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第十六話「塔の上の精霊」


 王立学校講堂


 アニエスは大勢の生徒を前に立っていた。

 ローラの勉強指導のおかげもあり、アニエスは首席入学を果たした。

 アリスと離れ離れになるのは寂しかったが、これまで王城内でしか自由を許されなかったアニエスは新しい生活に胸をときめかせていた。

 が、入学式で新入生代表挨拶があるなんて聞いていない。

 アニエスは後悔していた。

 入試本番の時は王族枠でどうせ受かるという気持ちはなくただただ必死に問題を解いていた。


(こんなのがあるなら適当に入試を受けとくんだった!)


 王室に生まれた宿命で、たくさんの人前で挨拶をする機会は多い。

 ただいつまで経っても人前に立つことがアニエスは苦手であった。

 壇上に上がり、突っ立ってるだけでは終わらない。


(早く終わらせよう)


 息を吸う。 

 アニエスはこれまで通り完璧な王女を演じるのであった。



 入学式が終わると生徒たちが一斉に講堂から教室に向かう。

 一学年は全員で二百名前後、一クラス四十名の五組に分かれている。

 一,二クラス:総合

 三クラス:魔術専攻

 四クラス:武術専攻

 五クラス:医術専攻

 クラスによって専攻も違う。

 アニエスは一組だ。

 教室で向かう途中、アニエスは多くの生徒に話しかけられた。


「アニエス様、すばらしい挨拶でした」

「ありがとうございます」


 アニエスは話しかけられた生徒には笑顔で受け答えする。

 

(めんどくさいなー)


 王立学校は王国中の優秀な人材を集めているとはいえ、圧倒的に多いのは貴族の子だ。

 今学年、アニエスが入学してくることは周知のことであり、初日から取り入ろうと考えて近づいてくる者も多かった。

 あの手この手でアニエスに話しかけてくる。

 ニコニコしているがいい加減煩わしい。

 アニエスは適当に辺りを見回し、ちょうどよさそうな相手を見つける。


(確かあの方はルシャール伯爵のご息女だったはず)


 アニエスはお茶会などで顔を知っている比較的気心が知れた子に話しかけることにした。


 

 教室に着くとアニエスは話してた子と別れ自分の席へと向かう。

 教室の席は予め決められていた。

 アニエスは窓際の最後尾だった。

 二人一組の机、その窓側だ。

 講堂から続々と生徒が教室に辿り着き、席に座っていく。

 先生が教室に入ってきてもアニエスの隣は空席のままだった。



 ◇



 学校での生活が始まりあっという間に一週間が経過した。


(アリス分を補給したい……)


 自分の身支度を整えながらアニエスはそんなことを考えていた。

 学校は完全寮制であり、アニエスも例外はない。

 とはいえ普通は二人部屋なのだが、アニエスは一人部屋であった。

 鏡を見ながら髪をとかしていく。


(アリスは大丈夫だろうか……)


 アニエスは心配であった。

 アリスは女の子なのに身だしなみが適当だ。

 せっかくのきれいな髪なのにあっちこっち跳ねたままでも気にせず外にでようとする。

 王城内では大人しそうに見えたが、服を泥だらけにして帰ってくることもあった。

 あと、言葉遣いが女の子らしくないときがある。


 服を着替え終え、左胸部分にクラス章バッジを付ける。

 

(寂しがってないかな?)


 ローラから聞いた話だとアリスは災厄から助け出される前の記憶がないとのことだ。

 たまにアリスはボーっと何かを考えていることがある。

 そういう時はアニエスはアリスをとりあえず抱きしめることにしていた。

 そんなことを考えながら髪も結び終え、身だしなみチェック完了。

 アニエスは最後にアリスからもらったヘアピンを刺し、学校へと向かった。



 教室に着くと、エルサが挨拶をしてきた。


「おはようー、アニエス」

「おはようございます、エルサさん」


 エルサは入学式の日にアニエスから話しかけたルシャール伯爵のご息女だ。

 最初はアニエスが話しかけると少し緊張していたが、今では大分打ち解けた。

 エルサはアニエスに必要以上に畏まらないので、ありがたい存在であった。

 アニエスはエルサと過ごす時間が日に日に増えていた。


「アニエス聞いたよ、今度は最上級生から告白されたんだって?」

「……どこから聞きました?」


 朝からニヤニヤとしてると思ったら、これか!

