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第七十一話「初代剣聖」

「何者だ!」


 セザールの両脇に控えていた騎士が手に握る槍を赤髪の青年に突き立てた。

 突き立てられた青年は平然とした顔をし、突き立てられた槍を意に介さず、あくまでマイペース。

 手に握った剣聖の証である剣を向けてくる。


「先程の戦いで準備運動は十分であろう? 刀を抜くがよい」


 青年の言葉に俺は反応する。


(どうして刀という単語を知っている?)


 俺の疑問が聞こえてたかのように、青年はニヤリと笑みを浮かべながら応える。


「どうしてその剣の銘を知っているといった顔か? 

 寛大な俺様が教えてやろう。

 その刀はガルネリと俺様の手で鍛えたものだからだ。

 感謝しろよ?」


 尊大な態度で言い放つ。

 目の前の男は鍛冶師ということであろうか?

 青年の言葉で、俺は更に疑問は膨れ上がるが。


「……刀っていうのは銘というよりは、こういった形の剣を指す単語ですがね」

 俺はどこかずれた指摘をした。

「ふむ、そうなのか。ならばその刀とやらの銘は『華月』と名付けよう。

 どうだ、よい銘であろう?」

「そうですね……」


 ここが違う場所であったならば、『華月』と名付けられた刀を鍛えてくれたことに対して素直に感謝を示していたことだろう。

 だが、ここは闘技場の中央。

 そして国王の前である。

 目の前の青年と違い空気が読める俺は、あくまでマイペースに言葉を続ける青年に対して両脇の槍を突き立てた騎士が、額に青筋を浮かべているのが見えた。


「貴様――」


 しかし、騎士の一人が怒声を発しようとした瞬間であった。


「槍を収めよ!」


 セザールの言葉が先に響く。

 思いがけないセザールの言葉に騎士は驚く。


「しかし……」

「収めよ!」 


 有無を言わさぬセザールの言葉に騎士は槍を渋々と収める。

 更にセザールは誰もが予想できない行動に出た。


「「「なっ」」」


 周囲の騎士は驚き、それを目にした観客もどよめく。

 なんと、赤髪の青年の前にこの国の王であるセザールが跪いたのだ。


「お初にお目にかかります。

 初代国王にして初代剣聖、アントニオ・ストラディバリ殿」


 セザールの言葉に周囲の者は更に驚く。


(この男が初代国王にして初代剣聖? それに、アントニオ・ストラディバリっていったか)


 ストラディバリという名には覚えがあった。

 ガルネリが最高の鍛冶師と賞していた者の名前だ。

 青年は初めて俺から視線を外し、セザールへを一瞥する。


「ユリウスの血筋か。

 一つ訂正しとくが、初代国王はユリウス・アルベールだ。

 俺様ではない」

「それでも我らは代々、王国の今があるのはストラディバリ殿の功績によるものと聞かされて育ってまいりました」

「代々語り継ぐとはご苦労なことだな。

 まぁ、人の身を捨て数百年も己が願いを叶えるために生きながらえてきた俺様も大概か」

「やはり……王国に伝わりし剣の精霊の正体はストラディバリ殿だったのですね。

 長い歴史の中で剣聖の資格者に語りかけていたとは聞いておりましたが、まさかこのようにはっきりと姿をお見せになるとは」

「待ち望んでいた時が来たからな」

「それはストラディバリ殿の願いが叶う時が来たと、そういうことですかな?」

「そうだ。

 俺様の願いはただ一つ。

 強い奴と戦いたい。それだけだ。

 今代の王よ、よもやこの者との勝負を邪魔するなどといった無粋なことはせんだろうな?」


 ストラディバリは笑顔で言うが、身体からは殺気が漲っていた。

 邪魔するならば斬る、と。


「まさか、邪魔など致しませぬ。ただ一つだけお願いがあります」

「言ってみろ。

 俺様は全身全霊をかけた勝負を望むがゆえこの者の命を奪うな、といった願いは無理だぞ」

「そのようなことは申しません」


 ストラディバリの言葉を即座に否定するセザール。

 当事者である俺は「おい!」と突っ込むが、小心者であるが故心の中に留めておく。

 黙って事の成り行きを見守ることしかできない。


「是非、我らに初代剣聖の全力の姿を見せて頂きたい」

「はっ、無論だ!」


 再びストラディバリは俺の方に剣を突き立てると声高に宣言する。


「俺様の名は初代剣聖アントニオ・ストラディバリ! 

