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第六十一話「再考」


 俺達は先導する騎士について行く。

 

「そう言えばアリス、剣を返しておくぞ」

「うん、ありがとう」


 俺が勇者であることを知らない騎士がこの場にいるため、アレクは俺のことをアリスと呼ぶ。

 慣れない感覚だ。

 アレクから預かってもらっていた剣を受け取り、腰に吊るす。


(青、おかえり)

『ただいま。

 この場所が落ち着くよ』


 事情を知らない騎士がいるため、青が気を利かせ、俺にしか聞こえないよう返事する。


「アレクはアンデッド相手に、この剣で戦ったの?」

「そんなわけあるか。

 お前は平気な顔してその剣を振りまわしていたが、俺には重すぎる。

 運ぶだけで精一杯だ。

 それに俺が剣で戦うと思うか?」

「思わない」


 アレクが得意なのは遠距離からの狙撃だ。

 今、俺達が歩いてる道は暗く、狭い。

 先頭を歩く騎士が持つ松明の明かりが届かない範囲では、全く何も見えない。

 道中、ほとんどがここと同じような状況であったとみるべきだろう。

 アンデッドとの遭遇戦ではアレクが活躍する機会はなさそうであった。

 コツコツと足音だけが反響する。

 暫く歩き、やがて別の騎士が入口の前で立つ部屋へと着いた。

 ここが目的の場所なのだろう。

 

「連れてきました」

「ご苦労。

 お前は三班と合流して、引き続き捜索にあたれ」

「はっ!」


 そこには予想外の人物が待っていた。

 俺達が案内された部屋で立っていたのは騎士団団長エクトル・ベルリオーズ其の人であった。

 エクトルに告げられ、ここまで先導してくれた騎士は足早に部屋を出ていく。

 それを確認するとエクトルがこちらへと視線をやる。


「わざわざすまない。

 勇者様も久しぶりだ」


 エクトルは外の騎士に聞こえぬよう、後半は小声で俺へと声を掛ける。


「お久しぶりです。

 でも、どうして団長殿がここに?」

「陛下の勅命でな。

 なんとしても今日中に事態の終息を図るようにとのお達しだ」


 俺を何やら意味深に見ながら、苦笑交じりにエクトルは言う。

 人攫いの黒幕を確保する大きなチャンスであるため、騎士団長自ら出てきたのだと納得することにした。

 

「さっそく本題に入ろう。

 見てもらいたいものがある。

 特にラフィ君に見てもらいたい」


 背中を向け、部屋の奥へとエクトルが歩きはじめる。

 それに続く。

 

