第十話「ぬいぐるみ」
王都を出発する日。
まだ空が明るみ始めたばかりの早い時間。
「ふあ~」
俺は大きな欠伸をしながら、収納ボックスから必要なものを押し込んだ鞄を肩にかけながら、商業区の待ち合わせ場所に向かって歩いていた。
収納ボックスは便利であるが、今回のような旅で手ぶらでは色々詮索されそうということもあり、ちゃんと鞄を持っている。
これもラフィのアドバイスによるものではあるが……。
結局、昨晩はミシェルに案内され紹介されるがままに色々な料理に舌鼓をうった。
さすがは商人の娘。
ジルダに劣らず、食欲を掻き立てる見事な話術であった。
勿論多くの注目を浴び、知らない貴族に色々話しかけられはしたものの、ミシェルの父親でもあるジルダも上手く会話に割り込み、巧みに誘導してくれたこともあり、俺自身はストレスを感じることもなく楽しい時間を過ごした。
結局、寮に戻ってきた時にはだいぶ遅い時間になっていた。
昨晩のことを思い出しながら、誰も見ていないのをいいことに、隠すこともせず大きな欠伸をもう一度する。
「すごく眠そうだね」
「そりゃね」
胸元の羽抱き心地抜群の物体から声が発せられた言葉に応じる。
この物体、何を隠そう青だ。
最近は部屋で丸まっている姿しか見ていないが、今回の旅に来るか尋ねてみたところ、間髪入れずに「行く」と回答。
今は腕で抱きかかえれる程の大きさ(不思議と重さはあまり感じない)になり、クッション感覚で抱いてはいるが、神が創造せし最強の生物である竜の一体。
青は両側に生える翼を使い、羽ばたくことも可能でがあるが、人通りが少ないとはいえ、目立つこと間違いないので、今はこうして抱きかかえる形に落ち着いている。
ついでに付け加えておくと、もう一体の竜である赤も「我も行く」と強く主張していた。
豪快に笑いながら、「馬車など使わずとも、我の背中に乗ればどこであろうとひとっ飛びよ」などとも言ってはいたが、他国へと竜に乗って登場すれば迷惑極まりないことは俺でも想像がつく。
赤には大人しく王都で留守番をしてもらうことにした。
コツコツと一定間隔で石畳を叩く音が静寂な街に響く。
自身が奏でる音に耳を傾けながら、少し物思いに耽る。
(結局、直接会って言えなかったな……)
考えているのはアニエスのことであった。
森都に向かうにあたり、アニエスにはそのことを直接伝えようと考えていたのだが、タイミングが合わず直接会話することは叶わなかった。
最近は学校が終わると、どうやら王城へと赴いている様子。
寮に帰って来なかった。
喧嘩中とはいえ、何も告げずにまた寮から居なくなっては心配を掛けることが目に見えていたため、最後は森都に行ってくる旨の内容を置手紙に記し、アニエスの部屋に置いて来たわけだが。
(心配しないといいけど……)
どうしても王都迷宮に行き、帰ってきた時に泣きつかれた時のことを思い出してしまう。
考え事をしながら歩いているとあっという間に目的地へと着いた。
商業区にある広場の一つ、ラフィとの待ち合わせ場所だ。
特徴的な大きな帽子を被った人物が既に立っているのが見えた。
ラフィだ。
「ラフィ、おはよう」
トテトテと駆け足で近づき、挨拶をする。
「うん、おはよう」
声に反応し顔をあげたラフィの視線は胸元の青へと向けられる。
暫くじーっと見つめていたが、ラフィは結局何も言わなかった。
「行こうか」
ラフィに促され、俺達はフェレール商会へと向かう。
「昨日のパーティは楽しめた?」
「うん、思ったよりも楽しかったよ」
「それは良かった」
ラフィは若干ほっとした表情を見せる。
招待状を渡す仲介役を担った責任もあり、俺が嫌な思いをしなかったか心配であった様子。
「それよりもラフィ」
「何?」
商会に着く前に、俺は話しておかなければならないことがあった。
「昨日、ミシェルちゃんに会ったんだけど。
ほら、ジルダさんの娘で、助けた子」
「うん」
「ミシェルちゃんも今回の商隊に同行するんだって」
「……道理で」
俺の言葉に、何やらラフィは思い当たる節があったのか納得といった表情。
何に納得したのかは言及せず、それよりも俺は大事なことをラフィに告げとかなければならない。
「それで、俺、昨日ミシェルちゃんとけっこう会話して……。今日、顔を合わせたら俺が剣聖アリスってバレちゃうんだけど、どうしよう」
「ふーん」
若干冷たい反応が返ってくる。
(やっぱり、せっかく正体を隠していたのに俺の行動で台無しになって怒ってる? いや、でもミシェルちゃんが今回の旅に同行するなんて知らなかったから不可抗力だし……!)
言い訳めいた言葉を頭の中であれこれ考えてしまう。
ラフィは溜息を一度つくと、口を開く。
「当日まで知られていなければ、それでいい。
どうせ、旅の中でナオキの正体を隠し通すなんて無理だし」
てっきりミシェルとは顔を合わせないように注意し、正体はなるべく隠せと言われるものと思っていた。
「大丈夫なの?」
「どうせ、今回の商隊の隊長には予め伝えておこうとは思っていた。
でも……」
再び、ラフィは俺の胸元、すなわち青へと視線を注ぐ。
意図が分からず俺と青はシンクロした動きで首を傾ける。
「何?」
若干迷いつつ、ラフィは言う。
「……それはどう説明するの?」
「……ぬいぐるみ?」
抱きかかえる青に視線を落として答えた。




