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第七十三話「才能の差」

観客は目の前で繰り広げられる異次元の戦いに息を呑んだ。

 周囲に漏れず、ザンドロもその一人であった。

 闘技場の最前列の席で戦いを目で追う。

 ど派手に繰り出されるストラディバリの魔術。

 それを凌ぐアリス。

 接近すればお互いの剣がぶつかる。

 目の前の光景に圧倒されていた観客も次第に試合に没頭し、あらん限りの声を上げていた。


「がんばれ、アリスちゃん!」

「すかした野郎の鼻を折っちまえ!」


 観客の声は現代剣聖を応援するものが多い。

 あの容姿と見た目の幼さが相まって庇護欲をそそるといった一面もあるが、やはり先程のジンとの一戦が鮮烈に映ったためだろう。

 ザンドロが勝てなかったジンに対して、アリスは涼しい顔で勝利した。

 そして今、初代剣聖との戦いを目にしてザンドロはアリスがジンとの戦いでも本気を出していなかったのだと理解する。

 高速で繰り出される魔術と剣術が入り混じる応酬。


(僕はこの領域には至れない……)


 アリスに対する羨望と、自身に対する失望を胸にその光景を見る。

 しかし、そのアリスをしても初代剣聖には届かない。

 紙一重で何とか凌いではいるが、防戦一方。


(無理もない。初代剣聖は伝承通りの化け物だ)


 自身の予選の時、純粋に応援してくれたアリスに対して、ザンドロは心のどこかで負ければいいと思っていることに気づく。

 ドッと場内が沸いた声でザンドロはハッと我に返る。  

 圧されているように思われたアリスの反撃、回し蹴りがストラディバリに炸裂したのだ。

 今日初めて、初代剣聖が吹き飛ばされる光景に観客が沸く。

 吹き飛ばされたストラディバリは途轍もない勢いで地面に叩きつけられワンバウンド、それでも勢いは衰えず闘技場の周囲を囲む壁へと激突した。

 壁近くの観客からは悲鳴と歓声が入り混じったものが上がる。

 普通の人であれば死んでもおかしくない衝撃であるが、観客の誰もがこれで終わりとは思わなかった。

 アリスも吹き飛んだストラディバリの方向に、容赦なく追撃の魔術を仕掛けた。

 雷光がフィールドを駆け抜ける。

 予想違わず、未だ砂塵が舞い上がる壁から影が躍り出る。

 ストラディバリだ。

 光速で飛来する魔術を回避すると、一瞬にしてアリスとの距離を詰める。

 序盤の魔術の応酬とは異なる剣のぶつかり合い。

 二人の立ち位置が瞬きする間にもめぐるましく入れ替わる。 

 アリスに至っては、羽でも生えているのかと錯覚するかのように、空中をも利用し、立ち回り、ストラディバリの剣を捌く。


(僕は嫌な人間だな……)


 戦いを目で追いながら、純粋にアリスを応援できない自身に、ザンドロは嫌悪感を抱く。


「あれが嬢ちゃんの本気か。すごいな」


 突然後ろから、飄々とした声が聞こえザンドロは振り返る。


「ジン殿。傷はもうよろしいのですか?」

「ん? ああ、さすが王国の優秀な治癒術師だ。

 目が覚めたらちょっと寝てたくらいで、むしろ試合前より体調はいいかもしれんな」

(僕が試合で斬られた時は暫く気怠さが抜けなかったけど……)


 ジンの姿を見ると、アリスが行使した治癒術が優秀だったのではと考えてしまう。


「おーい、サチ。

 父上の御戻りだぞ。サチ? ……サチ?」


 ジンはザンドロの隣に座っていた黒髪の少女に声を掛ける。

 残念なことに黒髪の少女、ジンの娘であるサチは目の前で繰り広げられる光景に夢中であり、父親であるジンが声を掛けていることに気付いていない様子。

 ジンの姿に哀愁が漂う。


「その……隣どうぞ」


 何と声を掛けていいのかわからず、ザンドロは一歩横にずれ、ジンが入れるくらいのスペースをつくる。

「おう、悪いな」


 ザンドロの隣に身体を割り込ませると、ジンも試合に目をやる。

 試合は再びアリスが圧されている。

 闘技場全体を見渡せるザンドロの目をもってしても、時折ストラディバリの姿を見失う。

 《縮地》とも違うスキルを使っているように思える。

 

