第七話「爆弾投下」
ラフィのお母さんの名前はエレナと言う。
何故名前が分かったかと言うと、俺がうっかり「おばさん」と呼んだら、すごくいい笑顔で、
「私のことはエレナさんかお姉さんって呼んで欲しいかな」
と言われたからだ。
俺はコクコクと頷いた。
友達のお母さんだからという理由で安直に「おばさん」と呼ぶのは失敗であったようだ。
なので俺はラフィのお母さんを "エレナさん"と名前で呼ぶことにした。
出会い頭、エレナに満足いくまで抱きしめられあちこち触られた後、ようやくラフィが俺の紹介をしてくれた。
色々と聞かれるかと身構えていたが、エレナは微笑み「ようこそ我が家へ」と難なく受け入れてくれた。
現在、俺達はラフィ家の食卓を囲んでいる。
食卓に並べられていく料理を見れば、ラフィが玄関扉に手を掛けたタイミングで偶々エレナが家から出てきたのではなく、今か今かと娘が帰ってくるのを心待ちにしていたことが伺えた。
食卓には椅子が四脚置かれており、俺はラフィの横に座った。
ラフィの正面にエレナ、その横には青が陣取った。
青は椅子に座っているというよりは机に置かれているとの表現が正しい。
今回のラフィ家滞在中に青をぬいぐるみとして押し通すのは難しいと二人で判断し、最初からエレナに青のことも紹介した。
特に嫌な顔を見せることなく、エレナは青も歓迎した。
賑やかなのは嬉しいとのことだ。
ペット……どころか魔物を家に招き入れるのは抵抗があるかと心配していたが、エレナが心の広い人で助かった。
「さぁ、召し上がれ」
エレナの合図で食事を始める。
出来立ての料理を口に運ぶ。
その味はお世辞抜きに、お店が開けるのではと思うくらいに美味しい。
夢中で食べる傍ら、エレナはニコニコと俺とラフィが食べる様子を眺めていた。
「ラフィがおうちにお友達を連れてきてくれるなんて何年振りかしら」
「友達じゃなくて弟子」
「ふふふ、そうだったわね。でも、昔は弟子をとらないとか言ってたのに、どういった心変わり?」
「……別になんとなく」
ラフィに弟子がいたとは聞いたことがない。
だが、魔術学園で教授に籍を置いていると聞いているので、教え子はいそうだ。
(学校の先生が教え子を家に連れてくるわけもないし、弟子とはまた違うか)
そんなことを考えていると、皿に盛られた料理をペロリと完食。
大皿に盛られている料理を小皿にお替り。
青が視線で「僕にも」とせがんでくるので、青の小皿にも盛ってやる。
「急に帰ってきたけど、今回はどのくらいうちにいるの?」
「一週間くらい」
ラフィの答えに、エレナはやや不満気な表情を浮かべる。
「せっかく帰ってきたんだから、もうちょっとゆっくりしていてもいいのよ?」
「……色々と行きたいところがあるから」
「うーん残念。でも一週間は家にいるのね! 今はそれでいいわ」
会話はラフィの家族の話に移っていく。
「お父さんは?」
「暫く忙しくて帰れないみたいよ。ラフィに会えないって残念がってたわ」
「そう……姉さんは? 家にいないみたいだけど」
食卓の椅子の数からは予想ができたように、ラフィは4人家族であることが判明した。
あまりプライベートの会話をしていなかったため、ここに来るまでラフィにお姉さんがいるというのも初耳だ。
「ミリィはお使いね。多分明後日には帰ってくるわよ」
ラフィのお父さんが何をしている人かはわからなかったが、どうやらラフィのお姉さんであるミリィはエレナのお手伝いとして薬屋を一緒に切り盛りしているみたいだ。
ラフィのお姉さんの話に移ったところでエレナは初めて物憂げな顔を浮かべる。
「ミリィもいつまで経っても結婚しないのよね……」
「……そう」
ラフィは居心地の悪そうな返事をする。
当然の帰結として、攻撃対象はすぐラフィに移り、エレナから「結婚はまだか」「子供はまだか」との追及を受け、ラフィはたじたじになっていた。
世界は変っても親が子に思うことは変らないのだなと実感する。
(まぁ、ラフィの見た目は十代だけど、実際の年齢は大分上だろうしな)
食後のお茶を頂きながら、ラフィを横目に見ながら、そんなことを考えていると、
『ナオキ、何か失礼なこと考えてるでしょう?』
念話がとんできた。
『いや、なにも』
間髪いれずに俺は返す。
食事の後も、お茶を入れたりと忙しく働いていたエレナも一息ついたようで再度席に着く。
「ラフィ、お風呂をいれておいたから入ってきなさい」
「うん。なら、アリスが先に入っちゃって」
はい、と俺は返事をしようとしたら「あら」とエレナが微笑みながら、
「一緒に入ればいいじゃない?」
と爆弾発言を投下してくれた。
「お母さん、アリスは十歳。もう一緒に入る年齢じゃない」
「そうかしら? ラフィが十歳の頃なんてまだお姉ちゃんと一緒にお風呂入っていたでしょう?」
「そうだけど……」
「お弟子さんとはいえ、ラフィはお姉さんなんだから面倒を見てあげないと」
エレナの言葉にラフィは言葉を探す。
ラフィ、明らかに劣勢。
「あの、私は一人で入れますから大丈夫ですよ」
そう、その通りだと言わんばかりにラフィはコクコクと頷くが、エレナは素気無く却下。
「ふふふ、無理しなくてもいいのよ。確かに、十歳にもなれば何でも一人でやれると思いたがるものだけど、甘える時に甘えておかないとね」
いや、もう甘える年齢じゃないので。
ついでに言うと、俺は元男なのでラフィと一緒にお風呂に入るのは色々問題がある。
と、本当のことを言えれば楽なのだが言えない。
だが、幼い俺の訴えは背伸びしているだけと軽くあしらわれる。
俺では説得困難。
(ラフィ、頼んだ……!)
当然、ラフィも俺と風呂に入るなど絶対に嫌なわけだ。
俺がああだ、こうだ言っている僅かな時間ではあったが多少は時間を稼いだ。
やんわりと一緒にお風呂に入るという行為を断る、よい理由は見つかったことだろう。
ラフィも「あとは任せて」と言わんばかりに、小さく頷いた。




