第四十話「人気者」
この舞踏会というものは、別に開会の挨拶といったものは存在せず、会場に入ったものは思い思いのまま楽しむ形式であるようだ。
入ってきた参加者はを顔見知りの者達で集まったり、またはこれを機会にお近づきになりたい者の元に行ったり。
これが社交の場というやつなのであろう。
勿論大物、今回で言えばアニエスやレイが会場に入ってきた時は一瞬場内のざわつきが止み、皆が注目しているタイミングはあったが。
音楽も最初に会場に入ってきた時は物静かな、心落ち浮く曲調であったが、今はペアでダンスするための曲へと変化していた。
チラホラと中央の場で踊っている男女の姿が見てとれる。
「お久しぶりです、ラフィ先生」
会場に入ってから、何人目になるであろうか。
ラフィの元には途絶えることなく、人が挨拶に訪れていた。
「久しぶり。元気そうね」
「ええ、お陰様で」
言動からもわかるように、その多くがラフィの教え子であるようだ。
見た目だけならラフィの方が年下に見えるので不思議な光景である。
教え子ということで男女関係なくラフィの元を訪ねているが、やはりラフィが未婚ということもあってか男性の方が比率が高いように思う。
今、目の前で挨拶をしているのも男性。
長耳族というのは美形に生まれる種族なのか、またしてもイケメン。
何だか背景がキラキラしているように錯覚してしまう。
そして、こうして訪れる多くの者はラフィの隣に立つ俺をチラリと、さらに髪飾りへと目をやる。
これで目の前の男は俺がラフィの庇護下の者であることを理解し、口を開く。
「こちらのお嬢さんは?」
「アリスと申します。風の導きに感謝を」
話題に触れられた俺は、両手でスカート裾を軽く摘み、礼を行い挨拶をする。
動作も言葉もラフィに事前に教えられた通りのものだ。
風の導きに感謝を、という台詞は、森国において初対面の相手に対しポピュラーな決まり文句であるらしい。
名乗りも簡潔に。
王国と違い、森国では家よりも個人個人を評価するため家名にあまり意味がないのだとか。
後は俺が余計なことを喋らないように、名前+挨拶を簡潔に済ませて、あとは笑っておけとの何とも投げやりな指導を受けた。
尤も、弁が立つというわけでもないのでラフィの言うことが正しいし、それに従うべきと納得できたが。
そんなわけで、お決まりの常套句を言い終えた俺は、後はにっこりと微笑んでおく。
「これはご丁寧に。僕はニール。風の導きに感謝を」
そうしておけば、相手も子供相手の俺に対して丁寧に挨拶を返してくれるのであった。
「ラフィ先生の、その娘ですか?」
「まさか」
問われた質問に慣れた様子で返すラフィ。
というのも、この会話、今日何度目かとなるお決まりのパターンであったからだ。
最初こそ、
「む、娘!?」
と素っ頓狂な声を上げていたが、今となっては慣れたもので、感情を揺らすことなく平静に言葉を返していた。
ラフィの返しを聞いて若干胸を撫でおろすのは元教え子。
この会場に来てからよく分かったが、ラフィは森国でも有名人であり、かなりモテる様子。
今では王国でも有名人なわけだが。
(この姿でよかったかもしれないな……)
そんな感想をしみじみと抱く。
元の姿でラフィの隣に立っていたら、針のむしろのような環境に置かれていたことであろう。
最も、俺が勇者の姿のままであったのであれば、舞踏会に来なくてもよかったかもしれないが。
「では先生の弟子ということですか。それは羨ましい」
次に向けられるのは俺に対する品定めをするような視線だ。
ラフィの教え子ということは、つまり優秀な魔術を修めた者であることに等しい。
俺はその言葉にニコリとしておく。
「で、ラフィ先生。その、お時間があれば後程、僕と踊っていただけないでしょうか?」
「お誘いありがとう。でも御免なさい。今日はこの子の面倒を見てあげないといけないので」
これもお決まりの誘いと断り。
その後はラフィと一言二言と交わし、最後は俺に対して、
「しっかりとラフィ先生の元で学ぶのだぞ」
とお決まりの台詞を残して去っていくのであった。
今の教え子のやり取りで、ラフィの元に挨拶に来る者は一段落したようで、ようやく一息つけた。
「せっかくの再会なんだし、私の事は気にせず踊ってくればいいのに」
何とはなしに言った言葉にラフィは。
「はぁ……」
深々と溜息をつかれた。
「アリス、ダンスのパートナーを務める意味をわかってないでしょう」
「好意を向ける相手を誘ってるということは理解してる」
「いい、誘いを受けるということは家族や知人でもないなら好意を受けて、公の場で婚約者として周囲に知らせるのと同義よ」
「それは知らなかった……。しかしラフィはモテるんだな」
「まぁ、こういった大きな舞踏会はなかなか開かれないから、未婚の人は必死に婚約者を探してるのよ」
「へぇ……ラフィも?」
またしてもジト目で見られた。
「私が誰か好きか、もう知ってるでしょう?」
「は、はい」
失言に失言を重ねてしまった。
それを取り返すように言葉を探す。
「なら私と踊る?」
「女性同士で踊っちゃ駄目ということはないけど……今は遠慮しとくわ」
チラッとラフィは俺を見て小声で続きを言う。
「……早く元の姿に戻ってよね」
「今後の課題だな。まぁ、その時は是非踊ってくれ」
「うん」
今度の発言は正解であったようでラフィは可愛らしく微笑んだ。
「ちなみに、アリスちゃんも相当もてるみたいで」
「え、俺!? いや私!?」
思いもよらないラフィの発言に驚く。
「でも、これのお陰で私は未成年であることは周知されているんでしょ?」
付けているラフィから貰った髪留めを指さしながら言う。
「目を付けて、今のうちにお近づきになりたい人なんていくらでもいるわよ。私の教え子のうち何人かはあなたのことを気にしている様子だったし」
そんな目で見られているとは露にも思わなかった。
「でも私、他種族だけど?」
「私達、長耳族は別に他種族とかあまり気にしないから。気にするのは人族とか魔族に多いかな」
「へぇ。まあ、それ以前に男からの誘いを受けることはありえないから大丈夫だ」
「本当かしら。お人好しなんだから気を付けなさい」
ラフィの忠告には「気を付けるよ」と返事する。
「それより飲み物とってこようか?」
俺はまだしもラフィは挨拶でずっと喋りっぱなし。
喉が渇いているのではないか。
会場の脇に給仕係と共に準備されているドリンクスペースを指さしながら言う。
「じゃあ、お願いする。迷子にはならないように」
「見えてるから大丈夫だよ」
冗談っぽく言うラフィにヒラヒラと手を振りながら応じ、ドリンクスペースに向かうのであった。




