第三十六話「魔術の簡単な応用だよ」
前話の最後の台詞が間違っていました、申し訳ありません。
誤:「そうだ。せっかくだからレイ様もアニエスの料理を食べてみませんか?」
正:「そうだ。せっかくだからレイ様もアリスの料理を食べてみませんか?」
指摘ありがとうございました。
「アリスの料理か。それは楽しみだ」
アニエスの提案に対して、レイは特に拒否感を示すことなく、受け入れた。
俺としては拒否して欲しかったが。
というわけで、レイも俺の料理を食べる流れとなってしまった。
元々メイドをすることになったのは、屋敷で堂々と料理するためであったので、料理を提供するのはいい。
というか、料理をするためだけにメイド姿にさせられたと言っても過言ではないので、アニエスに料理を提供するのは決定事項。
それに向けて、何を作るかは考えていた。
考えていたのだが……。
「アリスはこう見えても料理上手ですの。きっとレイ様も気に入りますわ」
先程からアニエスが再びレイに対して俺の自慢を始めるのだ。
(ひぃ! そんなこったもの作れないから、期待値をあげないで!!)
叫びたいのを必死に堪え、作り笑い。
何を間違っても、俺の料理はお貴族様のお眼鏡に適う料理ではないのだ。
庶民の味とちょっと異世界の知識が加わった料理というだけ。
アニエスが良かれと思いどんどんと期待の閾値を上げていく。
(もう、そのへんにしてください……!)
ダラダラと背中に汗が流れる。
焦っても、何か状況が改善されるわけでもない。
だが、ここまで期待を煽っておきながら、「やっぱり料理はなしで!」などと俺に言えるわけがなかった。
◇
日常の三食は、食事担当であるフィオナが献立を前日にはすでに考えているので、俺が担当するのはそれ以外ということになった。
そんなわけで、俺はおやつを作ることを昨晩ローラと決めていた。
というわけで、昼食後。
ラフィとレイは個別に話したいとのことで別室。
アニエスも休みの日とはいえ、公務が多少はあるとのことで一旦自室へと戻った。
時間を見て、俺は料理の準備を始める。
厨房でフィオナにお願いして必要な材料を貰う。
「これでいいはず」
少し自信はないが、集めた材料を確認しながら呟く。
牛乳、卵、小麦。
「それから……」
収納ボックスから砂糖が入った袋を取り出す。
屋敷の厨房にもあったが、砂糖は希少品であり、多くの量は常備されていなかった。
そんなものをドボドボ使っていては、さすがに咎められそうなので、所持しているものを使用することにした。
砂糖をケチってもいいのだが、素材の美味しさをひきだす技術なんてものはないので、甘味で誤魔化せの精神である。
作るのはなんちゃってクレープ。
混ぜて焼けばなんとなる。
あとはクレープの生地に、ラフィの実家で作ったジャムでも載せればなんちゃってクレープの完成だ。
だが、アニエスの宣伝により、やたらと期待値があがってしまったので追加でアイスでも載せようと考えた。
本当はクリームでもあればいいのだが、食材が保管されている場所を眺めてもそれらしきものはなく、生憎とどうやってクリームが生成されているかの知識がなかったので早々に諦めた。
代替案として、アイスを載せればいいかという思考に至ったわけだ。
というわけで、うろ覚えの知識を引っ張りだしながら、鍋に牛乳をドバドバと投入し、焦げないように木ベラで時折かき混ぜながら煮詰めていく。
作業をしていると視線を感じる。
シンディとフィオナのものだ。
こちらを注視し小声で会話しているのが聞こえる。
(アリスちゃんは何をつくってるの……?)
(さ、さぁ?)
