第四十話「白蛇」
「ただのでっかい蛇、ってわけはないよな……」
ボヤキながら、出現した大蛇を見る。
不明 レベル1
霧の鬼と同じ情報。
つまりは何もわからない。
だが、明らかにこの大蛇から放たれる圧は、霧の鬼とは格が違う。
「Syaaaaaaaaaa!」
「……ッ!」
赤い瞳を爛々と輝かせた大蛇が突進してくる。
横に跳び回避。
巨大な質量が地面を抉る。
攻撃自体は単純。
避けることは難しくない。
ただ、
「さっきのよりも、よっぽど生き物らしいね」
頭上の青がポツリと言う。
そう、霧の鬼は音のない不気味な存在であった。
だが目の前にいる大蛇は声を発し、明らかな敵意を持って俺へと攻撃を仕掛けてきた。
頭の隅で姿を消した仮面野郎を追うべきか思案する。
明らかに、今日起きた一連の出来事について詳しく知っているはずだ。
捕らえる価値は十分にあるが。
「探索する術がほとんどないから、全力で逃げられたら尻尾のつかみようがないか……」
堂々と戦ってくれる相手はやりやすいが、どうもコソコソ立ち回るのを相手にするのは苦手だと自覚する。
(先程の話の一部が本当だとすれば、目の前の大蛇は白い霧、つまりは膨大な魔力から召喚された存在と考えられるが)
あくまで推測。
何の確証もなく、加えて言うならば、仮面野郎の言葉をどこまで信用していいのかも判断できない。
何が本当で、何が嘘なのか。
もちろん全ての言葉が偽りであった可能性もあるわけだ。
(こういう時はアレクがいると心強いな……)
アレクがこの場にいれば、口巧みにもう少し仮面野郎から情報を掴めたかもしれない。
「とりあえず、こいつをどうにかしないとな」
真っ白な鱗に覆われた大蛇。
前の世界であれば、白蛇は縁起のよい存在とされていたが、現状、俺にとっては厄介ごと以外の何ものでもなかった。
災厄をもたらす存在と言ってもいい。
レベル1であるはずだが、王都迷宮で戦った青の身体と対峙したときと同じレベルの感覚。
相当強い。
霧の鬼のように、初級魔術を当てれば終了というわけにはいかないだろう。
「突進といった単純な攻撃しかしてこないのであればいいが……」
そんな希望的観測を口にしたタイミングで、大蛇が口を開くのが見えた。
「――!」
やばいと感じ、咄嗟に跳躍。
空中へと身を躍らせる。
先程まで俺がいた場所に、大蛇の口からドロリとした液体が地面にぶちまけられる。
途端に、地面から煙が上がる。
溶けているのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「剣聖殿、これは……!」
俺とは別の声、クララだ。
霧が晴れたと同時に、霧の鬼も出現しなくなっていた。
新たな戦闘音を聞き、こちらに駆けつけてくれたのだろう。
(まずい……!)
木々をかきわけ、駆け付けてくれたクララの位置は不幸なことに大蛇の近い位置。
そして大蛇は、俺を集中して狙うように刷り込まれているわけでもない。
霧の鬼と同じ習性で、もっとも近くの人に狙いを変更した。
つまり、クララに。
「……!」
大蛇の双眸がクララを捉えた。
クララもすぐに、攻撃対象が自身へと移ったことは理解したのだろう。
来た道、つまりは生い茂る木々へと身を隠し回避しようとするが、大蛇は大口を開け、溶解液を吐き出す。
魔術の心得があれば障壁を展開して防ぐことも可能だろうが、戦士職であるクララにそれらの心得はない。
まずい。
いくら凄腕の冒険者といえども、頭上から広範囲にばらまける攻撃を回避するのは困難。
《電光石火》
俺は迷わずスキルを発動。
紫電を纏い、クララの元へと加速する。
溶解液が直撃する寸前でクララの身体を抱き、離脱、地面を蹴り、空へと跳躍する。
紙一重だった。
空中で、先程までいた場所が、焼け焦げた臭いと共に、木々だけでなく、地面がえぐられたかのように溶けているのが見えた。
当たっていたらと思うと背筋がぞっとする。
地面に着地し、咄嗟にお姫様抱っこをしてしまったクララの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「た、助かりました」
「ちょっと、僕の頭に一瞬、ジュッって嫌な感覚がしたんだけど!」
クララが感謝を述べる一方、頭を不法占拠している青は抗議の声を上げる。
とりあえず、頭の上の抗議は無視し、クララを地面へと降ろし、問う。
「クララさん、この魔物は見たことありますか?」
「見た目はバジリスクに似ているとも言えなくはないが……」
少し考える仕草を見せ、言葉を続ける。
「バジリスクはこのような、地面を溶かす攻撃は持っていないはずだ。確かに毒素を含んだ液体をまき散らしたりはしてくるがな」
「やっぱり、ただの魔物ってわけではなさそうですね」
そして、この大蛇も、物理攻撃は効かない可能性が高い。
となると、今回の隊商に雇われている冒険者が戦うのは厳しい相手ということになる。
いくらクララ達率いる冒険者が凄腕でも、無理なものは無理だ。
一番いいのは、俺が大蛇を迅速に処理することだが、果たして簡単にいくかわからない。
(そうなると選択肢は多くない)
霧が晴れたこの状況であれば、馬車は速度を出して走ることができる。
冒険者が乗っている馬も同様だ。
「クララさん、こいつは私がひきつけますので、隊商の方を率いて、この場から離脱してください」
「しかし、いくら剣聖殿とはいえ、一人では……!」
「倒すのは難しいかもしれない。
けど、隊商が逃げる間、あいつの攻撃をひきつけて避けることくらいなら簡単だ。
逆にあなた達がいたら、動きにくい」
暗に「お前たちは足手まとい」と言っている言葉。
クララが激昂してもおかしくはなかったが、俺の言葉に素直に頷く。
「わかりました。隊商の方はお任せください。
その……、剣聖殿もお気をつけて」
「うん、こっちは任せて」
クララはすぐさま道を引き返し、隊商が集まっているである方へと向かう。
近くの人を優先かと思ったが、離れていくクララへと大蛇が溶解液を吐き出そうとする。
そうはさせない。
「はぁああああああああッ!」
大蛇の顔、横っ面をおもいっきし刀で叩き斬る。
一刀両断……できればいいのだが、硬い。
一撃で終わるという甘い希望は打ち砕かれる。
固定された壁をバットで力いっぱい殴ったような感覚だ。
痺れる感触が腕に伝わる。
だが、最低限の狙いである溶解液の方向は妨害できた。
「Syaaaaaaaaaaa!」
「さて、お前の相手は俺だ」
赤い瞳が間違いなく、俺へと狙いを定めた。




