第二十三話「vsレーレ」
獣人族の女性。
出発前の顔合わせ以降、直接会話をしたことはないが、あの時と変わらない、親しみやすそうな笑みを浮かべながら立っていた。
先程の攻撃はおふざけと呼べる威力のものではなかった。
反応できていなかったら、怪我を負っていただろう。
「確か剣士って言ってたはずだが、魔術も使えたんだな」
「冒険者にとっても情報は武器ですので」
ニコリとレーレは応じる。
その表情からは何を考えいるのかは分からない。
洞察力に優れている、そういった類の才能が俺にはないため考えるだけ無駄なのかもしれないが。
「ふーん。一応、スキルを使って身を隠していたつもりだけど。
魔術以外にも長けているのかな?」
俺の言葉にレーレはくすりと笑う。
「剣聖殿は何か勘違いしているようですね。使われているスキル《影隠》は万能な便利スキルではないですよ。
対処方法を知っていればどうにでもなります。
……まあ、凶悪なスキルであることに変わりはないですが」
奇襲攻撃を仕掛けてきた相手だが、会話には普通に対応してくる。
(何が目的だ……?)
先程の攻撃は幻ではあったのではないかと疑ってしまう。
今も何かこちらを攻撃してくるような構えはみられない。
「《影隠》の効果はあくまで認識の阻害」
「――!」
声がすぐ後ろから消えた。
背筋が泡立つ。
(いつの間に……!)
気付き、慌てて距離をとる。
しかし、余計にわからなくなった。
俺を害すつもりであったならば、今の攻防で終わっていた。
無抵抗なまま、彼女の勝利として。
レーレの言葉から推測するに、今彼女が行使したスキルは《影隠》。
それだけではない。
何かを組み合わせたか。
「一体何が目的だ……?
私達が隊商をこっそり抜け出したから、親切心で護衛してくれた……なんてわけではないよね?」
「ええ、もちろん。
しかし、目的ですか。
そうですね……名高き剣聖の称号とはどのようなものか試してみたかったということにしておきましょうか」
明らかに後付け。
本来の目的は別であると断言できる。
「それとも、勇者様の力を見てみたかったと言った方がよろしかったでしょうか?」
「……へぇ」
続けられたレーレの言葉に、俺は目を細めた。
そもそもだ。
俺が剣聖であるという話をどこで聞いたのか。
剣舞祭を観戦していた可能性もある。
(ジルダさんから俺のことを聞いた?)
レーレは商会の会長、ジルダと縁があると自己紹介をしていた。
剣聖であることはジルダ経由で聞いていたと言われば納得はできるが。
しかし、俺が勇者であるということを知っているのはごく一部に限られる。
ジルダもそこまでは知らないだろう。
かまかけだった可能性も残ってはいる。
だが、レーレの言葉は確信をもって放たれた言葉に思われた。
だから俺は否定をしなかった。
「よく知っているんだな。
一体誰から俺が勇者ってことを教えてもらったのか、聞かせてもらえないかな?」
取り繕う必要もない。
本来の素の口調で再度尋ねる。
「ええ、私を倒せたらお教えしましょう。勇者様の力、みさせてもらいます」
言い終わると同時であった。
レーレが地面を蹴り、剣を振りかぶり俺との距離を詰める。
先程の様な不意討ちではなく正々堂々と。
「……ッ!」
俺は未だにどうするか決断できずにいたが、振り下ろされる剣は対処しなければならない。
迎撃のため足に少し力をこめ、
「こっちですよ」
「――!」
正面で捉えていた筈のレーレがいつの間にか至近距離。
右耳、息遣いを感じれる距離から声が聞こえた。
先程と同じ。
(どういうカラクリだ……!)
だが、詮索はあと。
左足首、踵を軸にし、右脚を蹴り距離を取る。
しかし、その動きも読まれていた。
右から来た攻撃を避けたと思ったら、すぐに背後から気配。
迷いない一撃が俺を襲う。
崩された体勢になりながらも、刀を身体との間に咄嗟に滑り込ませた。
剣と刀が衝突。
火花が散る。
(おさえれない……!)
