第三十三話「アリス、やらかす」
結局、レイによる魔術指導を受ける流れになった。
脳裏にはジト目で「どうしてそうなるの?」と問いかけるラフィのイメージが浮かぶ。
(これは別に俺が何かやらかしたわけじゃないからな)
心の中で言い訳をしておく。
それにレイは別に俺の特異性を何か発見した様子はない。
理由はわからないが、単純に俺のことが気に入ったのと、本人が先程から述べてるように時間が空いている暇潰しに、俺相手に魔術を教えてくれるという単純な話。
親戚によくいる気のいいおじさん感覚。
「アリスは自分の杖を持ってるかい?」
レイの声で我に返る。
「いいえ。持っていません」
尋ねられた質問を即座に否定する。
(本当は持ってるけどな……)
世界樹の枝から創られたという、とても見習い魔術師が所持できるはずのない杖だ。
「ふむ。それもそうか」
俺の言葉を疑うことなくレイは納得し、応接室の一角へと歩いて行く。
その目の前の壁には部屋の装飾として杖が三本ほど飾られていた。
「これでよいか」
その内の二本を手に取る。
「では付いて来てくれ」
と言葉に促され、俺はレイの後ろを付いて行く。
部屋を出ていく前に小声でエマから「失礼のないように」との忠告をもらった。
◇
正門から屋敷の入口へと続く道の傍らに見えた庭。
俺が昨晩訪れた時は暗くて、よく見ることができなかったが、色とりどりの花々が庭を彩っていた。
正門へと向かう道とは別にいくつか舗装されている道があるのが見て取れる。
玄関を出ると、レイは迷うことなく歩を進めていく。
道中庭の中を横断しながら、丁寧に手入れされた花を楽しみながら、前を歩いていたレイの横に並ぶ。
「すごく綺麗ですね」
「気にいってくれたか。ここの庭は私のお気に入りの庭師に管理してもらっているのだ」
驚き、レイの顔を見上げる。
「ここってレイさんの屋敷だったのですか?」
「ああ、そうだ。今はアニエス様の森都滞在中の住まいとして貸しているがな」
チラッと今出て来た背後の屋敷に目をやる。
(貸して出してるってことは、きっと別にも屋敷を持ってるんだよな……)
豪華絢爛な造りをしているわけではないが、十分すぎるほど立派な建物だ。
王国の姫であるアニエスに貸し出せるレベルの屋敷であるのだから当然なのかもしれないが。
(お金持ち……)
そもそも横を歩くレイは王族並の権力者であることを思い出し考えるのを止めた。
そして、チラリとレイの情報を盗み見る。
長耳族 レベル45
(なるほど、さすが……)
一緒に災厄へと立ち向かったメンバーを除くと、これまで見て来た中で最もレベルは高い。
「アリスはどれくらい魔術を教わっている?」
「ラフィ様から教わり始めたのは、ここ最近のことです」
「ふむ。それまでは独学で?」
「いえ。王国で学校に通っていまして、そこで基礎を今教わっているところです」
「なるほど」
宮廷魔術師である義父からある程度の手ほどきを受けたことを、わざわざ言う必要はないだろう。
あくまで、極々一般的な王立学校の生徒の一人という体で押し通す。
暫く歩き、庭を横切っていくと、広々とした空間に出た。
地面をくりぬかれた、練兵場とでも表現するべき場所だ。
下へと降りる階段に降り、練兵場の中央辺りまで歩き、ようやく止まった。
「ではこの杖を持ってくれ」
レイが持ってきたうちの一本を渡される。
受け取った杖は木製のもので、俺の背丈よりも長い。
(応接室に飾ってあったものだから、けっこういいものなんだろうな……)
前の世界でも有名な人が作った楽器は年代が経っても高価な額で取引されていたのを思い出す。
もしかしたら今なんとはなしに握っている杖も、世界樹の杖とまではいかないまでも恐ろしく高価なものである可能性があるのではないだろうか。
知らない方が幸せな気がし、確認することはしないが。
「初めて手にする杖を自身の魔力に慣れさせる必要がある。
魔道具を使う要領で杖に魔力を流してみてくれ」
「こうですか?」
初耳の情報。
収納ボックスにしまっている世界樹の杖も後で同じことをしたほうがいいのだろうな、と頭の片隅に置きながらレイの指示に従い、恐る恐る魔力を流していく。
同じ要領でいいとのことであったが、魔道具に魔力を流す際は、自分というタンクから水を汲み出して流すイメージであったが、杖に魔力を込める際は少し勝手が違った。
杖の中に重い物が置かれているとでもいうか。
それを押し出すように魔力を流している感覚だ。
ゆっくり魔力を流し、それに従いズルズルと元からあった邪魔ものを追い出していく。
その様子を見ていたレイが口を開く。
「ふむ。大分魔力を抑えているようだが、魔道具と違ってそんな繊細な物ではないから、壊れる心配はない。もっと思いっきり魔力を流してみなさい」
「はい」
レイの指示に頷く。
確かに今のままやっていたら杖を魔力に慣らすだけで相当な時間がかかってしまうと俺にも理解できた。
(壊れる心配がないなら……)
ギュッと一気に魔力を杖に流し込んだ。
すると、
バンッと乾いた音と共に杖が粉々に砕け散った。
「えっ」
目の前で起こった現象に驚き思考が固まる。
「ふむ」
何かを考えるような仕草を見せるレイ。
「ご、ごめんなさい」
青ざめる。
まさか杖が粉々になるなんて思ってなかった。
(いや、だってレイさんが思いっきり魔力を流せって言うから。俺は悪くない……)
頭の中で言い訳を考えるが、悪いのはどう考えても俺。
こうなった原因は、間違いなく俺が常識外れの膨大な魔力を一気に杖へ流し込んだからだ。
(そもそも謝って許してもらえるのか)
非常に高価な物であったのであれば、最悪お金を払えば解決も可能。
だがそれが、歴史的な価値があるものであったりした場合は謝っただけでは許されまい。
エマからも失礼のないようにと言われていたばかりなのに。
失礼どころの問題ではなくなってしまった。
「何、気にするな。なるほど、ラフィが目を付けるわけだ。こちらの杖を持ちなさい」
だが、レイからは怒った様子は見られず、慰めるように俺の頭をポンポンと叩きながら、レイが持っていたもう一本の杖を渡してくる。
「あ、あの。べ、弁償します」
顔を青くしながらも何とか出た言葉にレイはすぐに返す。
「ただの木の破片となったものに価値なんてない。故に弁償は不要だ」
「で、でも」
「優秀な魔術師の手に余る杖など不良品だったのだ。君は気にしなくてよい。こちらの杖であれば耐えられるはずだ。さぁ、やってみなさい」
優しく、それでいて有無を言わさぬ口調でレイは言う。
「は、はい」
だから俺はレイの厚意に甘えることにした。
(いい人だ……)
杖を粉々にした動揺は残っていたが、今度は一気に魔力を流し込むことはせず、流し込む魔力を徐々に増やしていくという方法で杖を、自身の魔力で染めあげる。
「見事だ」
今度は頭を撫でレイは褒めてくれるのであった。
2019/05/04
幕間で話数のナンバリングがずれていたので修正しました