多分ちゃんと料理ができるか心配して覗いているのであろう。
ただ、今の俺は何を作っているのか知らない人から見れば、ただ牛乳を一生懸命鍋で温めている人であった。
誤解がないように、ちゃんと説明をしたいが、説明しにくい。
こっちの世界でもどこかではアイスが作られているかもしれないが、王都を歩いた限りではアイスを見掛けたことがなかった。
そのため、二人に訝し気な視線を向けられていても、何を作っているのかを口では説明しにくく、実物を見てもらうしかないのだ。
鍋に投入した牛乳が煮詰まってきたのを確認し、魔道具の火を止める。
「えい」
調理場の一角に氷を魔術で生成し、その上に鍋を置き粗熱とり。
相変わらずシンディ&フィオナにヒソヒソ何か言われているが気にしない。
深い木の皿に、卵を割りほぐし砂糖を目分量で加え混ぜていく。
木の皿に混ぜたものを、冷やしている鍋に投入、再び鍋を火にかける。
木ベラで焦げないようにグルグルまわす。
(いい、感じかな……?)
自信はないが、しばらく煮詰めていると、想像していた通りのとろみが出て来た。
今回は味見役の青が傍にいないので、自分で一口舐めて甘さを確認。
(こんなものか)
あとは冷やすだけ……なのだが、当然冷凍庫などという便利なものはない。
結局、魔術の力に頼る。
火をとめ、先程と同じように鍋を氷で冷やす。
ある程度冷めたところで、鍋に蓋をし、魔術で鍋全体を凍結させた。
「これでよし」
一仕事終えたと額の汗を拭っていると、耐え切れなくなったフィオナが声を掛けてくる。
「ア、アリスちゃん、何を作ってるのかな?」
俺が今しがた氷のオブジェクトにした鍋を見ながらフィオナが尋ねてきた。
「アイスというお菓子です」
自身満々に答えておく。
(魔術で凍らせたなら、別に長時間置かなくても固まってないかな?)
そう考え、今しがた凍結させた魔術を解除。
鍋の蓋を開け中身を確認すると、アイスはすでに白く固まっていた。
魔術超便利。
ただの氷であるなら、アイスを凍らせるような温度にはならないのではといった不安もあったが、上手くいったなら詳しいメカニズムはどうでもいいやと考える。
満足した結果を得られ、鼻歌交じりに木製のスプーンでアイスの表面をすくう。
「どうぞ」
「えっ……」
フィオナの口の前に突き出した。
何だか想像していた反応と違う。
もっと喜んでもらえると思ったが、フィオナからは困惑と若干の恐怖が読み取れた。
フィオナはシンディに助けを求めるような視線を向けていたが、シンディは目を逸らす。
フィオナは色々と悩んでいたようだが、最後は目をぎゅっとつぶり、一口。
……アイスを食べるような仕草ではない。
だが、一口食べたフィオナは目を瞬き、口元が綻ぶ。
驚きと共に声が発せられた。
「おいしい……」
「えっ、フィオナ本当!?」
「本当、本当」
「シンディさんも一口どうですか?」
「食べる食べる!」
先程まで明らかに引け腰、フィオナを生贄に捧げていたとは思えない転身ぶりでスプーンに口を運ぶ。
「おいしい!!!」
シンディからも満足いく反応が貰えた。
どうやら、なんちゃってアイスは成功のようだ。
どうせならということで、その後は三人でクレープ作りに勤しむ。
小麦粉、牛乳、卵、そして砂糖を混ぜてあとは焼くだけの簡単な作業。
やはり慣れているだけあり、初めて作るといっても一番フィオナが上手であった。
ここで俺はシンディはあまり料理が得意でないことを知る。
黒々とした物体を作りあげたのはお約束。
最後は焼いたクレープに木苺ジャムとアイスを載せて完成、でいいと思ったのだが。
「アリスちゃん、盛り付けにも気を配らないと駄目!」
とフィオナに怒られた。
男の料理なんて焼いて皿に盛って、その他載せれば終わりなのだが、フィオナはそれが許せないようで。
結局、最後はフィオナの手によって、おしゃれなカフェで出てきそうな盛り付けが成され、アニエス達に振舞われた。
そのおかげもあり、想像以上にアニエスやレイ、それに元々甘味に目がないラフィにも十分満足してもらえたのであった。




