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第四十六話「仲直り」

 心地よい夢から意識が覚醒する。

 目を開き、ゆっくりと身体を起こす。


「うっ……」


 身体が重い。

 これは魔力を使い果たした時の虚脱感によるものだろうか。

 だが、俺の感覚では魔力は大分回復していた。

 原因はよくわからない。

 そこまで思考し、俺はベッドで寝ていたことに気づいた。

 俺の最後の記憶は、獅子炎帝イフリートを召喚し、大蛇を屠ったところまでだ。

 その後どうなったんだ。

 そもそも、俺が戦っていた場所の周囲に家はなく、もちろん暖かいベッドなんてものはない。


「ここは?」


 何とはなしに、疑問が声に出た。

 誰かの答えを期待していたわけではないが、即座に答えが返ってきた。


「こちらはマキナ共和国にあります、エルドン伯爵の別邸でございます」


 声のする方へと目を向けると、穏やかな微笑みを浮かべたメイドが立っていた。

 栗色のふわっとした髪。

 俺が知っている人物。


「え、ローラさん?」


 そう、そこに立っていたのはアニエスの教育係であり、王城のメイドでもあるローラであった。


「はい、お久しぶりです勇者様」

「どうしてローラさんが?」

「経緯を説明しますと、少し長くなりますが――」


 と、ローラが言いかけたタイミングで、部屋にある扉が開く。

 金髪をなびかせ、一人の少女が入ってきた。


「ローラ、アリスの様子は――」 


 俺と目が合う。

 美しい金髪、人形のように整った顔、吸い込まれるような碧い瞳。

 アニエスであった。

 王国のお姫様であり、王都では同室で暮らす仲。

 俺が慕う「姉さん」でもある。

 そして絶賛喧嘩中。

 予期せぬ再会に俺は固まる。

 アニエスも俺が起きているとは思っていなかったようで、動きを止めたまま、目を二度三度と瞬く。


(気まずい……)

 喧嘩の原因は、アニエスが俺を剣舞祭の観戦に誘ってくれたのが嘘であり、騙されたことに俺が怒ったためだ。

 観戦を楽しみにしていたが、実は俺を剣舞祭の会場に連れ出したのは出場させることが目的であったのだ。

 国王の勅命によるものであったことから、アニエスも断るに断れなかったのだろうということは理解している。

 ただ、この身体の精神年齢らしく、騙されたことに怒り、暫くアニエスとは口を利かないと決意し、その後なかなか時間が合わず仲直りの機会を失ったまま俺は旅に出てしまった。

 アレクに、この話をしていたら間違いなく「大人気ねえ!」って爆笑されていたことだろう。

 俺もそう思う。

 アニエスに対する怒りは既におさまっており、寧ろ何度も謝りに部屋に来てくれたのを無視していたので、俺の方が気まずい。


(何て声をかければ)


 そもそも、実態は俺の方がアニエスよりも年上なのだ。

 ここは俺の方から口火を切るべきだろう。

 だがそれよりも早く、


「アリス、よかった!」

「ぐへぇ」


 思いっきり抱きつかれた。

 勢いそのまま、ベッドに組み伏せられる。

 ローラが「姫様、はしたないですよ」と注意するが、アニエスには届いていない。


「馬車で移動していたらすごい音がして、大きな音と一瞬アリスの姿が見えたから駆けつけてみたら、アリスもラフィ様も倒れてるし……。身体の方は大丈夫なの? お医者様はただの魔力切れっておっしゃったけど、ラフィ様は起きてもアリスはいつまでも目を覚まさないし、このまま目を覚まさないんじゃないかって心配したわ」


 どうしてアニエスが通りかかったのか、偶然通るような場所ではない。

 いろいろと疑問は尽きないが、今は後回しだ。

 至近距離にアニエスの顔。

 まっすぐと俺の目を見つめてくるその瞳にはわずかに潤んでいた。

 どれだけ心配をかけたのか、十分俺に伝わった。


「アニエス姉さん、心配をお掛けしました」

「身体の方は大丈夫なの?」

「はい。少し倦怠感が残っていますが……」

「そうね、顔がまだいつもより元気がないわね」


 ペタペタと俺の頬に触れながらアニエスが続ける。


「ラフィ様からも事情は聞いているわ。

 アリスが全力で戦わないと敵わない相手だったって。アリス、戦ってくれてありがとう。

 きっとアリスが戦ってくれなかったら、たくさんの被害がでてた」

「いえ、偶々あの場所に居合わせたので。……ほっておけないですし」

「アリスは優しいのね」


 にこりと微笑むアニエス。

 間近で見た俺は少しドギマギしてしまった。

 直視できず、すこし横に視線をずらす。


(俺が男だったらやばかったな……。いや、元男だけど)


 平静を取り戻そうと、少し話題を変える。


「その、アニエス姉さん」

「うん、なに?」

「ずっと避けててごめんなさい」


 恥ずかしいというよりも、気まずいといった理由で視線を外したように見せる、俺の巧妙な策略だ。

 そんな策略とは思いもしないアニエスは素直に受け止めてくれた。

 

「ううん、アリスを騙したのは私。悪いのも私。アリスが怒るのも当然よ。

 目立つのが嫌いなのを知っていたのに、ごめんねアリス」

「いえ、アニエス姉さんの立場を私も理解してましたので」

「それでもごめんね、アリス」


 予想しない再会ではあったが、どこか俺はアニエスと仲直りできたことを安堵した。

 やはり喧嘩別れのまま王都を出てしまったことは胸のしこりになっていたのだ。

 

「姫様、アリス様は起きたばかり。加えて、数日の間何も食べておられないのです。

 お話の続きは、朝食を食べながらにしませんか?」

「それもそうね! ごめんなさい、アリスが目を覚ましたのが嬉しくて何も考えていなかったわ。

 私もまだ食べてないから一緒に朝食にしましょう!」

「はい。私はアリス様の身支度のお手伝いをしますので、姫様は先に行っていてください」

「はーい。ローラよろしくね。また後でね、アリス」


 アニエスはようやく俺の上からどくと、笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。

 

「では、勇者様、服を着替えましょうか」


 その手には、いつの間にか服が準備されていた。

 多分というか、間違いなく俺の背丈にぴったりと合う手持ちにはない服。

 そもそも俺の服は収納ボックスにしまってあり、ローラが取り出すことはできないはずだ。

 

「なんで俺の服が準備してあるんですか?」

「メイドたるもの、どんなことが起きても対処できるように準備しておくものです」


 にっこりとローラは楽しそうに微笑んだ。


ついに5000ブクマに到達しました!

感謝、圧倒的感謝っ……!

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