第五十二話「打開策」
「アリスに……いや、ナオキにどうかこの森都を守るための力を貸して欲しい」
改めて、レイから現在の状況を聞かされる。
倒れている間に森都は大変な事態に陥っていたことを知る。
襲撃者により、命にこそ別状はないものの女王が維持してきた森都を守る結界が破られたこと。
それにより、周囲の魔物が活性化、一斉に森都へと向かっていること。
先の襲撃者の戦闘ではあまり役に立てず、更には貴重な薬を使ってまで助けてもらった恩があるのだ。
そして今、森都は危機的な状況にあるという。
俺の神様から与えられた、このチートともとれる力が役立つのであれば、喜んで引き受けよう。
真剣な眼差しのレイに頷き応じる。
「もちろん。俺の力が役立つのであれば」
レイは俺の言葉を聞き、やや強張っていた顔が少し和らいだように見えた。
「もっと詳しい状況を説明したい。付いて来てくれ」
レイの後を俺、ラフィと続いて歩く。
その間、ラフィがこちらを窺い、小声で尋ねてくる。
「ナオキ、体調は本当に大丈夫?」
「ん? 大丈夫だぞ。寧ろ前より体がスッキリしてるような、元の姿に戻った影響かな?」
「無理はしちゃだめよ?」
「本当に大丈夫だ」
改めて横を歩くラフィを上から見る。
最近は小さなアリスの身体で、少し見上げるような姿勢でラフィとは接していたため、何だか新鮮な感覚。
「……なに?」
「いや、何でもない」
思ったままに、「ラフィってこんなに小さかったんだな」とそのまま口にしたら杖で殴られる未来が見えたので言葉を濁した。
静かな廊下を暫く歩いていると、徐々に喧噪が大きくなってきた。
目の前を多くの人が出入りしている、扉が開けっ放しの部屋が見える。
中に入ると非常に広い部屋であった。
十数人の集団があちこちで議論を交わしていた。
切迫した雰囲気。
開け放たれた窓には入れ替わりで梟が降り立ち、飛び立ち。
皆共通しているのは脚に紙を持っていること。
持ってきた紙を人が受け取り、慌ただしくどこかの集団に持っていき、どこかの集団から持ってきた紙を急いで梟に渡している。
梟を介して情報のやりとりをしているようだ。
聞き耳を立てると、魔物の発見報告や、避難状況といった単語が聞こえてきた。
中央に鎮座した机には地図が広げられており、それを囲み、立ったまま議論が交わされていた。
そして、そこの集団は長耳族だけでなく人族も混じっていた。
つまり王国の人間も参加しているということだ。
議論の中心で言葉を交わしていた長耳族の青年がこちらに気付く。
「レイ殿、戻られましたか! 女王陛下のご様子は?」
「問題ない。だが、急ぎ魔力を回復させるため今はお休みになられている」
「そう、ですか。……で、そちらの方は?」
鋭い目つきで一瞥される。
明らかに歓迎されている様子ではない。
「彼は女王の知人で、今回の騒動に手を貸してくれる。王国を救った勇者といえば伝わるだろうか?」
「なんと……!? 女王陛下はそのような人脈もお持ちとは。これは心強い」
レイの説明を聞いた男は態度を軟化させ、俺を歓迎してくれる。
「内田直樹です。この度はお力になれればと思い参上しました」
「ギデンだ。よろしく頼む」
ギデンと握手を交わす。
「時間がない。他の挨拶は抜きにいこう。現在の状況を確認したい。説明してくれるか」
「はい。お任せください。こちらに」
囲んでいた机の一角が空けられ、そこに俺とレイ、ラフィが入る。
地図は森都の全体を描いたものであった。
事細かに描かれているものではないが全体を把握するには十分な情報。
中心部に世界樹。
そこを起点に外に向かい幾つかの道が延び、そこから街が発展しているのが読み取れた。
王都のように区画整備はされておらず、森都全体は歪な円を描いている。
その歪な円の上に、朱色で新たに綺麗な円が二つ描かれていた。
「森都周囲の魔物がこちらを目指しているのはほぼ確定です。すでに外縁部では幾つかの戦闘が行われました。そして、索敵による結果からも魔物の集団がこちらに向かって来ているのを確認しております」
