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第四話「気持ちのいい朝」


 気持ちのいい朝だった。

 ほのかに香ってくるパンを焼いている匂いで目を覚ます。


「ふぁ~」


 大きな欠伸を一つ。

 今日もよく眠れた。

 つい先日まで、これでもかというほど眠っていたが、あれはノーカウントとする。

 俺の記憶でのここ最近の睡眠といえば、隊商生活でのベッドとは縁のない野営場所での睡眠、そしてお世話になった伯爵邸での睡眠。

 伯爵邸でも心地よい睡眠ではあったが、どう見てもVIP待遇の部屋での枕は、小柄な俺には高すぎた。

 加えて、そもそもが庶民感覚なので部屋を彩る高そうな装飾品の数々、あまりにも身の丈にあっていないそれらのせいもありどこか落ち着かなかったのだ。

 それに比較してもこの宿のベッドは素晴らしい。

 さすがラフィが脇目もふらずに「ここ」と目指した宿。

 一泊のお値段はそこまで高くないにも関わらず、ほのかに部屋を包む木の香り、ほどよい柔らかさのベッド、そしてちょうどよい高さの枕。

 ここ数日残っていた倦怠感がきれいさっぱりなくなっていた。


(素晴らしい宿だ)


 加えて朝食もパンと果物とシンプルでありながら美味。

 朝食も楽しみであり、朝起きるのを苦痛に感じない。

 宿の場所と名前は憶えておこう。

 なんなら森都に滞在する間はずっとここを拠点に活動してもいい。 

 まだ覚醒しきっていない身体を動かしゆっくりと毛布から抜け出す。

 すでに季節は夏。

 だが、布団から出ると薄着の今の姿では、森都の朝はまだ少し肌寒さを感じた。


「ん……」


 同じベッドで寝ていたラフィが俺が抜け出したことにより外気が肌に触れたたためか少し身震いする。

 毛布が少しずれてしまったのだ。

 俺はそれを掛け直しながらラフィの寝顔を間近で覗き込む。


(きれいだな……)


 雪のような白い肌。

 普段は帽子を被っているため、隠れている透き通るような青い髪。

 寝顔はあどけないものだ。

 俺は無表情はラフィが装っているものだと知っている。

 最近は時折、色々な表情を見せてくれるようになったが、まだまだ少し俺とラフィの間には壁があるのだ。


(しっかしきれいな髪だよな)


 アニエスとはまた違った魅力がある。

 口うるさくアニエスに髪の手入れを言われるので、昔の俺では考えられない視点で人を観察するようになってしまった。

 どんな手入れをしているんだろうと思いながら何気なく、そっとラフィの髪に手を触れ、いつのまにか目を覚ましていたラフィと、ばっちしと目が合う。


「おはよう、ラフィ」


 俺は何もやましいことはしていない。

 にっこりと、何気ない動作で、当たり前の挨拶を当たり前に行う。

 何もおかしなところはない。 

 内心冷や汗。


「ん、おはよう」


 そんな俺の焦りとは裏腹にラフィはゆっくりと起き上がり挨拶を返してくれた。


「もう、朝なのね」


 なんだか眠そうであった。


「寝つけなかった?」

「…………そうね」


 何故だか目を三角にして見られた。

 何なんだ。


「ナオキはよく眠れたみたいね」

「ああ。さすがラフィが選んだ宿だ。ゆっくり寝れて、体調も万全だよ」

「……それはよかったわ」


 やや呆れたような口調でラフィが言う。


「ほら、青も起きなよ」


 机の上で丸まっている物体をちょんちょんとつつくと、翼をゆらゆらと上げながら応えてくれる。


「どうせ君達は朝食を食べてから宿を出るんだろう?

 なら僕はもう少しゆっくりさせてもらうさ」


 くぁーと欠伸を一つ。

 この姿に元の竜の面影を一切感じない。

 これでは飼猫と変わらないと思うが、残念ながら何も知らぬ人が見れば、やはり青は魔物にしか見えないので、宿に泊まる際は今後もぬいぐるみに擬態させるしかなさそうだ。


「んじゃ朝食に行くための準備でもするか」


 ポイポイと服を脱ぎすてて着替えていく。


「ラフィは着替えないの?」


 俺の質問にラフィはやや赤面。


「……本気でいってる?」

「いいえ、冗談です。はい」


 何気ないセクハラをかましてしまった。

 そりゃそうだわな。

 俺を男と知っているのに目の前で着替えられるわけがない。

 半裸のまま俺は脱ぎ捨てた服を回収し、いそいそと畳み、収納ボックスに納める。

 何を着ようか頭を悩ませ、せっかくなので共和国で半ば強制的にローラから渡された服の中から一着をチョイス。

 碧色のワンピースだ。

 着やすいし、アニエスに貰った髪飾りとも合うだろう。

 髪を整えるのは時間が少しかかるのでラフィが着替え終わってからにしよう。


「んじゃ、外で立ってるから着替え終わったら教えてくれ」

「うん」


 外に出ようとした時、コツコツと何かを叩く音が聞こえる。

 音の方に視線を向けると、赤茶色の梟が窓をコツコツと嘴で叩いていた。

 何だと思い、窓を開けてやると、バサッと翼を広げ俺を無視してラフィの方へと向かう。

 よくみると梟の足は白い筒を持っていた。

 手紙だ。


「ありがとう」

 

 梟はラフィに頭を軽く撫でられると気持ちよさそうに身体を伸ばし、青を視界に収めると、あんなに目を細め気持ちよさそうにしていたのに目を見開き、慌てて飛び去ってしまった。

 俺も撫でたかったのに。

 ラフィも名残惜しそうにしていたが受け取った筒から中身を取り出し、手紙を読む。


「誰から?」

「お母さんから」


 昨日、家に帰る前に手紙を出しておくとラフィが言っていたのを思い出す。

 ラフィの横から顔を出し、文面を見る。

 ただ一文、真っ白な紙にスラっとした綺麗な文字が書かれていた。


 "最愛の娘へ 待ってます"


 どんな人柄かは全く知らないが、ラフィのお母さんらしい簡潔な文だと思った。

 短い一文ではあるが、ラフィはそれを嬉しそうに長い時間をかけて読む。

 

「んじゃ、今日はラフィの実家に行く予定ってことでいいのかな?」

「ええ。そうね」


 今日の予定が決まった。

 ラフィの実家、楽しみだ。

 

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