第十八話「続き」
昨晩は悶々としたままベッドで横になり、気付いたら朝になっていた。
居候の身。
いつまでも横になっているわけにもいかないので着替えを終えると、丸まっていた青を抱え階段を降りる。
「ふぁ……」
「ナオキくん、おはよう。昨晩はよく眠れたかしら?」
大きな欠伸をしていると、俺が降りてきたことに気付いたエレナがニコニコと話しかけてくれる。
「お、おはようございます」
下に降りればエレナと顔を合わせることは分かってはいたが、想定よりも早いタイミングであった。
「昨晩はエレナさんのおかげで寝不足ですよ……」
一瞬狼狽えながらも、口を尖らせながらエレナに対して軽い抗議。
「あらあら。だったら睡眠の手助けをするお薬を出してあげればよかったかしら?」
「……そんなのがあるんですか?」
「ええ、使い過ぎはよくないけど」
「もし次寝れない時があったら使わせてください」
「もちろん。さぁ、朝食ができてるから運ぶの手伝ってもらっていいかしら?」
「はい」
青は腕から解放し、俺はエレナの後に付き従い、皿や料理を食卓に並べていく。
準備を終えると、席に着く。
「召し上がれ」
「いただきます」
今朝のメニューは焼いたパンに、サラダ、スープ。
パンはおととい俺が買って来たパンの残り。
そのまま食べれば非常に硬くてとても食べられたものではないが、エレナがスープに浸しながら食べているのを見て真似する。
(おいしい……)
スープも見た目ではこれまで食卓に並んだスープと一緒に見えたが、全然別物。
パンを浸すことを想定して作られているようで、濃いめのスープがパンと非常にマッチして新たな味を提供してくれている。
焼いてもまだ噛み応え抜群であったパンもスープに浸すことで、ちょうどよい食感へと変化した。
青は硬いパンをぼりぼり齧っていたが、それを静止し、青にもちゃんとした食べ方で食べてもらおうとちぎったパンの欠片をスープに投入してやる。
(うん、ありがとう。このままでも美味しいけど、なるほど。こうやって食べるとよりおいしいね)
人前で喋るわけにはいかない青が念話で感謝の言葉を送ってくる。
平皿に入ったスープを首を伸ばして器用に飲んでいた。
そんな俺の行動を、エレナはにこにこしながら見ている。
昨日はあれ以上ラフィとの関係について言及されるのを恐れ、逃げ出してしまったが、冷静に考えてみるとエレナはとてもいい人だと思う。
(正直、エレナさんからすればどこの馬の骨ともわからない相手が大事な娘につきまとってるわけだよな)
もし仮に俺に娘がいたとする。
そんな大事な娘がある日、誰とも知らぬ好きな人を連れてきたとしたら。
俺なら冷静でいられる自信がない。
ましてや同じ家に泊め、食事まで提供することができるであろうか。
(まぁ、ただエレナさんの場合、ラフィ達が可愛いのは間違いないけど早く結婚して欲しいという思いも強いんだろうな……)
ここ数日の親子の会話を見ていても、エレナは娘達に「早く結婚しろ」というニュアンスの言葉を度々口にしていた。
(結婚して欲しいという願いの後ろには、孫が見たいという思いも当然あるだろうし)
木製のスプーンでスープを口に運びながら考える。
「何だか難しい顔をしてるけど、どうかした?」
「いえ……特には」
言葉を濁した。
(このままエレナさんの厚意に甘えることもできるが……)
今朝はエレナから昨日の話に敢えて触れないようにしていることがわかる。
一度、口に出すのは躊躇ったが、持っていたスプーンを机に置き、再度口を開くことにした。
「エレナさん、昨日の話の続き」
「ナオキくんから昨日の話題を振ってくるとは思わなかったわ」
「……エレナさんは俺に責任を取るように言ってましたけど。
それは、その……ラフィとけ、結婚するようにってことでしょうか?」
エレナはくすっと笑う。
「あら、ラフィと結婚してくれるの?」
昨晩の鋭い視線は鳴りを潜め、両手をあわせ、嬉しそうな表情を浮かべる。
「い、いえ」
「……結婚してくれないの?」
と思ったら虎の尾を踏む発言になってしまった。
「冗談よ。そんなにかたくならないで」
鋭い視線を向けたのは一瞬のことで、すぐ元の表情にエレナは戻る。
「もちろんあなたとラフィが結婚しれくれるなら私は大歓迎だけど、そこまで強制はしない。
そこまではね」
「あはは……」
「ナオキくんだってラフィのこと嫌いじゃないんでしょう? 親馬鹿かもしれないけど、ちょっと不器用なところはあるけど何事にも一生懸命で可愛いわよ?」
「知ってます」
「そう。なら、あの子の想いは伝わってなかったみたいだけど、ナオキくんがラフィのことを少なからず思ってくれているということで私は良しとしましょう。昨日で十分にラフィのことを女の子として意識するようになったかしら?」
「それはもう……」
おかげで昨晩は何も考えまいと思ってもラフィのことを意識し、枕に顔を埋め、無理矢理寝ようとしたら、こんどは香りからラフィのことが思い起こされ悶絶し、一晩中そのようなことを繰り返していた。
「私……俺は確かにエレナさんに言われて、ラフィのことを考えてみれば、ドキドキして、この感情は多分好きってことなのかと思いますが、何より恋愛とは無縁で生きてきたもので」
「男らしくないわね」
「今はこのなりなので、許してください」
「それもそうね」
エレナはくすくすと笑いながら応じてくれる。
「それにエレナさんは、俺とラフィが一緒になるのを望んでくれてはいますがラフィが好きなのは男であった俺であって、今の俺ではないのでは?」
「大丈夫よ。あの子はナオキくんの内面に惚れたのだから、決して姿形が変わったところでその思いは変わらないわ」
「ですが……」
「あと、女の子になっちゃたから子供ができないこととかも気にしているかもしてないけど、それも心配しないで。私はラフィが幸せならそれでいいの。だから、そうね。昨日は責任を取るように迫ったけど、私としてはナオキくんがラフィと一緒にいてくれるだけでも満足なの。
帰省して、あなたと一緒にいるラフィは楽しそうだから。
ああ、もちろんできるならばあなたとラフィの子供を見てみたいものだけど」
「そう……ですか。俺も普段から素のラフィを見てみたいですね」
「ふふふ。だったら直接言ってあげるといいわよ。
まどろっこしいからナオキくんが早くラフィに好きって伝えてくれれば終わるんだけど?」
「うっ……」
俺は再び目を泳がせるが、その様子をエレナは楽しそうに眺めていた。
「さぁ、ずっと話していたらせっかくの料理が冷めちゃうわ。
食事の続きをしましょう」
「そうですね」
エレナの意見に賛同し食事を再開することにした。
それでもやっぱり、俺はこのままでいいのか、そしてラフィが帰ってきたらどう接するのが正解なのか悩むのであった。




