第五十八話「凶行」
現在人称がおかしいとの指摘がありまして、以前に投稿した話を修正中です。
最新話である今回から、今まで「アリスは~」と表現していたものを「俺は~」との表現に変えております。
『アレク、馬車が停まった』
『……方向と馬車の移動速度から予想するとナオキがいるのは八区の辺りか。
俺達も急いでそっちに向かっている。
合流するまでは、頼むから大人しくしといてくれよ』
『わかってるよ。
俺もそこまで考え無しじゃない』
『嘘つけ、脳筋。
まだ黒幕の本拠地かはわからないが、そのまま袋の中でじっとしといてくれよ』
俺はもう暫く大人しくしている必要がありそうだ。
『ヘルプなら、俺がいる場所とか把握していたりする?』
『いえ……、お役に立てずすみません。
マスターと知覚を共有して周りを認識していますので、私も今どこにいるのかわかりません』
その時、足音が近づいてくるのが聞こえた。
息を潜め、耳を澄ませる。
足音は複数人。
荷馬車の中に入ってくると、袋を担ぎ上げ外に運んでいるようだ。
俺も同じように担がれる。
「――!」
息を呑んだ。
袋越し、担がれた腕から伝わってくる感覚が冷たかったからだ。
生気を感じさせない。
思わず声が出そうになるが、なんとか抑えた。
馬車から降ろされ今度はどこに向かうのか、全く予想ができない。
やがて、石畳を靴が叩く音が耳に入る。
どこかの階段を下に降りているようだ。
長い時間担がれ、ようやく俺が入った袋は乱暴に降ろされ、置かれた。
いたっ! と堪らず声を上げそうになる。
「今回は六人ですか。
思ったより少ないですね。
……不良品に働きを期待するだけ無駄ですか」
若い男の声が響く。
コツコツと靴音が俺の側まで寄ってくる。
「このような働きでは神も満足されない。
ねえ、あなたもそう思うでしょう?」
ゾクリと。
(まさか俺の存在に気付いているのか?)
男の言葉に何も反応は返ってこない。
身を固くする。
「……あぁ、あなたに聞いても無駄でしたね。
もう死んでるのだから」
どうやら俺に語り掛けてるのではなかったようだ、と安堵すると共に男が語り掛けていた相手に対する推察を行う。
近くにいるのは俺を運んできた存在。
男の口から「死んでいる」という言葉からも分かるように運び屋はアンデッドという存在とみて間違いないだろう。
袋に気配がさらに近づく。
ガバッと、袋の口が突然開かれる。
俺は慌てて目を閉じた。
近くで男が息を呑む気配が聞こえた。
「これは、これは」
男の声と共に、俺を入れていた袋が取り払われ、全身が久しぶりの外気に晒された。
顎を掴まれる。
「美しい。
あぁ、なんて美しいんだ!
神の贄に相応しい、素晴らしい素材ではないか!
くくく、どうやら不良品とは言い過ぎだったようですね」
歓喜の声が耳元で響く。
嫌悪感から、俺の身体に触れている男を突き飛ばしたい衝動に駆られる。
男の手が身体の徐々に下に、太ももの辺りに触れた。
我慢できず、身を震わせ――
「ん?」
男は怪訝そうな声を上げ、ゆっくりと俺の身体を地面に寝かすと手を離す。
「こ、ここはどこ」
震える、幼い声が耳に届く。
「おやおや、魔術が切れてしまいましたか。
少しは使えるかと見直したところでしたが、やはり不良品は不良品。
最低限の仕事もできないとは困ったものです」
男の興味が俺から外れ、声がする方へと向けられた。
俺は薄眼を開き、初めて男の姿を視認する。
後ろ姿。
黒い服を身に纏っていた。
コツコツと声を上げた少女の方へと近づいていく。
「だ、だれ?」
気付いたら知らない場所にいた。
少女の恐怖はどれ程のものか。
目に涙を溜めながら、周囲をきょろきょろ見回し、やがて視線が男に固定される。
誰か居たら普通は安堵しそうなものだ。
しかし、少女の反応は違った。
「ひっ……!」
小さく悲鳴を漏らす。
身を守るように、男から距離を取ろうとジリジリと後退する。
が、すぐに壁に阻まれた。
俺は改めて今の状況を確認する。
(部屋……?)
うす暗い。
壁の側で篝火が、バチバチと音をたてながら燃え、不気味に部屋を照らす。
部屋は広くない。
中央に簡素な机が一つ。
横たわった状態では机の上に何が置かれているのか見えない。
ちらりと横を見ると、俺を担いできた正体が見えた。
生気のない顔。
虚ろな瞳は焦点が定まっていない。
何かの魔術で操られているというだけなら救いはあるが、俺はそれが死体であることがわかった。
同様の存在が他に三体。
そして、俺と同じようにこの場所に運び込まれたと思われる子供が入った袋が四つ。
地面を濡らす赤黒い水溜りが複数。
「――!」
認識した瞬間、これまで拒否していた臭いが脳へと伝わる。
濃厚な血の臭い。
ここで何が行われていたのか、詳しくわからない。
だが、良くないことが行われていたのは確実。
改めて男に視線を戻すと、男は机の上から何かを掴む。
鉈だ。
赤黒く変色し、何に使われていたのか想像するのは難しくない。
少女は助けを求め、声を絞り出そうとするが、恐怖から声がでない。
「……っ!」
「目覚めてしまったのは運がいいのか。
だが私の手間は増える。
いや、でも最近は意識のない子を解体するのも飽き飽きしていたところだ。
これは神が僕に与えてくれたご褒美か?
いや、そうに違いない」
独り言を漏らし、鉈を地面に引きずりながら男は一歩一歩少女へと近づいていく。
やがて、少女の前まで辿り着くと、屈みこむ。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。
君は今からいい所に行くのだから」
優し気に男は語り掛け、少女に向かって鉈が振り下ろされた。
金属の塊は少女を叩きつぶし、血溜まりを新たに作る――と男は思っていただろう。
ガツンっと鉈が冷たい地面を叩く。
衝撃が返り、男の手を痺れさせる。
「なに?」
困惑の声を上げ、男はその原因に目を向けた。
すなわち、俺に目を向ける。
助け出した少女は突然抱きすくめられた暖かな感覚に驚く。
男の凶行から俺は間一髪で少女を救い出した。
アレクには何があっても冒険者ギルドの協力者や騎士の配置が完了するまでは大人しくしていろと作戦前に何度も何度も言われたが、目の前の凶行を黙って見過ごすわけにはいかなかった。
俺を見つめる目は、呆けたものから徐々に歓喜のものへと変わっていく。
「何だ何だ何だ!
神はどうやら私にプレゼントを用意してくれたようだ。
あああ、感謝します」
何が嬉しいのか俺にはわからない。
だが、目の前の男が手の施しようがないレベルで狂っていることはわかった。




