。
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