幕間「選択」
レイは結局、夜会の会場には戻らず、空いている部屋で時間を潰していたため、異音に気付くことができ、同じく異音に気付いた騎士と共に現場へ急行することができた。
女王が襲撃された現場は惨憺たる状態であった。
白く磨かれた廊下は黒く、そして何者かの亡骸は炭化していた。
まさか森国の中枢たる場所に賊の侵入を許し、女王の暗殺――未遂で終わったのが幸いであったが、実行されてしまった。
今すぐ実行犯の追跡を行いたいのは山々であるが、レイが女王より最初に課された使命は夜会に参加している森国の重鎮を集めることであった。
そして集まった重鎮達の前で女王から更に衝撃的な内容が告げられた。
森都の結界を維持できないと。
それが意味するところを、集まった者は知っていた。
国の中央に位置する世界樹。
その世界樹からは膨大な魔力が溢れている。
世界樹の加護により、直下に魔物こそ発生しないが、その膨大な魔力は周囲の魔物にとっても魅力的なものであった。
かつては、世界樹から溢れる豊富な魔力を狙い、魔物が世界樹に押し寄せてきた時代もあったと伝承に記されており、森国の最初の歴史は魔物との壮絶な争いから始まっている。
魔物との戦いを日常から追いやったのが今の女王であり、それを成し得ているのが女王が維持している結界であった。
その結界が破られたというのだ。
「下手をうった、すまぬ」
詫びる女王を責める者などこの場には誰一人としていなかった。
女王に危害を加えることを許した不甲斐なさを悔やむだけだ。
だが、この場で女王に自身の不甲斐なさを詫びることに意味はなく、次の行動に移ることが女王に対する忠義の証であることも同時に理解していた。
皆迅速に己ができる行動を開始する。
程なくして、情報を集めた結果からも女王の言葉が真実であることを確認した。
索敵に適した魔術を用いて調べたところ、森都周囲の魔物が活性化、一目散に世界樹を目指して移動しているとのこと。
放置すると、城壁を持たない森都の住人に多大な被害がでることを想像するのは容易い。
急ぎ森都の守備隊を再配備し、魔物の襲撃に備える必要がある。
時間はあまりない。
軍務の重鎮が慌ただしく指示を飛ばし、中央の机に森都の地図を広げ、どのように守るかの議論が交わされる。
しかし、守備の範囲に対して、兵が圧倒的に足りない。
「レイ、ちょっと頼まれてくれるか」
森都防衛の話し合いの最中、女王に呼ばれる。
「何でしょうか?」
「今の状況を説明して王国の者に協力を要請せよ」
「……よろしいのですか?」
状況を説明するということは、森国の上層部しか知らない、森都を守る結界のことも多少は説明しなければならない。
加えて、女王の暗殺未遂、状況から考えても王国の者が何かしら関与している可能性を否定できない。
しかし、猫の手も借りたいのが現状の今、女王の選択が最もだとレイも理解し、女王の頼まれごとを了承する。
そして追加でラフィを女王の部屋に呼んでくるようお願いされた。
◇
「女王陛下、失礼します」
城の最上階、その一番奥の場所が女王の居室である。
普段であれば女王の周囲を世話する従者がいるのだが、今はその従者も駆り出されている状況であり扉をノックしても開ける者がいない。
女王の使命を果たし、王国の協力者を募り、ついでにお願いされたラフィを伴い、レイ自ら扉を開け中に入る。
「ええい、わかっておる。お主、しつこいやつじゃな」
まず耳に飛び込んできた女王の声。
女王はベッドの際に座り、何者かと会話していた。
だが、女王の会話相手はどこにも見当たらない。
「おお、レイはやかったな。どうじゃった?」
「はい。協力を仰ぎましたところ、王国の姫君が積極的に協力してくれたこともあり、力を貸して下さるそうです」
「それは良かった。ラフィも呼びつけて悪かったの」
「いえ。それで私にどのような要件が?」
ラフィは恐縮した様子で女王へと問う。
「二人ともこっちに」
女王はベッドから立ち上がり、手招きする。
意図するところはわからないが指示通りベッドに近づく。
女王が立ち上がったことで、ベッドで誰かが寝ていたことに気付いた。
そして、何者かも。
「アリス……?」
ラフィは困惑の声を上げる。
ベッドに寝ていたのはアリスであった。
パーティードレスではなく女王の寝間着を着せられているようで、サイズがあっておらず、服を着ているというより、包まれているといった姿だ。
「ええい、騒ぐな!」
