第三十四話「後方の戦い①」
隊商の前から後ろまで、長い距離はない。
ベルンハルトが率いる甘味同盟の面々が後方へと駆け付けるのに、そう時間はかからなかった。
「なんだありゃ……」
戦闘は継続されていた。
その光景をみたベルンハルトの第一声は困惑に充ちていた。
赤目玉の白い魔物。
見たことがない種類だ。
しかし、動きは緩慢であり、Aランクチームである華月騎士団が苦戦する相手には思えない。
だが、ベルンハルトの予想に反して、戦闘は継続されており、華月騎士団は苦戦していた。
「ハルト、何で魔術師が一番前で戦っているの?」
サーシャの疑問は尤もであった。
白い魔物が振り回す長い棒状の武器を、本来は後衛であるはずの魔術師が防御魔術で防いでいた。
非効率極まりない。
敵が複数いてやむを得ない場合ならまだしも、敵は見たところ一体のみ。
ベルンハルトは華月騎士団のリーダーであり、前衛担当であるクララの姿を探すが、前線に見当たらない。
そして見つけた。
「負傷してるのか……!」
クララらしき人影は、横たわっており、治癒術師二人が治癒魔術を唱えているのが見えた。
不意を突かれたか、何らかの理由によりチームの要である前衛が欠落し、またリーダーでもあるクララ不在のため連携が上手くいっていないのかもしれない。
「双子、支援してやってくれ」
「はいよー」
「了解」
華月騎士団に所属する二人の魔術師が交代で防御魔術を唱えながら、なんとか攻撃を防いでいる。
しかし、防戦一方。
攻撃に転じなければ、消耗を強いられるだけに思えた。
(わからないな。何で、支援攻撃がこない?)
華月騎士団にも弓術士がいたはずだ。
攻撃する隙はいくらでもありそうだ。
疑問に思うが、その疑問はすぐに解消された。
双子の弓による攻撃が開始される。
精確にただ一点、煌々と輝く目を射抜く。
「えっ、何で!?」
「間違いなく当たったはずなのに!」
双子が驚きの声を上げる。
命中したと思われた矢は、敵を貫通し、ダメージを与えたように見えない。
ベルンハルトは一つの推測を口にした。
「物理攻撃が効かないってことか……?」
それならば実力者集団である華月騎士団が非効率な戦い方をしていることも、支援攻撃がないことも納得がいく。
弓で攻撃するだけ無駄。
物理攻撃が効かない魔物は珍しいが、存在する。
しかし、そういった魔物は決まって迷宮の奥深くにしかいないとされており、多くの冒険者には縁のない相手ではある。
そして、そんな魔物が王国内に出現したとは聞いたことがない。
どうしてこんな場所にといった疑問は残るが、今大事なのは物理攻撃の効かない魔物が今目の前におり、目下、隊商が危機に晒されているということだ。
「そういうことならハルトの出番だね」
「ハルトいってらっしゃい」
「お前ら……」
だが、双子の言葉は尤もであった。
ベルンハルトの職は魔剣士。
物理攻撃が効かない、白い魔物を相手するのに最も適しているだろう。
自分よりでかい敵に向かっていくのは正直遠慮したいのだが、他に適任者もおらず、やるしかない。
「俺しかいないか」
ぼやきながらもベルンハルトは馬を降りる。
元々、馬に乗る機会などそうそうないベルンハルトにとって騎乗戦闘の心得などない。
だったら普段通りの戦い方をした方がいいに決まっていた。
息を吸い込み、脚に力を込め、一気に接近する。
「次の攻撃のタイミングで退け! 俺が受け持つ!」
ベルンハルトの声に魔術師二人は頷くのが見えた。
白い魔物が攻撃動作で振りかぶる。
魔剣士という職は大きく二つのスタイルに分かれる。
攻撃に重きを置いた者と、防御に重きを置いた者。
ベルンハルトは後者であった。
「《魔盾》!」
左手をかざし、魔術による盾を展開し、白い魔物の攻撃に割って入った。
斥力が生じ、攻撃から身を守る。
物理攻撃が効かないとわかっていなければ、剣で攻撃を防ごうとしていたことだろう。
「くっ……!」
図体がでかいこともあり、一撃が重い。
ベルンハルトは苦悶の表情を浮かべる。
その隙に魔術師が前線から後退。
魔術師は白い魔物の攻撃を防ぐためには強度の高い魔術防壁を張る必要があったため、集中力と詠唱を要した。
だが、ベルンハルトという盾が加わったため、魔術師は心置きなく魔術を攻撃に回すことが可能となった。
「《火玉》!」
「《氷玉》!」
後退するなり、魔術師は即座に反撃の魔術を唱えた。
長い詠唱など必要ない。
突破できない盾に、更なる一撃を加えようと振りかぶった白い魔物に魔術が着弾する。
初級魔術とは思えない威力を秘めた一撃。
白い魔物は霞のように消え去った。
身の危険に怯えながらも確実に防御魔術を展開していた二人の魔術師には容易い仕事であったようだ。
「さすがは名高き冒険者チームだことで」
介入し、あっさりと終わった戦闘にやや拍子抜けする。
一撃の重さから持久戦をベルンハルトは覚悟していたため、少しほっとはした。
魔力で生成した盾を消す。
「うちにも一人くらい魔術師が欲しいね……」
ふうっと一息ついたタイミングで、サーシャの警告が耳に届く。
「ハルト……!」
「!」
咄嗟に回避出来たのは偶々。
運が良かっただけ。
背後からの一撃が右腕を薙ぐ。
痺れるような風圧。
振り向いた先には先程と同じ、赤い目を爛々と輝かせた化物が再び立っていた。
「なっ……!」
先程倒したはずでは!
心の中で悲鳴を上げながらも再び戦闘態勢に入る。
すぐに次の攻撃が迫る。
盾の生成は間に合わないと判断し、バックステップで横薙ぎの攻撃を回避する。
「これはきっついな……」
さらに霧の向こう、爛々と輝く赤い目がいくつも灯っているのが見えた。
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