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第一話「森都」


「あなた、お名前は?」


 ずっと一人だと思っていた場所に少女は突然現れた。

 少女の瞳はキラキラ輝いており、その質問に対して無下に返すのは悪いと思った。

 だが残念なことに少女の質問に答えるのに窮する。

 名前を知らなかった。

 私は一括りで呼ばれるものの一つ。

 厳密に言えば知らないのではなく、個々に付けられる名称が私には存在しないのだ。

 この少女の瞳を曇らせたくないと、悩んだ挙句、結局は正直に知らないと答えた。

 少女は私の答えを聞くと、首を傾げた。

 だがすぐに少女はにこりと笑い、私に向かって言ったのだ。


「なら私と同じだね」


 最初にしたことはお互いに名前を付けた。

 二人だけの名前。

 二人だけの秘密。

 それから私は少女と二人で長い時間を共に過ごした。

 何度季節が廻ったかも忘れるくらい。

 ずっと二人一緒だと思っていた。

 だが、何時しかまた一人になっていた。

 一人になってから、何度季節が廻ったのだろうか。

 私の名前を呼んでくれる者はもういない。


「女王様。王国からの客人が到着されました」


 微睡みから意識が覚醒する。



 ◇

 


「「ニルディヴィア!」」


 言い終わると同時に、身体が魔力で覆われた感触。

 プツンとテレビの画面が切れたように、一瞬視界が消え、身体を支えていた地面が消え空中に投げだされたかのように錯覚する。

 が、それを認識したと思ったら景色が変わっていた。

 樹だ。

 遠近感がおかしくなったとしか思えない、巨大な樹が目の前にあった。

 俺が転移した場所はちょうど森都を一望できる丘になっているようだ。

 暫くそこから見えるものに目が離せない。

 巨大な幹はいったいどのくらいの太さがあるのだろうか。

 それを支柱にし、空を覆わんばかりの傘が広がっている。

 樹々から伸びている枝、その先の葉は淡い青色に発光し、街全体を優しく照らしていた。

 その樹こそが国を森国(しんこく)、都市が森都しんとと呼ばれる所以であり、象徴である世界樹であることがすぐにわかる。

 やがて周囲に続々と騎士団も転移ししてくる。

 続けてアニエスも。

 一瞬、世界樹を見て、目を輝かせていたがすぐにお姫様としての表情を取り繕う。

 アニエスから遅れて後続の騎士団も転移してきた。

 その集団の中には俺も知る人、ローラやエルドン伯爵も含まれていた。

 ローラはすぐにアニエスの後ろへとつく。

 同じように横に立つかと思われたエルドン伯爵は顔を真っ青にしてあさっての方向へと向かい突然走り出した。

 何処へ行くのだろう。

 というか誰も止めなくていいのかと疑問に思いながら眺めていた。

 エルドン伯爵は、広場の外周まで到達すると屈みこむ。


(どうしたんだ?)


 首を傾げていると、嘔吐している音が耳に届く。


「転移酔いよ」


 口には出していなかったが、俺の知りたかった答えをラフィが教えてくれる。


「転移酔い?」

「そう。よくある症状。アレクとかも転移するとあんな感じになる」

「へえ」


 乗り物酔いみたいなものと理解する。

 思い出してみると王都や共和国の転移陣外周にも水路が設置されていたことを思い出す。

 水路は広場の景観の為にデザインされたものと思っていたが、転移酔いになった人の為に設置されている施設ということか。


(広場にぶちまけられたら嫌だしな)


 衛生面でも最悪だ。

 世界樹の幻想的な光景も台無しになる。

 ただ、今回はエルドン伯爵以外に、水路でうずくまっている姿は確認できない。

 今回ついて来た騎士団は慣れているということか、はたまた気合で耐えているのであろう。

 少し心配になり、もう一度アニエスを見てみるが、表情は多少疲れているかもしれないが、元気そうであった。

 王国の騎士団はアニエスを中心に整列する。

 ちょうどのタイミングで広場に新たな集団が入ってきた。


「王国の姫よ。遠路はるばる、ようこそ我が国へ。歓迎いたします」


 先頭の男が話す。

 俺達と違った長い耳が、男は長耳(エルフ)族であることを示していた。

 ラフィよりは幾分か色素の薄い髪、にこやかな微笑みを浮かべている男はくやしいことに美形である。

 男の姿を見たラフィが一瞬ぴくッと反応を示したようにも見えた。


「お出迎え感謝します」


 アニエスは男の言葉にニコリと微笑みながら対応する。

 男の周囲を兵が護衛するように立っていることから、森国側のお偉いさんと推測した。

 ここから先、本来であればエルドン伯爵が応対するはずなのだが、その人は現在話せる状態でない。

 代わりにといった様子で騎士団の一人が進み出て、男との挨拶を始めた。

 俺はラフィと二人、その集団には混ざらず眺めている。

 共和国滞在中、まぁ目を覚ましてからそんなに時間はなかったが、エルドン伯爵に頼まれ、共和国のお偉い方々との会合に顔を出すということもあった。

 衣食住提供してもらったささやかなお礼だ。

 では森都ではというと、今回はあくまでプライベートな旅。

 もちろんエルドン伯爵から同行して欲しいとの相談は受けたが、俺はやんわりと断った。

 国が変わっても偉い人との面会というものは気をつかう。

 それに俺にはそういった場で必要な礼儀作法の知識が皆無であるため、出席することで逆に王国の品位を損ねる恐れもあるからだ。

 エルドン伯爵もあわよくばくらいの要請であったようで、理由を話すと素直に引き下がってくれた。

 というわけで森都滞在中は思いっきり羽を伸ばすつもりだ。

 ……まぁ、どこに行こうかとかは何も考えていないので色々とラフィ任せではあるが。 

 やがて王国と森国側の簡単な挨拶が終わり、移動するようだ。

 移動の際に、先程の男が何故かこちらに近付いてきた。


「誰かと思えば、久しぶりだな」


 声を掛けられた。

 え、誰と俺は思わずにはいられない。

 全く記憶にないので、はてなと首を傾げるが。


「うん。久しぶり」


 ラフィが男の言葉に返事を返す。


「色々と言いたいことはあるが今日は時間がない。またいずれ」


 それだけ言い残すと男は集団を引き連れ去っていった。


「知り合い?」

「そう」


 ラフィはそれ以上のことは教えてくれなかった。


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