 エルサは噂好きである。

 貴族たるもの噂に敏感でいけないといけないとはエルサの弁。

 今回もどこから嗅ぎつけてきたのか、アニエスはジト目でエルサを見つめる。


「学校中で話題だよ。

 一週間でアニエス王女が二十人斬り達成って」

「嬉しくないですわ……」


 昨日も寮へと帰る途中突然告白された。

 もちろん断った。

 隙あらばアニエスに告白してくる男の多いこと多いこと。

 アニエスだって物語で読んだ素敵な恋には憧れる。

 近寄ってくるのは王族のアニエスしか見てない男ばかりなのであった。


「あの方達は私ではなく王女アニエスとお付き合いしたとしか考えてないのですから……」

「王女様も大変だね」

「そう思うなら少し気を使ってください」

「いたひいたひ」


 腹が立ちアニエスはエルサのほっぺをつまむ。


(うん、八十点ってとこかな)


 アリスには及ばないがエルサのほっぺもいいもちもち具合だ。

 痛がっているのでアニエスは手を離す。

 

「いてて、王女様は容赦がないなー。

 お詫びに耳寄りな情報をお届けしようと思ったのに……」

「どうせまた噂話でしょう!」

「失礼な!……噂話だけど」


 やっぱり噂話だった。

 エルサの持ってくる噂は微妙なのばかりである。

 新月の夜になると総合区南棟の階が増えるとか。

 中央広場の石像は実は魔物とか。

 おとといも「今度はすごい噂よ!」と意気揚々と話した内容は、今年は十歳で王立学校に入学した生徒がいるらしい、であった。

 そんな子がいたら教室中で話題になっていそうだが、該当する子を見かけたことはない。


(エリサはどこから噂を仕入れていてるのだろうか?)


 アニエスはそっちのほうが気になった。

 エルサは早く話したそうにしていたので諦めて聞くことにした。


「なんと、この学校にいるらしいの!」

「……何がいるの?」

「ふふふ、聞きたいか」

「いえ、特に」

「ちょっとくらい気になるそぶりを見せてよ!」


 話の腰を折ってしまったが、アニエスは続きを聞くことにした。


「いるらしいのよ、精霊が!」

「精霊ですか、魔術師であれば常に私達の近くにいる隣人ではないですか」

「ちっちち、なんと目に見える精霊がいるらしいのよ!」


 特に精霊は珍しい存在ではない。

 物語でもよく聞く存在であり、魔術書にも魔術とは精霊の力を借り行使するものとあり身近な存在である。

 しかし、その存在を実際に目にしたという話は聞かない。


「ふーん、どこにその精霊がいるの?」

「図書館の最上階にいるらしいわ!」

「はぁ」


 アニエスは気のない返事をする。

 図書館の最上階に入れる人は限られている。

 知ってたけど、相変わらず信憑性も実用性もない噂話であった。


「というわけでアニエス、私達もう友達だよね!」

「……いきなり何よ」

「アニエス君、図書館の最上階に入れるのは校長と司書長の許可を貰った者以外にも入れる者がいるのはご存知かな。

 そう、王族の者だ!

 お願いアニエス、噂が本当かたしかめてき、いたひいたひ」


 アニエスは無言でエルサのほっぺを再びつまみ、教室に先生が入ってくるまで離さなかった。

 


 ◇


「はぁ……、はぁ……」


 アニエスは息を吐きながら階段を登っていた。

 南の大塔、王立図書館の最上階を目指していた。

 放課後、エルサに再度噂を確かめてほしいとお願いされたのだ。

 朝とは違い報酬として王都で最も有名な菓子店「シャフラート」のチョコを提示してきたのだ。

 アニエスはチョコに負けた。

 しかし、こんな階段を登る羽目になるとは思っていなかった。

 アニエスは体力がない。

 王女様としてぬくぬくと育ってきたツケを先日の「護身術」の授業から感じ始めていた。


 図書館は十一階で構成されている。

 一~三階:全生徒に公開

 四階:成績上位者に公開

 五階:四学年以上の成績上位者に公開

 六階:校長から許可を貰った者に公開

 七~十一階:校長と司書長から許可を貰った者に公開


 各階に繋がる階段前に扉がある。

 胸に付けているバッジに魔術が付与されており、許可ない者は扉を開けられない。

 

 六階からは人に会うことも無くなった。

 誰も見てないので最上階まで行かなくても適当に報告すればいいのだが、アニエスの根は真面目であった。

 何のために苦しんでいるのかわからなくなっていたがひたすら上を目指した。



 最上階は搭の天窓から夕暮れの光が指していた。


「はぁ……、はぁ……、やっぱり精霊なんていないじゃない」


 最上階は螺旋状の本棚が塔の先端に向かって伸びている。

 ここにある本は王国が所蔵する禁書である。

 貴重な書ではあるが入るスペースがないからか、フロアの一角に山積みにされていた。

 息を整えながらその一角に向かう。

 アニエスは息を呑んだ。

 

 山積みの本に囲まれた精霊がいた。


 淡い光に照らされ、黒い髪が床に広がっている。

 その主は中央で穏やかな寝息を立てていた。

 

「アリス!?」


 精霊ではなく、その人物はアニエスが見間違えるはずもないアリスであった。


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この子王族なのに自分で着替えをするのか、御付きもつけずに
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