「文献でしか見たことがないが、あれは《電光石火》っていう技だな」

「ありえません。

 それは二代目剣聖が得意とし、他の者には習得できなかったと言われている技ではありませんか」

「二代目剣聖が唯一習得できた初代剣聖の技ってことなんだろう」

「まさか……」


 つまり、ジンは歴代剣聖の技の源流は、初代剣聖が使っていた技であると言っている。

 そんなはずはないと否定しようとしたが、ザンドロにも思い当たる節があった。

 曾祖父である六代目剣聖が得意とした技、《焔煉纏衣》。

 一瞬ではあったが、ストラディバリの剣も炎を纏っていた。

 しかもザンドロとは異なり何気ない動作で。

 苦労して習得した秘奥義が、同じ技であるとは信じたくないが、心のどこかでは同じ技であると冷静に判断する自分がいた。


「……そんな相手、勝てるわけないじゃないですか」


 誰に対して言った訳でもない言葉が、ザンドロの口から漏れる。


「さて、それはわからんぞ。

 何せ、嬢ちゃんは未だ成長途上だ」


 紫電の軌跡を残し、ストラディバリがアリスを追い立てる。

 苦悶の表情を浮かべながら、魔術も行使しアリスは攻撃を躱す。

 一拍、次の一撃を加えるべくストラディバリが距離をとった。


「なっ!?」


 ザンドロは驚きの声を上げる。

 ストラディバリに対して、アリスが紫電を纏い一気に距離を詰めたからだ。


「秘奥義と言われた技も易々と盗んだか」

「ハハッ……」


 乾いた笑いが漏れる。


「くそお、弟子にしてえ。

 戦いの中で相手の技を盗み、あれだけ圧倒されながらも凌ぐ天性の受けの才能。

 タチバナ流にぴったしだ」


 対照的にジンの声は弾んでいた。


「ジン殿はすごいですね……」

「うん、何がだ?」

「僕は嫌な人間です。アリスの強さを認められず、目の前の光景を素直に称賛できない」

「考え方の違いだな。年寄りからの説教だと思って聞き流してもらって構わないが」


 頭を掻きながらジンが言う。


「お前は今まで剣の戦いで負けたことがないだろう?」

「……昨日、ジン殿に負けたばかりですが」

「あー、すまない。

 言葉が悪かったな。昨日のは除いていい」

「昨日を除くとしても、僕は剣を習い始めてから、何度も父上に負けてきました」

「負けて悔しかったか?」

「もちろん悔しかったですが、当時は実力が違ったのだから負けて当然です」

「同年代や実力が拮抗した奴と戦い、負けたことは?」

「……ないですね」

「だろうな。だからお前は俺に負けた」


 負けたことは事実。

 ザンドロは何も言い返せない。


「俺に負けたお前は次に俺と戦うことがあったら勝てそうか?」

「……次は勝ちます」


 闘志を燃やし、ザンドロはジンを睨む。


「はっ、言い切ったな。

 じゃあ、嬢ちゃんとやってみたらどうだ?」

「……勝てないです」


 冷静に今の自身の能力とアリスの能力を比較する。

 剣術だけでも彼女には及ばず、さらには魔術まで行使する相手にどうすれば勝つビジョンを思い描くことができようか。


「どうしてそう思う? 勝負はやってみないと分からないぞ?」

「ジン殿にも分かっているはずです。

 現状でも実力に差があり、未だに底が見えない強さ。

 まさに神に祝福された才能。

 とても凡人では到達できない領域です」


 ジンは静かにザンドロの言葉に耳を傾ける。


「この光景を見たら誰しもが思うはずです。

 才能が違いすぎると」

「本当にそうか?」


 迷いなく、「そうだ」と言おうとした。

 ジンが隣に目を向けながら、ザンドロの言葉に疑問を呈していることに気付く。

 隣ではジンの娘、サチが無邪気に目を輝かせながらアリスとストラディバリの戦いを見ていた。

 少女の瞳に映るのは羨望ではなく憧れ。

 ザンドロはジンが言いたいことを理解し、反論する。


