第五十話「変質者」
微睡みの中、何かを探すように手を伸ばす。
(何だか温かい……)
ホッとするような温かさを腕に抱く。
温かく、そしてやわらかな感触を意識し、唐突に意識が覚醒した。
「う……うん、ここは……?」
瞼を開きながら、ぼやけた思考がそのまま口に出る。
ぼんやりとしたものが輪郭を帯びる。
「……っ」
目の前に女王の顔が至近距離にあることに気付き驚く。
吐息のかかる距離だ。
穏やかな寝顔と共に艶めかしい吐息が耳に入る。
そして先程から伝わってきた温かく、そして柔らかな感触は女王であったことに気付いた。
どうやら寝ぼけた状態で抱き着いてしまったようだ。
慌てて腕を放す。
(元の姿じゃなくてよかった……)
女性同士、不可抗力だからセーフ。
何も悪い事はしていない、そういうことにしておこう。
身体を起こし、改めて状況を整理する。
(ここはどこのベッドだ……?)
女王とのお茶会が終わり、夜会会場へと戻ろうとした時に謎の襲撃を受けた。
襲撃者は目的を達したとかで退いた、いや、逃がしてしまったが、その後――。
はっとして女王の顔をもう一度確認する。
もしかしたら撃たれたダメージを負ってベッドで寝込む事態になったのではと思った為だ。
だが、女王の顔は穏やか。
顔色も良いように見え、決して具合が悪いために臥せているわけではなさそうとわかり、少しほっとする。
懸念事項が一つ消えた。
(でも、どうして俺もここで寝てたんだ?)
はて、と首を傾げる。
『マスター、目覚めたようで良かったです』
ヘルプの声が響く。
『何が起きたか説明しましょうか?』
「あぁ、頼む。憶えているのは……」
最後の記憶、それは。
「そうだ。身体が急に重くなって、それで……」
『どうやら頬を掠めた攻撃に毒が仕込まれていたようです。その影響でマスターは昏睡状態に陥ってました』
頬に触れる。
銃弾はほんの少し掠った程度であったが、まさか昏睡状態に陥るほど危険な毒が仕込んであったとは。
まともに喰らっていたらと思うとぞっとする。
「なら、女王も毒の影響で?」
隣で眠る女王は血こそ出なかったが、まともに銃弾を受けた。
『マスターが心配されるような影響はありません。敵が使った毒は精霊に害を及ぼすものではありませんでした。ただ、自身に蓄えている魔力を大分消耗したようで、今は回復のために寝ています』
「そうか……」
ヘルプの説明を聞き、今一度胸を撫でおろす。
「で、ここは?」
状況の確認を改めてしようとしたタイミングで扉が開く音がした。
音の方を向く。
入ってきたのはレイであった。
俺が起きている姿に驚いたのか、目を見開く。
「あ、レイ様――」
きっとレイにも心配を掛けたことだろう。
努めて明るい表情を浮かべて、声を掛けた。
すると予想だにしない行動にレイはでる。
「貴様、何者だ!」
腰に差していた剣を抜き、躊躇なく俺へと距離を詰め、剣を横に振るう。
「なっ……!?」
起き上がりの態勢、腕に力を入れベッドから飛び上がるようにして間一髪で回避。
床に転がる。
レイは追撃の手を緩めない。
優秀な魔術師とは知っていたが、剣の腕も中々のようだ。
感心しながらも、実際はそれどころではない。
「ふざけた真似を……!」
「レイ様、話を……」
激昂したレイには声が届いていない様子。
(何だ、何か恨みを買うようなことをしたか!?)
『マスター、大事なことを言い忘れておりました』
(何を……!?)
そして何故か足がもつれて転んでしまう。
『解毒する際に使用した薬の効果で、元のお姿に戻っています』
「はっ……?」
気の抜けた声が思わず漏れる。
聞き捨てならない単語。
元の姿?
つまり、どういうことかというと――
「ドジを踏んだな、死ね!」
転んだ俺の隙を好機とみて、レイが容赦なく剣を振り下ろす。
「あっぶね……!」
真剣白刃取り。
「くっ……」
慌てて両手で振り下ろされた剣を抑えたら上手くいった。
ぐぐぐっとレイが体重をかけて、俺を叩き斬ろうとするが、筋力はこちらが上。
がっちりと挟み込んだ剣は、それ以上振り下ろすことができない。
なんとか危機を回避する。
それでようやくレイが激怒している理由がなんとなくではあるがわかった。
今の俺は非常にやばい恰好をしている。
鏡があっても見たくはないが、先程からやたらと窮屈だなと思っていた服、これはアリス用に着せられもの、つまり女性用の服。
しかも十代の少女が着るサイズのものを男の俺が着ているのだ。
道理で動きにくいと思った。
破れていなかったのが幸いである。
「貴様、ここで何をしていた?」
剣が妨げられ、歯噛みしながらレイは鋭い目つきで問うてくる。
「あー、まずは落ち着いて。話をしましょう、レイ様」
「変質者と語り合う言葉などあるか!」
「ですよねー」
俺も親愛する女性を訪ねてみたら、女性の服を着た男が居たら問答無用で殴り飛ばす自信がある。
うん、どう言い訳しても変質者だ。
「仕方がないか……」
とりあえず、このままでは話を聞いてもらえそうにないので魔術《樹界拘束》を発動する。
「これは!?」
無詠唱で発動された魔術に手足を絡めとられるレイ。
驚き目を剥く。
程なくして四肢を縛られ、レイは身動きがとれない状態となる。
「ふう……」
斬り殺される圧力から解放され一息。
「落ち着いてください。俺に貴方と敵対する意志はありません」
取り上げた剣も地面に置き、手をあげる。
その言葉を聞いてもレイは険しい顔のままだ。
どうしたものかと悩むが、ここは事情を話して納得もらうのが得策であろう。
「私は、俺はアリスです」
「……いや、嘘を言うな」
「本当なんですが……」
いきなり言っても当然のように信じてもらうのは難しかったようだ。
どうしたものか、と頬をかく。
良い考えが思い浮かばない、どうしようと悩んでいるとトットトと誰かがこちらに向かってくる音がした。
「今の音は……?」
開けっ放しであった扉から顔を覗かせ、疑問を口にしたのはラフィであった。
森国の騎士とかであったら、余計事態はややこしい方向に向かっていくことになったであろう。
これは幸い。
「やあ、ラフィ」
手をひらひらと振る。
「えっ、ナオキ!?」
俺の姿を目にしたラフィは驚き目を見開く。
そして部屋の中の状況を確認する。
拘束されたレイに、女性もののピッチピチの服を着た俺。
「えぇ……?」
ラフィは戸惑いの表情を浮かべた。
ついに男の姿に……!
Q.もうアリスちゃんに戻らないのですか?
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A.戻ります




