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幕間「雑談メイド編」

「フィオナ、手伝いに来たよ……ってあれ?」


 シンディが調理場に顔を出すと、火を操る魔道具に魔力を込めながら、鍋の中が焦げないように注意して見ていたフィオナがこちらに顔を上げるのが見えた。


「あれ? 食材の下ごしらえは?」

「もう終わったわ」

「え?」


 この屋敷で料理を任せられているのはフィオナであった。

 というかローラを除くとまともに料理ができる人材がフィオナしかいない。

 それも当然で、エマもシンディも貴族の娘であり、自分で包丁を持って調理をするなんて経験をしてきたことがない為だ。

 それに王城で必要なスキルに料理という項目はない。

 料理はそれ専門に料理人を雇うのだから当たり前だ。

 しかし、フィオナの実家は多くのメイドを雇うことも、まして専属の料理人を雇うといったことができるほど裕福ではなかったため、男爵家の長女でありながらも母やメイドを手伝い料理を一緒に作ってきた経験があった。

 寧ろ彼女にとっても料理は好きなことであり、積極的に取り組んできたことでもある。

 故にフィオナは王城で働く見習いでありながら料理もできる貴重な人材であったりする。

 さて、料理が出来ないとはいえ、この屋敷の料理の下ごしらえをするにあたりシンディは洗濯を終えると皮むきやら食材のカットを手伝うことが最近の日常であった。


「私もできることは増やしたいしね!」


 なんて言ってフィオナに指導されながら料理を始めて日は浅いが、それでもいつもの限られた時間で料理をしなければならないフィオナにとっても最初こそ指導するのが手間であったが、今となっては貴重な戦力になっていた。

 つまりは、いつもであればシンディの手が空き、調理場に駆け付けた段階では、まだ処理されていない食材が山盛りになっているのが常であったのだ。

 だが、その食材は見当たらず、フィオナは既に鍋に火を入れているのだ。

 シンディが驚くのも当然であろう。


「今日はやけに早く掃除が終わったんだね。てっきりアリスちゃんの面倒を見ているからいつもより時間がかかると思ってた」

「それだけじゃないわよ。食材も殆どアリスちゃんが切ってくれたし」

「え?」


 フィオナの発言にシンディは目を丸くする。


「あはは。料理する公爵家の御令嬢様なんて聞いたことがないよ?」

「私もそう思ったわよ。でも事実だもの」


 はぁと一つため息をつきながらフィオナは先程横に並びながら食材の下ごしらえをしていた時のことを思い出す。



 ◇



 部屋の掃除を任せたら、魔術を使って窓をピッカピカにして度肝を抜かされた。

 その後もアリスはフィオナの指示に不満を感じている様子は一切見せず、にこにことした顔で指示に従い、十二分の働きをしてくれた。

 おかげで最初は「食事の支度間に合うかな……」なんて心配していたのに、気が付けばいつもより早く担当する二階の掃除が終わってしまったのだ。

 朝、ローラに面倒を見るように言われたときは頭を抱えたが、この優秀で働き者の新人に対するフィオナの評価は一気に「この子できる! あとかわいい! いい娘!」となった。

 公爵家の御令嬢なんて……とガクブルしていた今朝のことが嘘のようだ。

 とはいえ、次にフィオナが担当する料理はさすがに包丁を握ったこともないような子に任せるのは危険なので、ローラが帰ってくるまで休んでいてもらおうと思った。

 一応、調理場の場所を教える為に一緒に来たら、アリスがさも当然のように、


「ここにある食材を切っていけばいいですか?」


 と尋ねてきたのだ。

 アリスの提案は確かに魅力的であった。

 シンディが多少は手伝ってくれているとはいえ、いつも猫の手も借りたい状況。

 それに悪いがシンディの料理の腕はそこまでだ。

 自ら手伝いを申し出てきたということは多少料理の経験があるのかもしれない。

 あるかもしれないが、


(アリスちゃん……料理の経験はあるのかしら?)