「それはまだ自身の才能を理解してないだけでは!」

「剣を握ったその時から、お前は自身の才能を理解していのたか?」

「……ッ!」

「確かに才能を理由に負けを認めるのは一番楽だ。

 お前は不幸な事に才能があり、周囲に実力が拮抗するものがいなかったんだろうな。

 俺には負けた。

 でもお前は俺に次は勝つと言う。

 暗に俺よりも『才能がある』という自負があるのだろうな。

 それでもお前は今のままでは俺に勝てないとわかっているから手段を講じるはずだ。

 剣技を磨くか? 

 今日の立ち回りを見直すか。 

 まぁ、何でもいい。

 お前は再び俺に立ち向かうために、勝たんと努力するだろう。

 そうやって人は強くなる。

 負けるというのはある意味幸せなことだ」

「負けるのが、幸せですか」

「だって、そうだろう。

 まだ強さには上があり、まだまだ成長できるってことなんだから」


 ザンドロは目を見開く。


「まぁ、お前の気持ちはわかるぜ。

 人ってのは厄介なことに成長するにつれて、色々考えるようになる生き物だ。

 子供の頃のように、純粋にただ憧れているだけでは駄目だと理解し、周囲と比較しながら生きていく。

 そして才能の差を理由に、自身の才能を決め付ける。

 もったいないことにな。

 だがな、才能ある奴ってのは成長が早いだけだ。

 追いつくには時間はかかるかもしれない。

 でも俺は必ず追いつけると信じている」

「……才能ある者は、僕たちが成長する間にもさらに成長するではないですが」

「いいや。

 才能ある奴をずっと追いかけてきた俺だから断言する。

 才能ある奴は負けを知らない故にどこかで成長が停滞し、負けたら、衰えを理由にし、上を見ようとしない。

 今まで見下してきた相手に負けたことを受け容れられず、素直に相手を尊敬し憧れることができないからだ。

 今のお前さんのようにな」


 ザンドロは何も言い返せない。

 ジンの指摘が的を射ていたからだ。

 歓声がやけに遠くの音に聞こえる。

 昨日の自身の敗北は己の判断ミスと反省していたが、それ以上に、いや今の自分では到達できない先にジンは立っていることを今更ながら理解した。

 そんな自身を恥じ、俯きながらザンドロは口を開く。


「ジン殿は強いのですね……」

「おお、強いぞ。

 だからお前にもまだ負けないし、次やるときは嬢ちゃんにはまだ勝てないかもしれないが前よりは苦しめさせてやる。

 まぁ、偉そうに語ったが俺がいつまで経ってもガキってだけなんかもしれないがな」


 ザンドロの方に目をやり、にやりとジンは不敵な笑みを浮かべた。


「そうですね。

 でも、次はあなたに勝ちますよ」


 ジンの目をまっすぐ見て、ザンドロはその言葉を口にすることができた。


「ああ、その時を楽しみにしてるぞ」


 再び目の前の光景にジンは視線を戻し、子供のように無邪気な顔で言葉を続ける。 


「ここで繰り広げられてる戦いは到達できるかもしれない可能性だ。

 知らない世界、ワクワクするぜ」


 ザンドロも再び二人の戦いに視線を戻す。


(憧れか……)


 確かに自身が初めて剣を握った時もワクワクしながら、父の背中を追っていたことを思い出す。

 そうすると淀んで見えていた光景がザンドロの目に鮮やかに映る。

 街中で、学校で出会った穏やかに微笑んでいるアリスの表情はそこにはなかった。

 鬼気迫る表情でストラディバリに肉薄し、剣を交え、弾き返され、地面に転がる。

 それでも即座に立ち上がり、次の一手を仕掛ける。

 徐々にではあるが、アリスの剣はストラディバリを脅かし始めていた。

 剣の軌跡が焼きつく。


「すごい……」


 自然とそんな言葉がザンドロの口から漏れた。


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