第五話「会場へ」
次の日。
俺は商業区に来ていた。
目的は至って簡単。
本日の夜に開催される、招待されたパーティーに着ていくための服を買いに来たのだ。
この世界のドレスコードに関する知識を、生憎と俺は持ち合わせていない。
ラフィに相談しても「わからない」と頼りにならなかった。
俺が招待されたパーティーには、当然ラフィも来るものだと思っていたが予想は外れる。
どうやら本人が行きたくない(こっちの理由が大部分を占めていると思うが)という理由以外にも、この国の事情もあるようであった。
それは、今回招待されたパーティはラフィの知人である商人が主催者であり、その場には王国の有力な貴族も多く参加するそうだ。
残念なことに、この王国の、特に上流階級には亜人種に対する差別が根強く残っているとか。
王国内では多くの亜人種を見るので、そういった差別意識を感じたことはないが……。
そういった事情もあり、悪戯に場を乱したくはなしとのことで、長耳族であるラフィはパーティーへの参加は遠慮するとのことであった。
ラフィのパーティードレス姿というものも少し見てみたかったが残念である。
少し脱線したが、話を戻そう。
俺の身近にはこういった知識に最も詳しいであろうアニエスという存在がいたが、今は俺の方から絶賛喧嘩中であるため、頼るわけにはいかなかった。
分からないことはプロに任せればいい。
そういうわけで商業区の仕立屋を訪れていた。
アニエスとお揃いの服を仕立てて貰ったお店である。
店主も俺のことを憶えてくれていた。
事情を話すと、目を輝かせ、あれもこれもと服を選んでくれる。
俺は鏡台の前に立たされ、次から次へと運ばれてくる服の着せ替え人形。
今の王都の流行は「青を基調としたものである」とのこと。
なんでも剣聖が着ていた服のワンポイントに青色が使われていたからだとか。
ニコニコと教えてくれた。
今着せ替え人形になっている俺が、その剣聖であるのだが、どうやら店主は街の話題としてしか剣聖という存在を知らない為、俺=剣聖であることには気づいていない様子であった。
俺は全部のコーディネートをお任せしていた。
やっと店主が満足する服が決まったのか、選んだ服を魔法のような鮮やかな手際で裾直しを施してくれる。
最後に服装に合うよう、伸びてきた長い髪も綺麗に結ってもらった。
「よし、完璧!」
成し遂げたと、店主はすごく満足気であった。
◇
パーティー会場は二区の貴族街にあるお屋敷。
商業区から馬車に乗り、しばらく揺られ、目的の場所に到着する。
まだパーティーの開始時刻よりも大分早い時間であるにもかかわらず、馬車から降りると初老の執事が側に立っていた。
「本日はようこそおいで下さいました。招待状を拝見してもよろしいでしょうか?」
ラフィから受け取った招待状を差し出す。
それを確認した執事は招待状に記された名を確認すると目を丸くする。
だがそれも一瞬のこと。
「確認しました。ようこそアリス・サザーランド殿。
お話は伺っております」
確認を終え、招待状を返される。
「パーティーが始まる前に当主の方にお会いしたいんですけど、会えますか?」
「畏まりました。当主にお伝えしますので、中でお待ちください。
さぁ、こちらに」
執事に促され屋敷の中へと入り、客間へと案内された。
客間は贅沢に装飾されており、俺にとっては落ち着けない空間である。
中央に鎮座するソファーにおそるおそる腰を掛けた。
執事は退室し、入れ替わりでメイドが入ってくると、俺の前にお茶を注いでくれた。
(この茶葉も相当な品なんだろうな……)
部屋が茶葉の香りで包まれる。
湯気が立ち昇るカップをゆっくりと口に運び、思わず目を見開く。
「こちらもお召し上がりください」
すっとテーブルの上には焼き菓子も置かれる。
(あまりがっつくのも良くないだろうけど、一個くらいなら)
この世界、甘味は貴重である。
カップを一度置き、平静を保ちながら焼き菓子に手を伸ばし、一口。
美味しい。
思わず口が綻ぶ。
がっつくのは良くないという考えなど忘れ、手に取ったものを早々に平らげると、次に手が伸びる。
(ラフィ、知人の頼みとか言ってたけど、さてはお菓子に籠絡されたな)
甘味好きであるラフィが促されるまま、夢中で菓子を頬張る姿を想像する。
同じ轍は踏まないようにしなければと思いつつも、また一個、手を伸ばしてしまう。
三個目を頬張っているときであった。
客間の扉が開く。
目を向けると執事に促され入室する恰幅のいい男性と目があった。
この家の当主であろう。
俺はお菓子を頬張った状態であり非常に気まずい。
慌てて飲み込もうとするが。
「剣聖殿に菓子も気に入ってもらえたようで、当家の料理人もさぞ鼻が高いだろう。
私としても自慢の一品だ。ゆっくり味わってくだされ」
気前良さそうに笑い、ゆっくりとした足取りで、俺の向かい側へと座る。
お言葉に甘え、ゆっくりと菓子を堪能し、落ち着いた動作でお茶も飲み、一息。
改めて向き合う。
「この度は招待頂きありがとうございます。アリス・サザーランドです」
「ジルダ・フェレールだ。ようこそ当家へ」
立ち上がり握手をする。
簡単な挨拶を終えると、ジルダは後ろに目をやる。
俺もその視線を追うと、ジルダが座った後ろ、隠れるように少女の顔が覗いてることに気付く。
「ミシェル、こっちに来なさい」
ジルダに促され、ミシェルと呼ばれた少女はとてとてとジルダの横に並ぶ。
俺と同じくらいか、少し上くらいの年齢であろうか。
栗毛の少女。
赤いドレスを身に纏い、今は緊張からか若干顔がこわばっている様に見える。
その顔には見覚えがあった。
(そうだ、地下で助けた子だ)
ちょこんとスカートをつまみ、ミシェルは挨拶をする。
「ミシェル・フェレールです」
「この度は娘を助けて頂き、本当にありがとうございます」
俺の手をジルダは両手で握り、深々と頭を下げた。




