第五十五話「相談」
俺とアレクが現在会話に使っている念話は非常に便利な魔術である。
今回二人が会話の為に使用している念話は身体に魔法陣を描くことで実現していた。
ラフィお手製の魔術だ。
普通の念話では、お互いが対象を視認している必要がある。
ラフィの魔術により実現した念話は相手を限定することで距離が離れていても問題なく会話を行うことができた。
ただし、魔法陣を描いた触媒の魔力が尽きると効力を失う。
それでもラフィによると、この魔法陣は半日は効力を発揮できるとのこと。
十分であった。
次の問題は人攫いの場所をどうやって特定するかであった。
この位置確認は青に任せた。
最近、口数の少ない青であるが協力を申し出た。
精霊として契約を結んだ青には俺との距離が離れても大体の位置は掴めるとのことだ。
それに今回俺が剣をぶら下げていると、人攫いのターゲットから外れる可能性が高いためどちらにせよ青を預ける必要があった。
今はアレクが青を宿した剣を預かっており、俺の位置は青がアレクに教えていた。
『今どの辺にいるの?』
乗り心地最悪の肩車に揺られながら俺は問いかける。
『大通りにでるとこだな』
確かに袋の中でくぐもってはいるが、雑踏の音が聞こえてきた。
『もっとこそこそと人目のない道を行くかと思ったんだが』
『逆に堂々してるから目立たないんだろう。
今この辺りは荷馬車が入れないこともあって、店の人達が物を担いで運んでるなんて姿はあっちこちで見えるしな』
『……他の担がれた袋の中にも子供が入ってる可能性があるってわけか』
『否定はできないが、今は確かめる術がない』
大人しく運ばれていると、今度は雑踏から遠ざかり始める。
(路地に入ったか)
その推測をアレクの言葉が肯定する。
『路地に入った。ちらっと覗いたが人気があんまなさそうだから尾行は無理だな』
『俺がわかる限りの状況は伝える。
そっちは青がなんとなく位置は掴んでいることを確かめといてくれ』
暫くして、男の動きが止まる。
「おい、持ってきたぞ」
「後ろに積んでくれ」
「ほらよ」
布を掴み、何かを開けた音。
直後、俺の太もも辺りを触られ体勢を変えられた。
天地がひっくり返る。
次に背中に冷たい感触。
「一旦俺はこいつらを運ぶ。
次は二時間後くらいだ」
「今日はいつにもまして大量だな」
「お前たちも引き続き頼むぞ」
男たちの会話が聞こえなくなると、やがて地面から振動を感じる。
『どうやら荷馬車に積まれたみたいだ』
『みたいだな。目視はできていないが、おそらく通りを南下して南門に向かっている。
……いや、違うな。
青の話ではナオキを乗せた馬車は北に移動しているみたいだ』
『北ね……』
攫った子供をどこに運んでいるのか。
普通に考えれば王都の外に運んでいると推測するのが妥当であった。
この場合、五区から最も近い王都の出口は南門。
通りを南下しなければおかしい。
勿論北に向かい、別の方角の出口に向かっている可能性も否定できないが、男たちの会話からの可能性は否定できた。
今の検問を出るのは非常に時間がかかり、さらに出ていった荷馬車が再び入るには再度検問を受ける必要がある。
二時間では戻ってこられない。
それに先日のギルド支部長であるロベルトも検問でそれらしき怪しい荷台を見つけれてないと話していた。
やはり攫われた子供は王都内のどこかに運ばれていたことが決定的だ。
幸か不幸か、王都外をすでに攫われた子供達が運ばれてしまっていた場合、攫われていた子供を捜索するのは困難であったが、未だ王都内にいるとすれば希望がある。
俺が運ばれる場所に子供たちはいるはずだ。
袋の中ではあるが、同じ空間に気配を複数感じていた。
同じように攫われてきた子供たちと見て間違いないだろう。
本当は今すぐにでも解放してあげたいところだが、それをやってしまうと作戦が台無しになる。
今は目を瞑るほかない。
暗闇の中、荷馬車が路地を駆ける音だけが響く。
『なあ、アレク』
『何だ』
俺は暇潰しから、アレクにあることを尋ねてみた。
『アレクは人を殺したことがある?』
『……唐突な質問だな』
『今回、俺達が追っている人攫いの大本はこの前の冒険者を殺った連中の可能性があるだろ』
『その可能性は高いな』
『俺は人を殺したことがない。
そいつらを相手に俺は躊躇なく剣を振るえるだろうか。
ちょっと前に相手を殺す覚悟が足りないと戒められた。
そして、その躊躇がいつか致命的な一撃になるとも』
沈黙が降りる。
やがて、アレクの声が届く。
『さっきの答えだが、俺は人を殺したことがある。
一度じゃない。
行商人に交じって旅をしていると、盗賊に出くわすことはよくある。
この世界はナオキが居た世界とは違う。
自分の身は自分の身で守るのが当たり前だ。
慈悲なんかも無意味だ。
殺意を向けるにしても向けられたにしても、その時点で殺られるか殺るかの二択しかなくなっている。
だから俺は躊躇なくそういう連中は殺してきた。
そうしないと生き残れないからだ。
だが、それは俺が弱いからだ』
『どういう……意味だ?』
『ナオキ、お前は強いよ。
明確に殺意を持ったお前から逃げられる奴なんていないだろう。
ナオキ相手に説教した相手が誰だか知らないが、俺が断言してやるよ。
そいつはお前の本気を知らない。
災厄で暴れに暴れたお前の本気を』
『いや、暴れてはないぞ?』
一応否定しておくが、俺の言葉を無視してアレクは続ける。
『だから、殺意を向けられてもお前なら殺さずに無力化することも造作でないはずだ。
別に殺さなくてもいい。
人殺しはよくない。
それは、お前が培ってきたこれまでの倫理観であり、正しい倫理観だ』
『……だが、言われたように躊躇することで届かない一撃があるかもしれない』
『ナオキに足りないのはそんな覚悟じゃないと断言する。
そうだな、ナオキの場合はもっとふんぞり返って楽に構えればいいんだよ。
俺は強いぞ、それでもかかってくるか?ってな
驕り誇ればいいんだよ。
歯向かってくる相手には力を誇示すればいい。
お前はアンデッドとか魔物相手には常に威圧的で、隙なんて見えやしない。
俺はそれでいいと思うぜ』
『すごく嫌な奴に聞こえるんだが……』
『俺は好きだから、お前の戦いに付き合ってんだぜ?』
『今回はアレクの方が積極的に協力してて、付き合わせられているんだが……』
『うっ、それはそうだな。
今度奢ってやるから付き合ってくれ』
『……まあ、いいけど。
でも大役を押し付けたんだから、こっそりでいいからお酒を奢ってほしい。
少しくらい飲んでみたい』
『……考えておく』
『絶対だぞ』
「人を殺す」ということに俺は不安を抱えていた。
甘い相手ではないということはわかっていたが、ジンに言われた言葉も楔となり、胸中をかき乱していた。
だが、アレクと話すことでなんだかすっきりした。
(……よし)
気合を入れる様に胸中で呟いた。
迷いはなくなった。
遂に荷馬車が止まる。
どうやら目的の場所に着いたようだ。
(どんな相手であろうとかかってこい。
全力で叩きつぶす)
静かに闘志を燃やす。
※6/11追記
6/11の更新はお休みします。申し訳ありません。
次回更新6/12(火) 23:00あたり