 子爵家の娘であるシンディでさえも料理をしたことはなかった。

 それよりもさらに上の、王族に次ぐ権威をもつ家の娘が料理をできるとは考えにくい。

 フィオナは色々と考えたが、ここは本人に気になったことを率直に尋ねることにした。


「アリスちゃんは、その……公爵家で料理をしたことがあるのかな?」


 いつの間にかフィオナは妹に語り掛けるような優しい口調で話すようになっていた。

 一方、アリスはフィオナの言葉を聞いてギョッとした表情を見せた。

 何に驚いたのかと逆にフィオナは疑問に思ったが、その疑問はすぐに解決がする。


「私がその……公爵家の者だと気づいていたのですか?」


 フィオナとしてはサザーランドと名乗っていながら気づかないほうがありえないのだが、アリスにとってはそうではなかったようだ。


(もしかして身分を隠すつもりだったのかしら?)


 そう考えると目の前で固まっている少女のことが余計に愛おしく思え、何だか守ってあげなければならない存在に見えてしまった。

 なので自然とフィオナの表情から笑みが零れる。


「それは当然ですわ。王国の者で、サザーランドと名乗られる家はあのサザーランド家以外にありえませんもの」

「そう……だったのですね」


 なぜか今度はシュンと肩を落としたかと思えば再び顔を上げる。


「確かに私はサザーランドの者ですが、最近養子として迎えられたばかりで貴族の礼儀も何も知りません。それどころか、私は元々、平民の出なのでお気遣いは無用です。ですので、料理も最低限の仕事でしたらできます」

「そうだったのですね……」


 アリスの発言を聞いて、フィオナは色々なことに合点がいった。

 身分の高い者であれば嫌がりそうな仕事も一生懸命こなし、下の者であるフィオナ達にとって高圧的な態度をとらないことも。

 それにどうして平民の出身であるアリスがサザーランドの養子として迎え入れられたかも。

 先程、フィオナもアリスの魔術における才能の片鱗をその目で見たからだ。

 詳しくは知らないが、それでも一般教養程度の知識であればフィオナにも魔術の知識はある。

 掃除をするために魔術を行使するということは余程魔力量に余裕がなければできないことだ。


(となると、もしかしてアリスちゃんはアニエス様の側近候補としてここで働くことになった?)


 そう考えるとしっくりくる。

 まぁ、今はアニエスの意向を考えるのではなく、有難いアリスの申し出をどうするかだと思考を切り替える。

 結局、フィオナはアリスの発言を受け、下ごしらえの手伝いをしてもらうことにした。



 ◇



 フィオナから今日の午前中に起きたアリスのことを聞いたシンディは驚きを通り越して、もう感心するしかなかった。


「はえー。ってことはアリスちゃんは平民の出身でありながら王国最高の魔術師であるサザーランド殿にその才能を認められ養子になった才女ってことよね」

「そうなるわね」

「だとしたら王国は剣は剣聖という若き天才が現れ、魔術の分野でも次世代を担う人材が現れたということになるかしら。だとしたらアニエス様だけじゃなくて、アリスちゃん……いや、アリス様にも媚を売っておくべきかしら?」

「知らないわよ」


 いつもと変わらない様子のシンディにフィオナは呆れつつ答える。


「で、そのアリスちゃんは?」


 子爵家の出身でもあるにもかかわらず、フィオナが仕込んでいる鍋の中身をお行儀悪くつまみ食いしようとするシンディ。

 その手をはたきながらフィオナは答える。


「今は応接間で休んでもらってる」

「せっかくだから料理も手伝ってもらえばよかったのに」


 何気ないシンディの発言に、フィオナは口をとがらせながら言う。


「……料理もできたら、私の存在感がなくなるじゃない」

「あははは! そりゃそうだ……って痛い痛い!」


 フィオナは無言で木べらの持ち手部分でシンディの腕を二度三度はたいた。


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