第十九話「許可」
さて、ミシェルと約束をしてしまったものの、流石にこっそり抜け出すのはよくない事くらい俺にもわかる。
だいたいミシェルは王都で人攫い事件に巻き込まれたばかりだ。
もし突然居なくなったと知られれば大きな騒ぎとなることは火を見るよりも明らかである。
「というわけでどうすればいいと思う?」
俺は頼れる年長者、ラフィに相談していた。
話を聞いたラフィはジト目。
非常に居心地が悪い。
口に出さなくとも「何でそんな約束したの?」と訴えているのがわかる。
これは説教されるかもと身構え、丸太椅子に座るラフィの前で俺は正座。
しかし、なにか諦めた表情でラフィは溜息をつくと、口を開く。
「テオには伝えとくべき」
と簡潔なアドバイスをくれた。
「やっぱ、こっそりは不味いよな……」
「当たり前」
夕食の後、ラフィの言う通り、俺はテオと話すことにした。
何かと忙しそうなテオではあったが、俺が時折チラチラと様子を伺っていることに気付いたテオが歩み寄ってきてくれた。
俺は簡潔にミシェルがラルフロイの泉に行きたがっている旨を伝える。
「ラルフロイの泉ですか……」
俺の話を聞いたテオは左手を顎に当て少しの間、思考に耽るが、すぐに結論は出た。
「ミシェル様の護衛、よろしくお願いします」
深々と礼をしながらテオは口にする。
俺は少し驚く。
商人見習いとして同行してるミシェルの我儘を、こうも簡単に許可するとは思わなかったからだ。
「いいんですか?」
「ええ。剣聖アリス様が直々に護衛してくださるのであれば問題ないでしょう。
あぁ、でも私が彼女を甘やかしたとは思われたくないので、私は何も聞いておりません。
当初の予定通り、二人でこっそり抜け出してください」
「そっちのほうが問題なんじゃ……」
なんなら、堂々と送り出せばいいものをと思う。
「でも意外です。商人見習いとして我儘をいうなどもってのほかといった反応をするかと思ってました」
俺の呟きにテオは頬をかきながら苦笑する。
「まぁ、そうなのですが……。
私や会長はミシェル様の頼みを断りづらくて。
今回は商人の先輩として厳しくいこうとは思っているのですが、こればかりは」
「甘いんですね」
「否定できません。
だから、正直ミシェル様が私に直接『ラルフロイの泉に行きたい』と言われなくてよかったとほっとしております」
「厄介ごとを私に押し付けているような……ずるい」
「商人にずる賢さは必要なスキルですので。それに――」
「それに?」
「本気でミシェル様に商人になってほしいとは私も会長も思っておりません。
まだ今年で十一。
今回の同行を許可したのは商人とはどのような仕事をしているのかをちゃんと知ってもらうことと、商人がいかに大変なものかを知ってもらうことに重きを置いております。
それさえ分かってもらえれば、今回の私どもの目的は達成されたともいえるでしょう。
この旅を踏まえて、将来自分が何をしたいのか、ミシェル様の判断材料になれば幸いです。
ミシェル様の多少のわがままくらい喜んで目を瞑りましょう」
「やっぱり甘い!」
真面目な人かと思っていたがミシェルに甘いダメダメな人であった。
「……ミシェルちゃんには私から商人はやめとくように説得しておきますね」
「ははは、それはそれで結構。
お嬢様が商人にならなければ、フェレール商会の時期後継者に一番近いのは私。
そちらの方が私にとって益が多いですしね」
「うわ、会長にあなたの部下で野心に溢れてる人がいるって忠告しとこ……」
「商人は先を見据えて行動しなければなりませんからね」
悪戯っぽい笑みをつくりテオは言うのであった。
◇
「ミシェルちゃん、起きて、起きて~~!」
隊商の朝は早いため、当然夜も早い。
食事が終わると速やかに撤収し、見張りにつく冒険者以外はそれぞれの床に就く。
ミシェルが寝ているのはテオと同じテントだ。
バレても構わないが、筋書き通り《影隠》のスキルを発動し、こっそり迎えに来たのだが。
ここで問題発生。
「すーっ。すーっ」
穏やかな寝顔、お嬢様と呼ばれるに相応しい行儀のよい寝相で穏やかな寝息を立てるミシェル。
小声で呼びかけるが、寝つきが良すぎるため全然起きない。
(まだ寝入ってからそんなに時間は経ってないはずなのに!)
あまりの寝つきの良さに驚愕する。
野宿の経験などほとんどないはずだが、適応力があるのか。
案外冒険者も向いているのかもしれない。
しかし、こっそりとか言ってる場合ではない。
ここで手間取っている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。
ラルフロイの泉までは片道一時間ほど。
往復するだけでも二時間はかかる。
削られるのは睡眠時間の為、なるべく早く行き、早く帰ってくるべきだ。
(……道中、俺もミシェルちゃんも最悪寝てればいいけど)
そんなあくまの囁きに頭を振り、ミシェルを起こす作業に戻る。
「ミシェルちゃん、起きて!」
肩をがくがく揺らしながら呼びかけることで、ようやく固く閉ざされていたミシェルの瞼が上へと開く。
「ふぁ、アリスちゃん?」
「ラルフロイの泉に行くんじゃなかったの?」
俺はジト目で問う。
それを聞いたミシェルは暫く「ラルフロイの泉?」とオウム返しに何度か呟いたあと。
「あ――! そうだった!」
「ミシェルちゃん、声!」
「――ッ!」
俺の注意に慌てて口の前にバッテンをつくり、コクコクと頷く。
本当にこっそり抜け出すのであれば、今の時点でご破算であった。
なお隣人のテオはわざとらしく、大きないびきをかいていた。
(起きてるの、知ってるからな……)
とりあえず、手のジェスチャーで外に出ようとミシェルに促す。
ミシェルは俺の指示に黙ってコクコクと頷いた。




