第十三話「出発」
王都の東門を出て隊商は隊列を成しながら道を行く。
テオが率いる今回の荷馬車は全部で四台。
各荷馬車にはフェレール商会の者が二人ずつ搭乗しており、御者を担当している。
先頭の荷馬車はテオが手綱を握っており、当然ミシェルもそこだ。
俺とラフィは二台目の荷馬車。
荷物が載る場所にお邪魔している形だ。
荷馬車はガタゴト、不規則な音を立てながらゆっくりと進んでいく。
王都の東側、俺は初めて通る道だ。
落ちないように注意しながら、荷馬車から少し身を乗り出し風景を眺める。
門を出ると、やがて目に映ったのはぽつぽつと立つ巨大な建物。
風車だ。
風に吹かれ、気持ちよさそうに羽根がゆっくりと回っている。
その下に目をやれば黄金色の絨毯が一面に広がっていた。
「麦畑がそんなに珍しい?」
「ああ。俺の元いた世界では見れない光景だ」
後ろで座るラフィから声がかかる。
正確には俺が住んでいた場所の周囲ではが正しいか。
日本のどこか、それこそ海外の穀倉地帯では観れる光景であろう。
「ナオキの世界では麦がないの?」
「いや、あるぞ。ただ俺が住んでいた辺りの主食はお米だったからな」
「お米?」
「そう、お米。白い粒々で、蒸して食べる。
そうだ、ラフィ!
ずっと聞きたかったんだけどお米はこっちの世界にないの!?」
日本人のソウルフード、米。
こちらの世界に来てから残念ながら一度もお目にかかったことがない。
流石に恋しい。
期待してラフィに問いかけてみるが、ラフィは首を横に振り、「知らない」との回答。
(知識豊富なラフィが知らないとなると、こっちの世界にはないのか……)
がっくしと落胆する。
「私は知らないけど、食べ物の知識であればジルダやテオの方が詳しい。
聞いてみれば知ってるかも?」
「それだ!」
一瞬希望は潰えたかのように思えたが、まだ希望はありそうだ。
(あとでテオさんに聞いてみよう)
強く俺は決意する。
そうして風景を眺めていると、同時に心地よいテンポで蹄の足音が俺の耳には入ってきていた。
荷馬車を引く馬によるものではない。
冒険者が操る馬によるものだ。
今回参加する冒険者全員がそれぞれの馬を操り、荷馬車を囲うように陣形を組んでいた。
申し訳ないことに、自己紹介を行ったが、あくまで俺達は商会の客人であり護衛対象側。
そのため、周囲を警戒することもなく、悪いが俺達はお気楽な旅気分だ。
もちろん万が一の時は、頼むとテオにはお願いされたが。
「冒険者って馬を持ってないと駄目なの?」
全員が馬に乗っており、こういった隊商の護衛任務を引き受けるのであれば馬が必要なのか気になりラフィに尋ねてみた。
馬を持つ、すなわち飼うことになれば場所も必要。
さらに世話もしなければならない。
世話に関して言えば、王都迷宮のような場所に潜るとなると、その間に馬を世話する者を雇う必要もあり、中々のコストがかかりそうだ。
「冒険者が乗ってる馬は、商会が貸したもの。
持ってる人もいるかもしれないけど、普通は個人で所有しない」
「へー。じゃあ、こういった隊商の護衛任務を引き受ければ馬を貸してもらえるんだ」
「貸してもらえない」
「えっ、じゃあ、どうやってついて行くの?」
「歩く」
「……歩くの?」
「そう」
確かに荷馬車の歩く速度は速くはない。
しかし、何日間もずっと一定のペースで歩く必要が出てくる。
冒険者の受けるメジャーな依頼である護衛任務が思ったより過酷であることに戦慄した。
「普通の荷馬車で護衛を雇って、マキナ共和国に行こうとすれば一か月、それ以上はかかるとみたほうがいい。
途中で休まないと無理」
「そりゃそうか」
日が昇っている間延々と歩く、そんな事態は起きないようで少しほっとした。
何気なく並走している馬たちも、フェレール商会だから用意できるということなのだろう。
「だったら俺達もジルダさんに言えば馬を貸してもらえたのかな」
「貸してもらえるだろうけど、私はパス。
疲れる。それに……」
「それに?」
暫くラフィはじっと俺を見つめていたが、「何でもない」と言い残し視線を外された。
続いて無言でラフィは鞄から布を取り出した。
何をするのかと見ていると、それを折りたたむと尻に敷き始める。
(汚れるのが嫌なのかな?)
今座っている場所は荷物の積み下ろしを行う際に、土足で乗り降りする場所だ。
ただ汚れを気にするのであれば座る前に敷かなければ意味がない。
理由がわからず、何のために布を敷いたのか疑問に思う。
質問しようと思うが、先にラフィから声を掛けられる。
「ナオキ」
ラフィは手をこちらに突き出していた。
何だと思うが、ラフィの視線から何を要求しているか理解した。
「はい」
腕に抱えていたクッション――青を差し出した。
さっきも触りたがっていたの思いだす。
青は特に抵抗することもなく、ラフィの腕に収まった。
ラフィは暫く青の羽毛を手でポフポフと触り、俺が先程していた時と同じように青を両腕で抱きしめた。
表情はあまり変わらないが、ラフィはどこか幸せそうだ。
結局、俺はラフィの行動の意味を質問する機会を逸したが、すぐにどうしてラフィが布を敷いたのか、その理由に関して身をもって実感することになった。
(尻が痛い)
尻をさする。
身を乗り出してずっと外を見ているはずもなく、今は俺も荷馬車に座っていた。
荷馬車が行く道は舗装されているとはいえ現代のアスファルトとは異なり砂利道が続く。
車輪が細かな石を踏みつける震動が直に尻へと伝わってき、乗り心地がいいとはとても言えない。
細かな振動は尻へと疲労を蓄積させていく。
つまり、ラフィが敷いていた布はクッションの役割であったわけだ。
(なるほど、その為の布か)
ラフィの行動に今更のように関心する。
だが丁度いい布を俺は持っていただろうか。
(目の前にクッションみたいなのはいるけど……)
ラフィが幸せそうに抱いている青。
ただ、青を尻に敷くという選択は、見た目的に駄目だろう。
(鞄に服があるからそれを敷く?
でも汚れるのはな……。
待てよ、ちょうどいいのがあるじゃん)
俺は閃き、収納ボックスからそれを取り出す。
枕だ。
クッションと遜色なく、布よりもよっぽど効果的だろう。
尻に敷くと、多少緩和された気がする。
枕を取り出す行動をじーっと見ていたラフィは。
「ナオキ、私にも」
「はいはい、姫様」
ラフィの為にもう一個枕を取り出し、渡した。




