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第七話「新任教師 7」

 声を上げレイに抗議したのはメリッサだけであったが、教室の者の大半にとってはレイという存在の第一印象は最悪と言ってよかったであろう。

 何しろ、ここまで学んできたことが全て否定されたのだ。

 だが、レイの授業が終わった後の評価は好意的なものへと変わっていた。

 理由は単純。

 一回の授業で多くの生徒が「成長した」と実感できる有意義なものであったからだ。

 最初に、各生徒の魔術の適正属性がどれかの確認。

 俺もラフィの実家でやったことと似たようなやつだ。

 レイが用いたのは小さな瓶に入った液体に魔力を流すことで色が変化する、簡易属性チェックキットとでも表現するもの。

 生活の中で魔力を用いた魔道具が密接に関わっているため、魔力を流すことに苦労する生徒はいなかった。

 レイが色を確認し得意な属性ごと、つまり風、火、水、土、光、闇の六つにグループ分け。

 そして各グループで初級魔術の教科書で最初に載っている基礎魔術と呼ばれるものを詠唱ありで実践。

 その後、レイの指示で詠唱句をどんどんと短縮していった。

 本来であれば略式詠唱と呼ばれる、初級魔術では到底習うレベルではない高等技術だ。

 であるが、レイの授業の中で全員が一つの魔術だけではあるが略式詠唱に成功した。


「魔術を行使するにあたり、大事なのは詠唱ではない。精霊に対して如何にして私達の願いを伝えるかだ。

 特に、自身に適性のある属性精霊に対してその願いは伝わりやすく、また、同じ属性が得意な者達で集まれば魔術を発動する難易度は下がる。これに関しては同属性の精霊が集まっているなど諸説あるが、事実として観察されている」


 実践演習が終わった後にレイが軽く今日の授業に関する補足をして授業は終了した。

 こうしてレイは一回目の授業で生徒のハートを射抜いたと言っていいだろう。

 あんな反発していたメリッサも授業後は目をハートにして


「すごいですわ、レイ先生!」


 なんて言っていた。

 ちょろすぎて、メリッサの将来が心配だ。

 まぁ、俺としては座学よりも外に出て多少なりとも身体を動かす授業に変わったことはプラスと言っていいだろう。

 初級魔術の授業が終わり昼休憩の時間となった。

 混み始める前に、エルサと食堂の席を確保せねばと思っていたところで念話が飛んできた。


『この後少し付き合え』


 念話の主はレイだ。


『……はい』


 断ることも出来なくはなかったが、俺も聞きたいことがある。

 お腹は空いたが承諾することにした。



 ◇


 

 流石に今日着任した美形の教師と色々と目立つ俺が一緒に歩いていたらとても目立つ、という常識的な判断を行い、レイとは時間をずらしてその居室を訪ねる。

 

(5階、階段を昇って3つ目の扉)


 レイから念話で伝えられた場所に辿り着き、扉をノックする。


「入ってくれ」


 中からレイの声が聞こえ安堵する。

 部屋を間違えたという失態は犯さずにすんだようだ。

 

「失礼します……」


 やや尻すぼみな挨拶と共に中へと入る。

 以前入ったことのある校長室と似たような間取り。

 違うのは備品がほとんどないこと。

 執務机でレイは何やら資料に目を通していたが、俺に視線をやると資料を机に置き、立ち上がる。


「座ってくれ」


 執務机の前に置かれている来客用のソファーに俺は腰をおろし、対面にレイが座った。


「……昼休憩が終わると飯を食べる時間がなくなるんだが」

「そうか。それは悪い事をした」


 恨めしげにレイを睨むが涼しい顔。


「だが、君も私に聞きたいことがあるのではないか? アリス――いや、ナオキと呼ぶべきか?」

「……この姿はアリスと呼んでくれ」

「承知した。では、何から聞きたい?」

「何でうちの学校の先生に?」

 

 真っ先に最大の疑問を投げかける。


「レイは……王都にある転移陣の修復で来てくれたと思っていたけど、学校の先生に就職希望とは思わなかった」


 俺の疑問にレイも肩をすくめる。


「私もこんなところで教師をするつもりはなかったのだが、アルベール陛下から依頼され、色々と考え、最善と判断した結果だ」

「……何かレイにメリットがあるのか? というか王国の魔術師を強化していいの?」


 レイは俺の言葉を一笑する。


「あの程度で王国の魔術師が我が国の魔術師を脅かすことになる未来は想像できんな。微塵も心配する必要がない。まぁ、仮に我が国を脅かすような魔術師が育ったのであれば、是非魔術学園にスカウトしたいものだ。魔術の探究に国境はいらないからね」

「……そうですか」

「で、私に関するメリットだが、この王立学校内は部外者の行き来が少ない為、王都内で過ごすよりは人目につきにくい。他種族に排他的なこの国では私の存在は目立つから、そのうち情報は広まるだろうがな」

「レイがいるとまずいのか?」


 キョトンと首を傾げた俺に対して、レイは残念な奴を見る目に変わる。

 そして「はぁ……」とでかでかと溜息を吐かれた。


「君は楽観的すぎるな。いいか、先日我が国で起こった森都への襲撃、そして一ヵ月ほど前に起きた王都での事件。企みは失敗に終わったようだが、成功していたら連続して国家が消滅していたような大事件だ。企みは防いだが背後関係は一切判明していない。警戒せずしてどうする? それに自分でいうのも何だが私は森国の実力者だ。国に居ないことを積極的に宣伝する気にはなれないからね」

「……なるほど」

「それに今後、私はアリスの転移で王国と森国を行き来する必要がある。学校の教師であった方が、君と接触するのに違和感はないからね」

「そうでした」


 ……便利な送迎屋さん役を仰せつかったのだった。


「加えて女王陛下の前で君の魔術を鍛えると約束したからな。喜べ、アリス。君は今後、学校の授業に出る必要はない。全て私の魔術指導の時間に費やせる」

「うぇえええええ!?」

「私が初級魔術を教えるためだけに学校にいるわけがなかろう。それこそ時間の無駄だ。対外的に、私は国王陛下に請われ、優秀な人材を鍛えるため、この学校に招かれたことになっている」


 つまり校内にいる間はずっと魔術修行……?

 レイの目が怪しく光る。

 怖い。


「と、特別扱いは良くないと思うんですけど?」 

「問題ない。その他の先生方も剣聖殿の今後の成長を願われていた。我々の授業よりも、より有意義な時間をと、快く賛成して下さったぞ。……それにアリス、よく考えてみたまえ」

「なにを……?」

「私の魔術指導だけ受ければ、君が憂いていた期末テストを受けなくて済むぞ?」

 

 異性が十人見たら十人惚れそうな笑顔でレイは言う。

 言っている内容は悪魔の取引じみている。

 何故俺が期末テストを憂いていることを知っていると叫びたい。

 それにとても良い笑顔を張り付けているレイの瞳は笑っておらず、軽い魔術指導で終わるはずがない。


(で、でも歴史の授業を受けるより、実力ある魔術師に色々教えてもらった方が確かにプラス……?)


 俺はレイの魔術指導と、安寧が約束された学校生活(ただし期末テストあり)を天秤にかけ。


「レイ先生、魔術指導よろしくお願いします!」


 あっさり悪魔の取引に天秤は傾いた。


 なお、後日期末テストは受けずに済んだが、病欠で授業を受けられなかった内容に関して、各授業の先生からご厚意で大量のレポート課題を渡されることになることをこの時の俺は知らない。

 ……そしてレイの監視付きでレポートに取り組むことになるのはまた別の話。

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