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第四十二話「別室にて」

 レイに先導され会場を後にする。

 どこに向かっているかはわからないが、ついて行くしかない。

 長い廊下、階段を昇り、また長い廊下を歩くこと暫く。

 ようやく目的地にたどり着いたようで、扉を開け、部屋の中へと通される。


「着替えを準備させようか?」

「いえ、大丈夫です」


 中に入ると、ワインによって真っ赤に染色された俺の服を観察し、レイがそう提案してくれるが、その提案を断わり、ワインの赤い染みが付いた服の部分に《浄化》の魔術を使う。

 淡い光が漏れ出て、すぐ収束。

 服をひっぱり、ちゃんと染みが落ちたことを確認する。

 まだ濡れている感触は残っているが、綺麗に赤い色を落とすことに成功したようだ。

 便利な魔術だ。


「ほお。見事なものだな」


 それを見ていたレイが感嘆の声を上げる。

 ただ、そんな感嘆するべきような魔術でもなんでもない。

 極々一般的で、初級の魔術に分類されるものだ。


「初歩の魔術ですよね?」

「ちょっとした汚れなら簡単に落ちるが、今のようなワインの染みといったものを《浄化》で落とすのは非常に難しい。誇っていい、卓越した魔術操作といえるだろう」


 染み落とし一つでそんなに高評価を貰えると思わなかった。

 その評価に対して俺は、けっこう簡単に扱えるから、この魔術を使ってクリーニング屋でも開けば非常に儲かるのではという、とてもどうでもいいことを考えていたのは秘密だ。


「ありがとうございます」


 とりあえず、レイの評価に礼を述べておく。


「着替えの必要がないのであれば、どうする。すぐ、会場に戻るか?」  

「今戻ると、目立ちそうなので。もうちょっとしてからこっそり戻りたいですね」

「それもそうか」


 レイは俺の言葉に頷くと、部屋に備えられた机の上に置いてある鈴をとり、チリンチリンと鳴らす。

 鈴の音が鳴りやんですぐに、執事が部屋へと入ってきた。


「お呼びでしょうか?」

「少し部屋で休む。適当につまめれるものと、アリスはお茶で構わないか?」

「はい」


 他に何を頼めるかもわからないので、レイの言葉に半ば反射的な回答を返す。

 執事はレイからの注文を聞くと、すぐに部屋から退出していく。


「レイ様は戻らなくていいのですか?」


 俺のことは、今の執事や沢山いる給仕に任せればいいはずだ。


「ちょうどいいので君を理由に暫し休ませてもらう。どうもこういった催しは苦手でな」

「そうなのですね」


 そう言われては、こちらとしても早く会場に戻れとは言いにくい。

 程なくして一度出ていった執事が茶器と、焼き菓子を持って戻ってくる。

 俺とレイの前に茶を注ぐと再び退出していった。

 レイがカップを口に含んだのを見て、俺も同じように口へと運ぶ。


「遠慮せず食べてくれ。アリスが作ったものの方が美味しいかもしれないが、それは許してくれ」

「いいえ、そんなことは……! いただきます」


 菓子を勧めたレイは、優雅にティーカップを持ったままこちらを見ているのでなんとも居心地が悪いが、言われた手前食べないわけにもいかない。

 一番近くにある焼き菓子を手に取る。

 前の姿であれば一口で食べれるが、今の俺は二口三口と繰り返し、食べ終える。


「すごく、おいしいです」

 

 俺が作った激甘なんちゃって料理と違い、ほどよい甘味が心地よい。


「それはよかった」


 レイは俺の姿を見てフッと笑みを浮かべ、茶を再び口に含むのであった。


「しかし災難だったな」

「いえ、私こそせっかくの会の雰囲気を悪くしてすみません。つい、言われたことに腹が立ち、思ったことを口にだしてしましました……」

「君は悪くないさ。リットン卿には困ったものだな」


 謝罪は口にしたが、先程言われた言葉を思い出すと、やはり腹が立つ。

 今しがた口に含んだ甘いものまで、苦いものへと置き換わる感覚だ。

 しかし、思い出してみると――


「ただ、リットン卿の様子が少しおかしかったような……?」


 あんなに激怒していたのに、最後は別人のように俺の事を心配していた。

 感情の起伏が激しいとはまた違う類のものに思えてならない。

 思い出すと何だか胸がザワザワするのだ。


(俺の思い過ごしか?)


 二重人格なのだろうかとも考えるが、それは違うように思えた。

 俺の呟きをレイが拾う。


「流石に最後は自分のやった行いを恥じるくらいの常識は残っていたということだろう。

 まぁ、どんな理由があろうと年長者としてあるまじき姿ではあるがな。

 あのような者が国の中枢の政にかかわっているとは……王国も相当な人材難だな」


 そう話すレイの眉間には、無意識のうちに皺がよっており、俺の知らないところで先程のリットン卿に相当手を焼いていることが伝わってきた。


「色々ありましたからな」


 レイの言葉になんと返せばいいのやら。

 曖昧な笑みを浮かべつつ頷き、ティーカップを手に取る。


「そんな中でも君のような素晴らしい才能が芽を出すのだからわからないものだな。アリス・サザーランド、それとも剣聖と呼ぶべきか?」

「……ッ!?」

 

 ちょうどお茶を口に含んでおり、危うく噴き出しそうになった。

 発言したレイは真剣な表情、というよりはこちらを面白そうに見ていた。

 かまかけではなく、確信をもった発言。

 否定してもレイはそれ以上追及することはないかもしれないが。

 なんとか茶を飲み込み、落ち着きを取り戻したところで口を開く。


「気付いて、いたのですか?」

 

 レイの発言を認めることにした。

 恐らく否定しても、レイの中での結論は揺るがないものと判断したからだ。


「これでも私は国の政に深く携わるものだからね。今、我が国と交渉に来ている相手国の情報であればそこそこ知っているさ。王国に久しぶりに現れた剣聖、名はアリス・サザーランド。伝え聞く特徴は黒髪とまだ幼き少女であるという程度の情報であるが、同じ名で同じ特徴のものが、そう何人もいるとは思えんしな」

「偽名かもしれませんよ?」

「偽名なのか?」

「……違いますけど」


 答えは偽名だ。

 本当の名の偽名がアリスという意味だが。


「さっきの夜会会場に戻らない理由は嘘で、本当は剣聖としての私に何か用事があったということですか?」


 慎重に言葉を選びながら問う。


「その通りだ。トラブルに乗じさせてもらったが、元々君に声を掛けるつもりでいた。

 ただ……そうだな。剣聖としての君に用事があったかといえば、違う」


 レイは眉間をもみほぐすようにしながら、やや疲れたような息を吐き、続きを言う。


「私が以前屋敷でアリスに会ったときの話をしたら、興味をもち、会いたいという方がいてな。

 すまないが、この我儘に付き合ってはもらえないだろうか?」


 予想していなかった言葉に俺は首を傾げるのであった。

 

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