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第六十三話「作戦会議」

 俺を先頭に地下通路を駆ける。

 両腕で助け出した少女を抱えていた。

 後ろのエクトルは二人を肩に担ぎ、アレクも一人担いでいる。

 最後尾はラフィ。

 ラフィは魔法陣が何の魔術であるか、未だ思案に耽っている。

 没頭している様子ではあるが、遅れることなくついてきていた。

 先頭を走りながらも、罠やまだ敵が潜んいる可能性もあるため、周囲を油断なく警戒している。


『そこを右』


 道案内は青。

 腰の剣から声が響く。

 アレク達と共に俺が連れてこられた部屋まで来ていたため道案内はばっちりのようだ。

 少しヘルプは不満気そうであったが、ヘルプも俺と同じで周囲がわからない状態であったために今回はナビゲート役をできない。

 ノイマンの性格から、道中どんな罠が潜んでいるかと警戒していたが、ここまでは順調。

 妨害は一切ない。

 自然に発生する魔力をトリガーに起動する魔法陣であったため、仕掛けた罠は既に起動済みと考えていいかもしれない。

 俺達は言葉もなく、ひたすら通路を、階段を駆け抜け、やがて出口に辿り着いた。

 まず、目に飛び込んできたのは満月。

 俺が攫われたたのは真昼間であったが、外は既に日が落ちていたことに驚く。

 狭く暗い空間に長時間押し込められていたので時間感覚がなくなっていた。

 月明かりで出来た自身の影を見つめる。

 小さな影だ。

 満月の横に巨大な尖塔が寄り添い、その長い影が俺の前まで伸びていた。

 教会がそこにはあった。

 今、俺が出てきた場所は教会の敷地内、その一角にポツンと立つ小屋。

 蔦に覆われ、遠目からは只の物置小屋にしか見えないが、地下に繋がる階段がここにあったわけだ。

 小屋には見張りの騎士が立っていた。

 エクトルが配置したのだろう。

 先ず最初に出てきた俺の姿を見て、「どうしてこの場所から少女が?」と不思議な顔を浮かべていた。

 少し遅れて俺以外の三人も地上へと出てくる。

 エクトルの姿を見るや否や、見張り役の騎士二人は疑問を一旦捨て置き、背筋を伸ばしエクトルに見事な敬礼を行う。

 それに応じたエクトルは質問を投げかける。


「こっちは何か変わったことは起きなかったか?」

「ハッ! 特に変わったことはありませんでした。

 捕縛した教会関係者も素直に従っております」


 どうやら地下のような惨劇は地上で起きていないみたいだ。

 質問に答えた騎士は続けて訝し気に問う。


「あの、他の騎士団の者は?」

 

 騎士団の団長が単独で行動することはほぼない。

 常に複数人の騎士を連れて歩くものだ。

 地下に赴く際も、例に漏れず複数人の騎士と共に降りたが、戻ってきたのが団長一人と冒険者の面々、あとは救出したと思われる子供。

 エクトルは簡潔に答える。


「殺された」

「なっ!?」


「詳細は後程話す。

 すまないが今は引き続き見張りを頼む。

 アリス君達はこちらに」


 騎士二人は驚き、詳細を聞きたそうにしていたが、先手を打ちエクトルが会話を打ち切った。

 エクトルの先導でこの場を離れる。


「ひとまず、この子達を騎士団の連中に預けよう」


 俺達はエクトルの言葉に従い、教会で待機していた騎士を捕まえ、救出した子供たちを受け渡す。

 いつからか、俺が助け出した少女は目を覚ましていたようで、受け渡す際不安げに俺を見つめてきたが、笑顔をつくり、「またね」と手を振りながら足早にその場を後にした。

 しかし、これで一段落、というわけではない。

 歩きながら俺はラフィに問う。


「ラフィ、魔法陣の正体は何かわかった?」


 フルフルと首を横に振る。

 短時間で解読できれば苦労はしない。

 アレクがその言葉を受けて、ラフィに尋ねた。


「正体はわからなくても碌でもないものに違いない。

 その魔法陣を発動させないようにするにはどうすればいい?」 

「魔法陣を止める方法は大きくわけて二つしかない。

 一つ目は魔力の供給源を絶つこと」


 魔法陣の供給源が人であるならば、供給源を妨害、或いは葬ればよい。

 非常に簡単だ。

 しかし、今回はこの手段をとれない。

 何せ魔力の供給源は自然、いうなれば大地そのものだ。

 当然そのことは皆理解していた。

 押し黙り、ラフィの二つ目の方法に耳を傾ける。


「二つ目は描かれた魔法陣を消すこと」

 その言葉を聞き、全員が押し黙る。

「それもかなり厳しくないか……?」


 俺が代表して尋ねるが、ラフィは冷静に言葉を続ける。 


「全部を消さなくてもいい。魔法陣が意味を成さない形にすればいいだけ。

 今回の場合は組み合わされた図形を破綻させればいい。

 魔法陣は意味を成さなくなり、仕掛けられた魔術は発動しないはず」

「ラフィ君、例の図面から推測するに魔法陣は王都の道や地下水路を使って描かれているということであっているだろうか?」

「そう」

「しかし、そうなると図形を破綻させるには道、もしくは地下水路を破壊しなければならないのではないか? 