 数百年もの間俺様と対等に戦えるやつを求め、人の身を捨てこうして生きながらえてきた。

 そして遂に現れた、俺様が全力をだすに相応しい相手。

 今代の剣聖アリス・サザーランドに対して、決闘を申し込む!」

   

 宣言は闘技場全体に響き渡る。

 どよめきが転じ、今日一番の歓声が沸いた。



  ◇



 俺は再び闘技場の中央に立っていた。

 歓声はなりやまない。

 対峙する相手は初代剣聖……らしい。

 生憎と俺はこの国の歴史に詳しくはない。   

 だが、目の前の存在は強い。

 それだけは確信できる。

 五メートルほど先に立つストラディバリのレベルを調べると「???」と表示された。


(バグってるぞ……)


 これが何を意味するのかは分からない。

 ただ、竜と比べても一線を画する存在とみたほうがいいだろう。


「さて、改めて名乗らせてもらおう。

 俺様はアントニオ・ストラディバリ。

 一応初代の剣聖だ」

「アリス・サザーランドです。

 ……学生です」

「くくく、面白いなお前」

「いくつか質問してもいいですか?」

「今の俺様は機嫌がいいから答えてやろう。

 だが、あまり多くは答えてやれん。観客も俺様も戦いを楽しみにしているからな」

「……なら、二つだけ。

 今、あなたが持っている剣の名前は何というのですか?」


 以前、ガルネリに尋ねた時に答えを濁された質問だ。


「そうだな、少し前、いや俺の感覚ではほんのちょっと前だが百年くらい前か。

 その時は『ヴァーグナー』、もっと前は『ルフェーブル』、『ウィリアムズ』、『ヘルベック』、『ミュンシュ』。

 そして今、俺様が数百年ぶりに握ったこの剣は再び『ストラディバリ』と呼ばれるべきか」

「剣聖を名乗る者の名前が、剣の銘ということですか」

「少し違うな。剣を握る者の名前が剣の銘ということだ。

 俺様が決めたわけじゃないがな」


 肩をすくめ、ストラディバリは言う。


「元々この剣は俺様が俺様の為に打った最高の剣だ。

 人の身を捨てるまで剣と共にいた。

 いや、人の身を捨てても剣と共にいたか? まぁ些細なことだ。

 ずっと握っていた剣ではあるが、俺様がつくった剣で唯一こいつには名前を付けていなかった。

 いつしかこの剣は俺の名で呼ばれるようになり、握った剣聖の名と共に、剣の名前も語られるようになった。

 そしていつしかこいつは、剣を握った者の名前で呼ばれるようになったってわけだ」

「なるほど」


 思っていた以上に歴史のある剣であった。

 ストラディバリの答えに満足し、頷く。


「二つ目の質問は?」

「強い奴と戦いたいのがあなたの願いと言っていましたしたが、これまでの剣聖もあなたのお眼鏡に適った者達ではなかったのですか?」


 先程のセザールとの会話で一番気になったことだ。

 俺は七代目剣聖。

 初代はストラディバリ本人であることから除外するとしても、これまでに五名も剣聖となった者がいる。

 剣聖の称号を与える条件はいまいちわからないが、これまで聞いた話から推測すると、剣舞祭で優勝し、剣の精霊に認められた者にのみ与えられるということになる。

 剣の精霊はストラディバリであることから、本人が認める実力の持ち主であるなば、歴代の剣聖とも戦っていることになるが、先程の会話から察するにストラディバリが姿を現したのは今回が初めて。

 つまり、歴代の剣聖とは戦っていないことになる。

 俺の疑問にストラディバリが答える。


「皆その時代、稀代の天才と評される者達であったが、俺様が全力で戦うにはちと足りない。

 だが、届く可能性はあった」

「……結局、戦うまでには至らなかったということですか?」

「その通りだ。努力が足りない訳ではない。

 言うなれば時代が悪かったというべきか。

 俺様が生きた戦乱の時代と違い、機会に恵まなかった。

 ……いや、どの時代にも己と同じ強さをもつ者に出会えないのも不幸というべきか。

 やがて老いには勝てず。

 誰も俺様の場所まで辿り着けず、無念のまま死んでいった」


 ストラディバリは空を見上げながら語る。

 恐らく、ストラディバリは誰よりもその世代の剣聖の成長を、戦うことを楽しみにし、誰よりも近くで見送ってきたのだろう。


「さて、質問は終わりでいいな? 

 いい加減観てるほうが待ちくたびれてくる頃合いだ。刀を抜け」


 これ以上の質問は受け付けないと、ストラディバリは剣を抜き構える。


「ありがとうございます」


 疑問に答えてくれたことに感謝を示し、俺も刀を構える。

 試合と同じように合図を待つことになるか、と思っていたが、唐突に。


「一撃で 斃れてくれるなよ?」


 ぶわっと殺意が膨れ上がる。 


「――ッ」


 咄嗟に横に跳んだ。

 まだ、ストラディバリの剣が届く間合いではない。

 が、振るった剣に合わせて暴力的な熱が俺の側を通過した。


(無茶苦茶だ!これは剣術なのか?)


 驚愕する。

 最早剣術という範囲には収まらない。

 魔術といっても差支えがないだろう。


「クククッ! いいぞ、お前は俺様が倒すに相応しい相手だ!

 人の身を捨て、数百年待ったかいがあるというものだ!」


 次の攻撃が来る。

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