「避難の状況は?」
「……あまり進んでおりません。外縁部で魔物が侵入した地区は流石に我々の言葉が嘘ではないと理解してもらえたようですが」
「あの、避難ってどこに逃げるのですか?」
「ここの内側だ」
朱色で描かれた内側の円を指す。
四方から魔物が押し寄せている今の状況で外に逃げることは不可能であり、残された道は内側に籠るしかないというわけだ。
それに内に籠れば守る範囲も狭まり、より守りやすく、兵も集中できるといったところか。
レイが説明しながら、先程から説明をしてくれているギデンに目配せし、さらに詳しい説明を求める。
「ここに朱色で記した円を第一防衛ライン、ここを第二防衛ラインとします」
内側が第一防衛ライン、外側が第二防衛ライン。
言葉では省かれたが最内には最初から地図に描かれていた円も存在した。
世界樹を囲む壁だ。
そこには朱色で文字だけ、最終防衛ラインと記されていた。
「見ての通り、森都は外部からの敵を想定しておらず、壁がなく、故に街を利用するしかありません。建物と建物の間を土魔術で埋め、同時に細い道も埋めることにより魔物が侵入する道を制限することで敵を分散し迎え撃つという作戦をとります」
さらに聞くところによると、森都周囲の魔物は非常に強力な個体であるようだ。
まず、森都はこれまで女王による結界で守られていたため、周囲に生息する魔物を国を挙げて狩ることはしていなかった。
故に、スクスクと成長した魔物が多く生息しているというわけだ。
では、森都の外で形成されている集落が襲われるのではと疑問に思ったが、これまで魔物の集団に襲われたということはないらしい。
理由は単純。
森国には世界樹ほどの規模ではないにしても、巨大な魔力溜まりがあちこちに点在しているからだ。
魔物が人を襲う理由は、食うことで魔力を補えるから。
他に豊富な食料――ここでいう魔力があるのにわざわざ人里を襲うことはないし、長耳族もそういった地域は把握し、離れた場所に集落を形成するため住みわけができてるため、衝突することは少ないわけだ。
……もちろん例外は存在するようだが、今回そのことは割愛される。
で、さらに悪い循環として、森国の魔物は非常に強力であるため、普段魔物を狩ることで生計を立てている冒険者も好き好んで森国を選ばないとのこと。
リスクが大きすぎるのと、少人数では対処できない個体が多すぎるのだ。
その為、森国を拠点にしている冒険者は少なく、そもそも森国を訪れる冒険者は稼ぎ目的ではなく、観光目的であるようで、今回の森都の危機に際して力を貸してくれる冒険者もほんの一握り。
「森都を守っている兵の数はそもそも多くない。一応、森都の多くの民が何かしらの魔術を使える者は多いが戦いを専門にしているわけではないので、戦力として数えるわけにもいかない」
「本当にやばい状況ってことはわかった」
俺一人で森都を守ってやるよ!とカッコいいことが言えればよかったのだが、如何せん、森都は広大だ。
この広い範囲を一人で守り切ることはできない。
ラフィとは言わないまでも、レイくらいの実力者が他にも複数人いれば各担当地区を割り振り迎撃できなくもなかったであろうが、やはりレイも規格外。
ここにいる広間の人物を適当に調べてみたが、レイと同程度の存在は一人もいなかった。
となると俺にできることは遊撃に徹し、住民へ被害が及ぶのを防ぐ役割か。
(いや、まてよ?)
一人では全ての被害を防ぐことは不可能に近いが、俺と同じくらいの実力者が他にもいれば話は変ってくる。
「……ナオキ、何かいいことを思いついた?」
「うん? まあな。よくわかったな?」
「顔が笑ってる」
ラフィに指摘され、無意識に顔がにやついていることに気付く。
「……いい案があるなら是非聞かせてくれ」
対照的にレイは相変わらず眉間の間に皺をつくりながら問うてくる。
その問いに、俺は思いついた策とも言えない方法を話すのであった。