「ここだ」


 部屋の奥、さらに部屋へと続く扉があった。

 それを開け中へと入っていく。


「……!?」


 中に足を踏み入れ、俺達は皆、息を呑んだ。


「これは、何だ?」


 アレクが部屋全体に目をやりながら疑問の声を上がる。

 部屋は何の変哲もない広間。

 否、地下に三十人くらいは余裕で入れそうな広大な空間があるという時点でおかしいかもしれない。

 ただ、見た目はただの広間だ。

 壁に一定間隔で燭台が立てられており、今は火が灯り、部屋を不気味に照らしている。

 その照らされた広間には巨大な魔法陣が描かれていた。

 見た瞬間に嫌悪感を憶える。

 その理由は何か。

 魔法陣を描くのに使われた触媒が原因だ。

 赤黒く変色した、魔力を通すのに最も適した触媒。

 血で描かれていた。

 一体、何人分の血を使ったのか。

 魔法陣は床一面びっしりと複雑な紋様が絡み合い、線に沿って事細かく精霊文字が並んでいた。


「人攫いの目的は触媒の血か?」


 アレクが推測を口にした。

 恐らく正しい。

 そして、それは攫われた子供達がどうなったのか、絶望的な想像をするのに十分であった。


「遭遇したアンデッドは皆成人した者だった。

 子供のアンデッドは見ていないし、死体もまだ見つかっていない。

 まだわからん」


 エクトルが発言するが、それは気休めでしかないことをここの誰もが理解していた。


「……アンデッドに仕立て上げた死体はどこから持ってきたんだ?」


 少しでも攫われた子供がどうなったのかという想像から視線を背けるため、俺は話題を少し逸らした。

 その疑問にエクトルが答える。


「推測だが、災厄で死んだとされている人の中には、秘密裏にここに運ばれてきた死体があったのだろう。

 ……いや、ここで殺されて死体にされたと見るべきか。

 王国では死が間近だっただけに、人が生きて帰って来ないのが当たり前になっていた時期だった。

 死の尖兵をつくるのには苦労しなかっただろうな」


 吐き捨てる様に言う。


「胸糞悪い話だな……。

 ってことはかなり周到に計画された、中心のものがこの魔法陣になるわけか。

 ラフィ、この魔法陣から何かわかるか?」


 アレクがラフィに投げかける。

 ラフィはすでに魔法陣の外円を沿う様に歩きながら、その全貌を掴もうとしていた。

 やがて、ラフィが俺の方に視線をやると、ちょいちょいと手招きをする。


「何?」


 近づき、呼ばれた理由を聞く。


「これ、見て」

「俺は魔法陣見ただけじゃ、何も……」


 言いかけたが、その紋様を見て、俺とラフィは顔を見合わせる。

 今俺達が立っている位置からみた魔法陣の模様には見覚えがあった。

 王立学校の図書館で見た、あの謎の魔法陣だ。

 

(どうしてここに、同じものが?)

 

 俺は疑問に思う。

 紙に描かれていた魔法陣とは異なり、線に沿って、事細かな精霊文字が刻まれていた。

 模様だけではラフィはよく分からないと言っていたが、精霊文字は解読の手助けになるかもしれない。

 ラフィが親指の爪を噛みながら、思考に没頭する。

 やがて何かに気付いたのか、顔を上がる。


「違う。

 これは魔法陣じゃない」

「どういうことだ……?」


 ラフィが出した答えに俺は疑問の声を上げる。


「精霊文字で書かれてる言葉に、契約の内容は一切ない」


 ラフィは魔法陣の中に入り、文字を杖で指していく。


「ここは"封鎖"、こっちは"開通"。

 こっちも"開通"。

 同じ様な文字がそこかしらに書かれてる。

 それによく見るとナオキと私が見た、魔法陣と少し違う。

 ここ。

 こんな線はなかった。

 ここも」


 魔法陣の中を歩きながらラフィは杖を指していく。

 ラフィには悪いが、俺は例の魔法陣の複雑な模様を暗記はできていないので、ラフィの言葉に「ふーん、そうなのか」と頷くことしかできない。


「つまり、どういうことなんだ?」


 エクトルがラフィの結論を聞く。

 歩みを止め、ラフィが答える。


「ここに書いてあるのは、ただの設計書。

 血で描いているのはただの悪趣味。

 身近で円形のもの。

 そして、ここに描かれた線を見ていくと気付かない?」


 俺は首を傾げるが、アレクとエクトルは何かに気付いたようだ。

 エクトルが声に出す。

 

「そうか、この模様は王都の道と地下水路を全て描いたものか」


 その答えにラフィはこくりと頷く。


「だが、何故そのようなものがここに描かれている?」

「……さっき、ラフィは設計書って言ったな?

 ここに描かれている魔法陣には意味はないが、この図面自体には意味があるってことだろ?」

「そう」


 アレクの言葉にラフィは肯定し、言葉を続ける。


「王都に何か仕掛けられてる」


 ちょうど俺はラフィの言葉を聞きながら、魔法陣の外円に目を向けていた。

 ぐるっと一周。

 精霊文字は全て円の中に書かれているが、その一角だけ違う。

 円の外に大きく精霊文字が書かれていた。

 淡々と書かれていた中の文字とは違い、書き殴られた様に。


 "時は満ちた" と。

 

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