 道は剣舞祭の影響で多くの人通りがある。地下水路にしても、地上には多くの建物があり、簡単に破壊できるとは思えない」


 地面に描かれた魔法陣であれば、足でぐりぐりすれば消すこともできただろう。

 しかし、今回の魔法陣を消すという行為は規模が違う。


「それに私は魔術の知識は乏しいが、魔法陣を破綻させるにはなるべく主要な線というべきか、主要な図形部分を破綻させた方が確実ではないのか?」


 エクトルの言葉を引き継ぐように、アレクが続ける。


「加えて、地下にあった図形の全てが意味のある箇所とも限らないだろう。

 俺だったら嘘の情報を加えておく」

「でも、図書館でみた魔法陣と似たような形だったから大部分は正解なんじゃないのか?」


 アレクの言葉に俺は反論するが。


「図書館で見たのはただの王都の道や地下水路の区画整理図だった可能性もある。

 ラフィが所々違うと指摘していただろう。

 確かにその辺りを流用したのかもしれないが、闇雲に道という道を破壊しても効果があるとは思えない」


 俺はアレクの言葉に、なるほどと納得してしまう。

 だが、頭脳明晰なラフィのことだ。

 ラフィはその辺りも考慮して正解の箇所に当たりをつけているのではと期待して視線を向けた。 

 予想に反し、アレクの言葉を受けたラフィは硬直。

 アレクのように頭に耳がついていたならば、しゅんっと垂れ下がっていたことだろう。

 どうやら、珍しくそこまで思考が回っていなかった様子。 


「……ごめん、そこまで考えていなかった」


 謝ることではないのだが、ラフィは項垂れ謝罪する。

 四人に沈黙が落ちた。

 俺は考える。


(当たりが付けられないにしても、幹線道路をことごとく破壊すれば正解の確率はあがるだろう。

 だが、団長の言う通り剣舞祭の影響で多くの人がいる。

 避難させるにしても時間がかかるか。

 仕掛けられた魔法陣が発動するのはいつだ? 

 ……考えても分からないことを考えても仕方がないか。

 時間はもうないとみて行動するしかない)


 そこで俺はあることに気付いた。


「魔力が流れる主要ラインを絶てばいい……?」

「それが分からないから困ってるんだろう」


 俺の呟きを拾い、アレクが突っ込む。


「いや、確実に魔力が集まる場所は一カ所だけわかる」

「それは……、そうか。ナオキが言いたいことが分かったぞ。転移陣か」

「そういうこと」


 転移陣も魔力が自然に集まるタイミングでしか使用できない。

 つまり、転移陣の場所には膨大な魔力が流れているはずだ。


「だが、今回の魔法陣と転移陣に使われる魔力が別の場所から供給されているなら意味はないが……その辺りはどうなんだ、ラフィ?」

「……魔力は地下深くに根付く脈から溢れてくると言われている。

 ナオキの考えは正しい。

 今とれる手段としては最善」

「ってことは転移陣を破壊するのか?

 だが、あくまで王都に何か魔法陣が仕掛けれらいるかもというのは推測にすぎない。

 そんな理由で転移陣の破壊をできるか?」


 チラリとアレクはエクトルの方を見る。

 転移陣は王都の重要な場所だ。

 だが、エクトルは即断する。


「何かが起きてからでは遅い。

 最善の手を尽くすべきだ。

 責任は私がとろう」


 方針は決まった。


「しかし、転移陣は稼働状態だ。

 転移してくる人も、転移しようとしている人で溢れ返ってるはず。

 それはどうする?」


 エクトルの質問にラフィが少し思案し答える。


「転移してくる方は対策ができる。

 転移陣は既に研究されつくしている魔法陣。

 私が妨害の術式を短時間であればかけられる」

「となると、あとは転移区にいる人をどうやって避難させるかか」


 アレクは俺を見つめながら、思案する。

 ここまで誰が転移陣を破壊するかという話題がでていないが、暗黙の了承で俺が破壊することになっているようだ。


(わかっていたけどな……)


 どうやら、王都の重要な拠点を今から俺は破壊することになりそうだ。

 エクトルが責任はとると言っていたが、あくまで実行犯は俺。

 これまで王国に貢献したとはいえ、流石に俺が転移陣を破壊したと知られれば国外追放、あるいは死罪なんてことにならないだろうか。

 それは嫌だ。

 だが俺はアレクが思案している、どうやって人を避難させるか、そしてどうやって俺以外に罪を擦り付けるかに関して、一つの方法を思いついていた。


「いい考えがある」


 俺はニヤリと不敵に微笑み、その提案をした。


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