と、女王はまたしても誰かと会話しているのか耳を塞ぎながら文句を言う。
「女王陛下、失礼ながら先程から誰と会話しているのでしょうか?」
「うん? あぁ、アリスの中におる精霊とじゃ」
「精霊が、彼女の中に居るのですか?」
「そうじゃ。さっきから宥めるのに難儀しておる」
「あ、あの女王陛下。アリスは一体?」
ラフィは心配そうにアリスの顔を覗き込みながら質問する。
「襲撃を受けた時に、毒を食らったようじゃ。それも相当強力な。これは高位の治癒術でも治せまい」
女王の言葉にラフィは息を呑む。
「あやつら、わしの正体を精霊と知ってはいたが、あらゆる可能性を想定していたようじゃな」
「……女王陛下、何故ラフィをここに呼んだのですか?」
まさかアリスの師であるラフィにわざわざ今告げた内容を言うためだけに呼びつけるはずがない。
レイはその理由を単刀直入に尋ねた。
「確認の為じゃ」
「確認、ですか」
「そうじゃ。のお、ラフィ」
「……はい」
女王に告げられた事実に動揺を隠しきれないラフィは呆然とした様子で、ただ女王の言葉に返事を返した。
「王国で騒がれている勇者の正体はこの娘じゃな?」
「っ……!?」
レイも女王の予想だにしていない言葉に驚く。
ラフィも告げられた言葉に驚き、答えに窮する。
しかし、最後は肯定する言葉を発した。
「……そうです」
「やはりな。今は時間が惜しいゆえ、端的に答えてくれ。もし、この状況勇者であれば森都の者を誰一人傷付けることなく救うことは可能か?」
「それは……」
暫し思案する。
「可能です。アリスなら魔物相手に遅れを取ることはないでしょう」
「そうか」
女王が徐に手を開く。
するとそこにはいつの間にか小さな瓶が握られていた。
「これはとあるものを酒にした秘薬じゃ。あらゆる病を忽ち癒す効果があり、膨大な魔力を忽ち回復する効果がある」
つまり、それを用いればアリスの毒も癒すことができることを意味する。
「じゃが貴重なものでな。今わしが持っているのはこれのみ。この量では一人を癒すのが精々じゃ。さてレイよ」
女王に名前を呼ばれたレイは訝し気な表情を浮かべる。
「次期この国を担うかも知れぬお主に尋ねよう。お主はこれを誰に使う?」
「女王陛下が使うべきです」
レイは即答した。
その言葉に淡い希望を抱いていたラフィは落胆、そして泣きそうな表情であった。
もちろんレイとしても可能であれば、目の前の少女を救いたい気持ちはある。
だが、森国の民の命がかかっている問いに友人の私情を挟む真似はできない。
女王のもつ万能の秘薬を用いれば、襲撃者によって女王に打たれた楔のような呪術も打ち払え、魔力も回復するということだ。
ラフィの話を鵜呑みにするのであれば、アリスを助けることで魔物の脅威を取り除くことが可能であるらしいが、やはり女王と共に居た状況で害されて、現在伏せているアリスの実力を信用することはできなかった。
「……まぁ当然か」
レイの言葉を聞いた女王は、瓶の蓋を開け、ぐっと呷る。
と思いきや、突然アリスに口移しをした。
やがて、舐めるようにアリスの唇から女王の唇が離れた。
ラフィも固まったまま動かない。
「女王陛下、なにを……!」
「わしを信頼してくれておるのは嬉しいが、判断が甘い。よいか、向こうは綿密に計画を練っていると考えるべきじゃ。こういった秘薬の存在を知ってる可能性もある」
空になった瓶を振りながら続ける。
「ついでに言うとわしにかけられた術を解いたとしても、できるのは結界を張り直すこと。じゃが、今から結界を張り直したところで向かって来ておる魔物の歩みは止まらんじゃろ。魔物と対峙するしかないが、この身では森都全てを守ることは無理じゃ」
「しかし……、それはアリスであっても同じ話なのでは?」
「それもそうじゃな」
「女王陛下……!」
惚けたような口調の女王陛下に、レイは珍しく声を荒げる。
「なに、この娘のことが気に入り死なせるには惜しいと思ったわしの我儘と思い許せ。じゃが、決して分の悪い賭けとは思っておらん。森都も救えて、この娘の命も救える最高の選択じゃ」
にやりと、不敵な笑みを女王は見せる。
「わしは魔力を回復させるために少し寝るが、目を覚ました時の主らの朗報を楽しみにしておるぞ」
いつも読んで頂きありがとうございます!
色々思うことがありまして、今章終わりまで感想欄を閉鎖させて頂きます。
今章終わりましたら、また声を聞かせてくれたら嬉しく思いますヽ(〃v〃)ノ




