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第五十六話「試合開始」


 アリスが人攫いの本拠地を特定するための潜入作戦を開始した頃。

 五区の闘技場は多くの人による熱気に包まれていた。

 ガヤガヤと、今か今かと試合の開始を待つ。


『皆さまお待たせしました。

 これより、剣舞祭決勝の試合を執り行いたいと思います。

 進行役は私、ディアナ・ダムラウが務めさせて頂きます』


 拡声魔術により、声は闘技場の隅々まで響き渡る。

 待ち望んだ時が来た。

 観客が沸く。

 進行役を名乗ったディアナは愛嬌のある笑みを浮かべながら、観客に向かって手を振る。

 観客のボルテージがさらに上がる。

 試合が始まろうとしている、それだけの歓声でははない。

 それもそのはず。

 歌姫ディアナ・ダムラウ。

 心を震わす歌声で人々を魅了する劇場の支配者でありながら、恵まれた容姿もあいまって老若男女を問わない国民の人気者だ。

 ここまで、剣舞祭進行役は特に名もない騎士が務めていたのだが、ディアナの登場は観客にとってサプライズであったわけだ。

 観客の歓声を満足気に眺めると、ディアナは手をおろし、次の言葉を紡ぐ。


『この決勝の戦いは第四十二代目国王、セザール・アルベール陛下もご観戦です。

 上にある貴賓室をご覧ください!』


 闘技場の最上段に位置する一角に用意された貴賓室。

 そこから一人の男が立ち上がる。

 国王セザール・アルベールだ。

 観客からは豆粒のようにしか見えないが、ディアナに負けず劣らずの歓声が沸く。

 元々は武王として名を馳せていたセザールの国民からの人気は高い。

 更に先の災厄から王都が間一髪で難を逃れたことも拍車をかけていた。

 観客の歓声にセザールは手を挙げて応え、やがて着席する。


『ありがとうございました!

 それではさっそく決勝で戦う二人に入場して頂きましょう!』



 ◇


 

 ザンドロ・ヴァーグナーは瞑っていた目を開く。

 目の前に広がるのは二人が闘うには広すぎる会場。

 入場門の内側。

 影の中にいるザンドロにまで観客の熱が伝わってくる。

 左手が無意識のうちに剣の柄を握った。


(ここまで来た。

 あと一人。

 いや、あと二人)

 

 ザンドロは深呼吸をする。


『先ずご紹介しますのは、東門より入場。

 ザンドロ・ヴァーグナー!』


 進行役の声を聞き、ザンドロは影が落ちていた入場門から踏み出した、闘技場の中央へと向かい歩きはじめる。

 一歩一歩。

 歩を進めるたびに身に着けた鎧の金属部分がぶつかり合う音が聞こえ、すぐに気にならなくなる。

 地鳴りのような歓声が360度から耳に入ってきた。


(アリスは観に来てくれただろうか?)


 視線を観客席の左から右へとゆっくり見回し、ザンドロは苦笑する。

 決勝に勝ち上がるまでも毎回行ってきた癖。

 小さい姿を探すが、視力に自信のあるザンドロでも流石にこれだけ多くの観客から特定の一人を見つけることは不可能であった。

 やがてザンドロは闘技場の中央に着き、止まる。


『続きまして、西門より入場。

 ジン・タチバナ!』


 一際大きな歓声が上がる。

 ディアナのアナウンスに促され、西門からザンドロの対戦相手が姿を見せる。

 ザンドロとは違い、会場の雰囲気に慣れている様子。

 観客の歓声に応えるよう、手を振りながら向かってくる。

 そして何も知らない者が見たらジンの恰好は異様。

 ザンドロが全身に鎧を纏っているのに対して、外を散歩するような軽装だ。

 とても今から剣と剣を交える戦いに挑む姿であるとは思えない。

 だが、ふざけていると思う者などこの場にはいなかった。

 あれが対戦相手であるジンの正装。

 ジン・タチバナ、前回剣舞祭優勝者だからこそ許される振る舞いだ。

 元から優勝候補に挙がっており、期待通り決勝まで圧倒的な強さで勝ち進んできた。

 ザンドロもジンが戦う試合を観戦したが、強いの一言に尽きる。

 対戦相手は皆予選を勝ち抜いてきた猛者であるはずだが、ジンにことごとく攻撃を封殺され、反撃に転じた一太刀で敗北を認めさせられていた。

 ジンは剣士としてピークの年齢は過ぎたはずだ。

 優勝候補と騒がれてはいても、ザンドロの父と同じで老いには勝てないと思っていた。

 だが、ザンドロの考えは間違っていた。

 ジンは更に強くなっている。

 そしてジンは未だ今回剣舞祭で本気を出して戦った試合が一度もないと、ザンドロは確信していた。

 何故ならばザンドロは前回剣舞祭決勝で、死闘でありながら楽し気に剣を振るっていた姿を知っているからだ。

 圧倒的な強さを示してはいたが、ジンは未だ底を見せていない。

 やがてジンも中央に着くと、ザンドロに向かって手を差し出した。

 その手をザンドロは握り返す。


「ジン・タチバナだ」

「ザンドロ・ヴァーグナーです」


 改めて自分で名乗る。

 視線が交錯する。

 剣舞祭では試合開始前に握手するのが恒例。

 試合後は腕が斬り飛ばされていることなど日常茶飯事なので、最初に握手を交わすことになったとか。

 ここで何か一言二言、言葉を交わすものだがお互い何も口にしない。

 これから剣で思う存分語り合うのに、口で語ることなどなかった。

 やがて手を解く。

 中央には二本の線が引かれていた。

 試合開始位置だ。

 背を向け、二人はそれぞれの試合開始位置へと着き、再び向き合う。

 ゆったりとした動作でジンが剣を抜き、構える。

 対峙してみるとよく分かるが、構えからは攻め入る隙が見当たらない。

 だが、そんなのは分かっていたこと。


(隙が無いなら隙をつくればいい)


 普段と変わらない柔らかな笑みを浮かべつつも、ザンドロは内心で獰猛な笑みを浮かべる。

 ジンもこの剣舞祭では物足りないと感じていたかもしれないが、それはザンドロも同じであった。

 ゾクゾクする。

 緊張からではない。 


(倒すべき、強敵だ……!)


 待ち望んだ好敵手に歓喜してだ。

 ザンドロも剣を構える。

 思考はただ目の前の相手を倒すこと、ただ一点に集中する。

 剣を構えた状態でお互いが睨みあい、試合開始の合図を待つ。

 先程までの歓声が一転。

 闘技場は何万もの人がいるとは思えない静寂に包まれる。

 隣人の唾を飲む込む音さえ聞こえるような。

 やがて静寂が破られる時が来た。

 ディアナが合図する。


『それでは!

 試合――開始!』


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