彼女の細い身体のどこにそのような力があるのか。
レーレの想像以上の膂力で、俺は身体ごと吹き飛ばされる。
(レベルも筋力も俺が上回っているはずなのに……!)
万全の体勢であれば押し負けることは絶対にない。
答えは単純。
元々のウェイト差。
俺のこの軽い身体だけはレベルでは補正できない。
浮いた身体では力を瞬間的に開放できないわけだ。
レーレの術中に嵌っているのだと理解する。
勿論、魔術で足場を形勢すれば、その弱点はある程度補正できるのだが……。
吹き飛ばされ樹に激突する寸前、魔術で衝撃を緩和。
樹を起点に体勢をたてなおそうと思案する。
「遅い」
「このッ!」
レーレの追撃。
今度は頭上に剣が振り下ろされる。
こちらの思った行動を阻害される。
再び剣を正面から受け、地面へと叩きつけられた。
驚くべきことにレーレの移動にスキルを使った形跡がない。
(いや、俺が気付いていないだけか……?)
身体を転がし衝撃を緩和。
立ち上がった際にも次の一撃が襲いくる。
放たれる剣。
ジンと比べれば粗い剣筋。
獣人族の特性を活かした膂力に任せた一撃ではあるが、ストラディバリの剣と比較すれば威力にも乏しい。
なのに俺は後手に回る。
「やりにくい……!」
そして気付く。
レーレを視界で捉えているはずなのに、予想外の攻撃が飛んでくる。
相手の動きが素早いと思っていたが。
「違う、位置を誤認している?」
「さすがに気付きますか。正解」
「――ッ!」
剣を防ぐ。
レーレは一撃で離脱。
鍔迫り合いを嫌っている証拠だ。
(カラクリの一端はわかったが、どうする!)
加えてレーレが俺に奇襲してきた際は魔術を使っていた。
魔術を警戒するが、飛んでくる気配は一向にない。
位置を誤認しているのも魔術によるものであろうか?
(いや、違うな)
レーレは分かっているはずだ。
魔術は余程の威力を秘めていなければ、俺には通じない。
なら答えは。
先程ヒント与えられていた。
つまり、
「《影隠》を応用しているのか?」
俺の呟きに対して答えは返って来なかったが、レーレは少し口角を上げたように見えた。
やはり、視界が突如ぶれ、レーレの攻撃が俺の側を掠める。
剣は俺の肌に届けば、致命的な一撃になりうる。
反撃の手を探す。
(というより、後手後手に回っているというか、俺が仕掛けていないだけか!)
少し落ち着いて観察するとレーレの動きは、俺が積極的に仕掛けてこないだろうと踏んでいる動き。
防御に対する構えが薄い。
レーレは本気で俺を仕留めようと攻勢を掛けてはいるが、俺が本気でレーレを害すような攻撃をしないと確信しているとしか思えない。
そもそも、剣が迫ってきたから刀で迎え撃ったが、別に刀に拘る理由はない。
(ちょっと剣技で押されていたのはしゃくだけど。彼女は俺の力が見たいと言ったんだ)
ついでに剣舞祭の時のように、一対一の真剣勝負といった場でもない。
憮然とした表情を保ちながら。
絶え間なく攻撃を仕掛けてくるレーレを見る。
俺は剣で決着をつけることを捨てた。
(ヘルプお願い)
『了解しました』
俺の考えを正確に読み取ったヘルプは短い返事と共に、思い通りの結果を即座にもたらす。
《樹界拘束》
地中から樹木が生え出て、対象に向かって枝木を伸ばす。
「ッ!」
レーレは迫りくる木々を剣で切結ぶが、雪崩のように迫りくる数は対処のしようがない。
程なくして、抵抗虚しく、木々に身体を絡めとられ、身動きを封じられた。
「ここまでですか……」
ポツリと呟くレーレ。
残念そうに、頭頂部の耳がペタンと垂れさがっていた。
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