第十二話「師匠」
アニエスは王立学校の入試も近づいてきてるのでローラさんが付きっきりで勉強を教えている。
午前中は一緒に過ごすことはあるが、なるべく勉強を邪魔しないようにしている。
そんな事情もあり、ローラに魔法陣を教えてもらった日から、午後は精霊召喚の魔法陣の開発が日課となった。
「駄目だ、魔力が発散してる」
爪を噛む。
俺はサザーランド公爵の論文を参考に色々と試行錯誤を繰り返している。
サザーランド公爵の論文の結論通り精霊の召喚には至らない。
基本に戻り魔法陣の構造を自分なりに考察してみた。
魔法陣は大きく分けて四つの構造をもっている、のだと思う。
1. 協力してもらう精霊の定義
2. 協力してもらった際の対価
3. 形状指定
4. 成分指定
例えば、鉄でできた剣を生成する魔法陣は
1. 土属性 火属性
2. 魔力100
3. 剣
4. 鉄
実際はもう少し細かく記述するが、大体こんなものだ。
精霊を召喚する際にネックとなるのが……全部だ。
俺の場合は、ヘルプという存在がわかる精霊を定義しようとしている。
生成の魔法陣は土や火といった曖昧な定義でもいいみたいだが、どうもそれでは駄目そうだった。
ヘルプが主張する無属性というのもよくわからない。
わからないので適当に全属性を定義してみたが効果は芳しくなかった。
今のところ「へるぷ」と書いたものが一番筋がよさそうだった。
ヘルプがそれが一番『違和感を覚える』らしい。
色々と試行錯誤をしている段階なので対価は抑えめに設定している。
一度、再現なく対価の魔力をあげていく実験をしたのだが、自身の魔力を上回る量を指定しまい倒れてしまったことがあるのだ。
何事もほどほどにである。
形状指定は、仮で丸っぽいのを書いている。
以前ローラが使っていた光の球みたいなイメージだ。
成分は未だに迷走している。
サザーランド公爵の論文は火属性の精霊を召喚する内容だった。
成分はそのまま「火」と書かれていた。
論文の魔法陣を再現してみたが、一瞬火が魔法陣からあがるだけだった。
『ただの火ですね』
もしかしたら火精霊の可能性も……とヘルプに聞いてみたが、ただの火らしい。
(いきなり、色々とわからないものを召喚するのは難しそうだな)
俺は色々と曖昧な定義には無理があることを感じていた。
そこでふと思い出した。
(確かヴィヴィが《エレメンタルブレス》って術を使っていたよな)
スキル一覧を確認すると、あった。
《エレメンタルブレス》、対象に精霊の加護を与える。
俺は適当に《生成》で剣を生み出す。
「《エレメンタルブレス》」
続いて剣に付術を行うと、確かに力が宿ったのを感じた。
「ヘルプ、精霊の加護っていうのは具体的にどういったものなんだ?」
『マスターの今握っている剣には六属性の精霊が宿っています』
俺は剣をまじまじと観察する。
特に剣自体に変化はみられない。
(剣をこの状態で分解したら、精霊だけこの場に残ったりしないかな?)
思いたったら即実行。
剣を土塊に戻した。
特に何も残らない。
『契約対象が消滅したので、精霊は還りました』
(目には見えないが、物を媒体にすれば精霊を呼び出すことは難しくないのか?)
魔法陣で《エレメンタルブレス》を再現してみることにした。
(まずは火精霊の加護を与える魔法陣を作ってみるか)
しゃがみ込み、魔法陣を描いていく。
適当に召喚に使用していた魔法陣を改変した。
魔力を流す。
「む、駄目か……」
『いえ、一瞬精霊が現れました。ただ対象が見つからないので混乱して還っていきました』
「何も起きなかったように見えたけど、ヘルプには精霊が見えるのか」
「なかなか面白いことをしておるの」
ヘルプと会話していると、突然背後から声を掛けられた。
俺は驚いて振り返る。
一人の老人が立っていた。
「見たところ、精霊を召喚する魔法陣じゃな。
どうじゃ、違うか?」
その言葉に俺は驚く。
魔法陣を見ただけでその内容を当てるのは相当難しい。
目の前の老人を調べる。
(レベル三十八!?)
俺が今まで調べてきた人では最も高いレベルだ。
この老人は相当な実力者ということになる。
魔法陣を見ただけで内容を当てたのも納得だ。
「おじいさんの推察の通りです」
「そうか、そうか。
お嬢ちゃん、いや、勇者様というべきか?」
「!?」
俺はこの老人のことを知らない。
王国内では勇者の影武者がいるはずだ。
ここで俺が「はい」と返事をするのはまずい。
そもそも老人は何者なんだ。
「そう警戒せんでいい。
わしはお主が昏睡状態の時にガエル殿下に頼まれ診察し、事情を少し知っているだけじゃ」
本当は目の前の老人が知っている事情は推察なのだが、俺がそのことを知る術はない。
しかし、その言葉で俺は安堵した。
要はこの老人もまたガエルが信頼している人物なのだろうと。
「勇者様というのも具合が悪いか。お嬢さん、名は何という?」
「今はアリスと名乗っています」
「アリスか、ふむ。
わしの記憶ではサザーランド公爵という物好きの魔術師くらいしか精霊召喚などという魔術の研究は行っていなかったが。
どうしてまたそのような微妙な魔術を試してるのじゃ?」
「え、精霊と直接会話できたら楽しくないですか?」
老人の質問の意図はわからなかったが即答した。
その回答に老人は笑い始めた。
「がははは、楽しそうか! そうか、そうか」
どこのツボにはまったのだろうか?
俺は困惑する。
「アリスは、魔術を誰に教わったのじゃ?」
「この魔法陣の基礎はローラさんに教わりましたけど、あとは独学です」
「わしが魔術を教えてやろうか? こう見えてもわしは魔術に詳しいぞ」
高レベルなこともあり実力も確かだろう。
俺は魔法陣の開発をするにあたり、知識が不足していることは感じていた。
魔術を一度見れば使えるようにはなるが、魔法陣はそうもいかない。
基礎の知識が必要だ。
教えてもらえるのは願ってもない申し出だ。
「いいんですか! ぜひお願いします」
俺は迷わず答えた。
「よかろう。わしの名はリチャードじゃ」
それが師匠との初めての出会いだった。




