第五十一話「ラフィの告白」
アニエスが学校に行くのを見送り、俺はベッドで横になった。
会話をしたことで、眠気が吹き飛んだように思われたが、それは気のせいであった。
枕に顔を埋めると、程なくして眠気が体を襲った。
眠気に身を任せ、そのまま夢の世界へと旅立つ。
次に意識が戻ると、昼下がりであった。
「思ったより早く目が覚めたな……」
徹夜の連続で、夜までぐっすりと予想していただけに驚くと、ヘルプが訂正する。
『それは誤りです。
マスターが寝てから丸一日以上が経過しています』
「……まじで?」
『まじです』
身体を起こそうとすると、確かに寝すぎた時に感じる倦怠感が身体を襲う。
(やっちまった……。今日が唯一、剣舞祭の試合を観に行けたのかもしれないのに!)
自己嫌悪に陥る。
(いや、でもこの時間はまだ試合をやってるかも!
急いで行くか)
思い直すと、俺は外出するため服を着替える。
深い眠りであったためか、髪の乱れも少ない。
軽く櫛を通してやり身支度を整えた。
アニエスを介してザンドロから貰ったチケットを収納ボックスに仕舞っていることを確認し、部屋を出る。
軽快な音をたてながら一気に一階まで降りる。
俺の視界に予想外の人物が映る。
「あれ、ラフィ?」
一階の応接間。
後ろ姿ではあるが、見間違いようがない。
応接間のソファーに腰を掛け、本を読んでいた。
俺の声に反応し、本から顔を上げる。
「ナオキ、やっと起きた」
「なんでラフィがここに?」
「ん」
ラフィは一枚の紙を突き出してくる。
何かの許可書のように見える。
「いや、なにこれ?」
「学校への入場許可書。
ここには朝、アニエス様が入れてくれた」
「朝から来てたのか……。
起こしてくれればよかったのに」
「アニエス様と色々やった。
でも起きなかった」
「それは……悪かったな」
「いい。読書が捗った」
ラフィは本を閉じると、鞄に仕舞う。
「で、俺に何が用事?」
「よかったら図書館を案内してほしい。
国王陛下から許可を貰った」
本と入れ替えるように、鞄から俺も持っているバッジを取り出す。
国王陛下直々に許可を貰ったということは、当然全階層の閲覧権限を付与されているのだろう。
(王国が所蔵する禁書とか他国の人に見せてもいいのか?)
と疑問に思ったが、よくよく考えたら俺も元々は王国の人間でない。
要は王国を救ってくれた勇者一行に対して色々便宜を図ってくれているのだろう。
さて、バッジをまじまじと見ながら俺が思考に没頭していると、ラフィが不安気に声を上げる。
「……何も用事がなければでいいけど、駄目?」
若干の上目遣いで問うてくる。
本音を言えば、今日は剣舞祭の本戦を観に行きたい。
しかし、せっかく俺を訪ね、朝からずっと待っていてくれたラフィの頼みを断ることなどできるはずがなかった。
「いや、ないよ。
俺も最近図書館に行ってなかったし、一緒に行こう」
「よかった」
普段は無表情のラフィであるが、俺の言葉にほっと安堵の息をつき、相好を崩した。
「な、なに……?」
その表情を俺はまじまじと見たためか、ラフィが今度は狼狽える表情を見せた。
悪戯心を刺激された俺はラフィに近寄り、顔を近づける。
「いや。やっぱり無表情よりも今のラフィのがかわいいなーって」
「……!
っはやく図書館に行こう。
もう昼過ぎてる」
ラフィは沸騰したように顔を赤く染めたように見えたが、横に置いていた帽子を深くかぶってしまい顔を隠された。
立ち上がると、早足で寮の扉を手にかけ外へと出た。
俺も慌てて後をついていく。
横に並ぶと、少しラフィも歩調を緩めてくれた。
ただ、まだ顔を伏せたままで俺の方を向いてはくれない。
少しからかい過ぎたと反省し、話題を変える。
「今日はアレクどうしたの?」
思い返してみるとラフィが一人で訪ねてきたのは初めてのことだ。
「……アレクは今日も人攫いに関しての情報を集めてる」
「なんだかんだあいつはマメだよな」
「うん。口は悪いけどナオキに負けずお人好し」
「俺もお人好し……なのか?」
「お人好し。じゃなきゃ、全く関係のない世界に呼び出されて、災厄に立ち向かって見ず知らずの人の為に戦うなんてできない」
「うーん、俺の場合は目の前にそれしか目的がなかったから、取り敢えず与えられた役目をこなしたにすぎないんだが……。
そう考えると、アレクはもちろんラフィもヴィヴィも相当なお人好しだよな」
ガエルは一応、王国の第一王子という立場があったので不死の王と戦わざるを得なかったが、他の面々は俺と共に戦う理由はなかったはずだ。
だが、俺の言葉をラフィは否定する。
「……私はお人好しとは違う。
ただ自分の欲の為にあそこに居た」
「自分の為?」
ラフィが指す、自分の為という言葉の意味がよくわからず聞き返す。
この先を言うべきか言わないべきかラフィは悩むが、やがて口を開く。
「……軽蔑しないでね。
私はガエルみたいに国を守るために戦ったわけでもなければ、アレクみたいに目の前に困っている人がいるから戦ったわけじゃない。
……ヴィヴィはよくわからないけど。
ただ、言えることはあの場に私がいたのは、ただ自身の知識欲を満たすため」
帽子に隠れていた碧い瞳が覗き、「軽蔑した?」と問いかけてくる。
その視線を受け、俺は肩を竦めた。
「そんなこと言ったら俺だって、己の能力を鍛えることに途中から目的が移ってたし、似たようなもんだろ。
結果、人々は救われた。万歳万歳。
それでいいんじゃないか?」
ニヤリと俺は笑って見せる。
「うん、そうかも。
ありがとう」
それを受けて、ラフィも自然な笑みを見せた。
「でも、ラフィの知識欲を満たすようなところが災厄であったか?」
俺は思い返すがアンデッド&アンデッド、見所など何一つない。
(とてもラフィが望む知識があったとは思えないが……)
ぽつりと、ラフィが発する。
「不死の王の死霊術」




